第531話 魔力0の大賢者、状況を読み解く
ビロスと別れ、僕は学園へと急行した。
魔法戦会場の上空――そこに黒い竜がいた。
巨大な翼を広げ、まるで観客のように静止している。
空中から会場を俯瞰しているだけで、今のところ直接手を出す様子はない。
僕に気づいているはずなのに、敵意も干渉もない。
値踏みでもしているのかもしれないね。
……とにかく今は無視だ。
視線を地上へ落とす。黒ローブの男が、Dクラスの女子生徒へ黒炎を放とうとしていた。
黒ローブ――学園OBを名乗っていた男。
そして狙われているのは……三年Dクラスのルミナだ。
僕は着地と同時に拳を地面へ叩き込んだ。
衝撃波が走り、地面が隆起する。
瞬時に生成された岩壁が、奔る黒炎を受け止めた。
その隙に僕はルミナの腰を抱き、戦線から引き剥がす。
「そこまでだ」
低く告げると、黒ローブの男の視線が僕へ向いた。
「お、おい壁が……!」
アズールの声。
振り返ると、黒炎に包まれた岩壁が黒く侵食されていた。表面が炭化し、やがて粒子状に崩れ、空気へと溶ける。
随分と厄介な炎のようだね。
「マゼル……やはりお前が大賢者か」
「久しぶりですね、フィン先輩」
「フィン? そいつはファインだぞ」
イロリ先生が訂正する。
ファイン。
家族殺しと呼ばれ、裁かれた元生徒。
……なるほど。
状況を整理しよう。
Dクラス側は、ギャノン、バルゴ、ヴァルドが気絶。
ゼインの姿は見えない。
上空には黒竜。
リングの外側にバジル。
そして――リングの中央に立つファイン。この男が中心だ。近くにはイロリ先生の姿も見える。
まずは情報。
僕はアズールの元へ歩み寄り、ルミナをそっと下ろす。
「一瞬で移動だと? 転移魔法か」
ファインが呟く。
いや、ただの加速だけどね。
「アズール。状況を教えてほしい」
「え? あ、あぁ……けど何から話せば」
「頭の中で、今までの出来事を強く思い出してくれればいい」
「は? なんだそれ……まぁ、やるだけやるぞ?」
僕はアズールの頭部にそっと触れる。
目を閉じる。
感じ取るのは脳波――思考と感情が強く動いたときに発生する波形パターン。
その揺らぎを解析し、直近で最も強く刻まれた記憶を再構築する。
黒竜の出現。
黒ローブの登場。
バジルによる人形劇。
語られるファインの過去。
イロリ先生の告白。
命を差し出す宣言。
黒炎。
怒号。
全てが断片映像となって僕の中へ流れ込む。
……なるほど。
重いね。
「うん、わかったよ。ありがとう」
「は? い、今ので?」
「驚いたよ。精神干渉魔法・ブレインジャックをそこまで自然に使うとは」
ゲシュタル教授が目を細める。魔法じゃなくて物理的に記憶を読み解いただけなんだけどね。
とはいえ――師匠には何度も言われた。
『余程の事がない限り使っちゃ駄目だからね。特に女の子相手は絶対だ』
プライバシー侵害だからね。今回はファイン関連の強い記憶だけ抽出したわけだし許してほしいよ。
さて――次は本人だ。
と、その時。
腕に柔らかい感触が。
「はぁ……私の王子様……」
「わわ!」
視線を落とすと、ルミナが僕の腕にしがみついていた。
しかも、物理的圧力が強い。
いや今それどころじゃないからね!?
「ご、ごめんルミナ! 今はちょっと!」
「あ、待って王子様!」
そっと――いや、わりと強引に腕を外す。
落ち着け僕。
今は緊急事態だ。
僕は改めてリングに向かいファインと対峙した。
ファインも僕を見据える。
憎悪。
怒り。
そして――
消えない悲哀。
彼の過去は凄惨だ。
裏切り、喪失、冤罪。
絶望。
だが。
連鎖は止めなければならない。
悲しみを悲しみで上書きしても、何も救われない。
ここで断ち切らないといけない。
僕は静かに息を吸った――




