第532話 魔力0の大賢者、ファインと向き合う
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「マゼル。余計な真似をするな」
リング中央で僕とファインが向かい合った瞬間、イロリ先生が鋭く声を上げた。
「これは俺とファインの問題だ。部外者は引っ込んでろ」
「それは――出来ません」
僕は一歩も退かずに答える。
「何だと?」
「先生は僕たちZクラスの担任でもあるんですよ。その責任は、最後まで全うしてもらわないと」
「責任、だと?」
「はい。アズールの記憶で分かりました。先生は自分の命を投げ売ってでも彼を止めようとしていた。違いますか?」
問いかけると、先生は目を伏せた。
拳がわずかに震えている。
「……そもそも俺は、お前らの担任なんかにふさわしくないんだよ。ファインを救えなかった。そのことから目を背け、生徒と向き合うことから逃げてきた。そんな駄目教師だ」
その声は自嘲に満ちていた。
「そんなことない」
僕は即座に否定する。
「先生はいつだって僕たちを気にかけてくれていた。確かに一見するとやる気がなさそうで、最初は不安でしたけど……いざという時には必ず動いてくれた。時には厳しい言葉で、僕たちを奮い立たせてくれた」
「マゼル……」
「マゼルの言う通りだぜ。確かにいつも適当だしよ」
「うむ。授業の八割は自習だったな」
「たまに教室にいても寝てるしね」
「いつも面倒くさそうにしてるし」
「テメェら……」
アズール、ガロン、リミット、ドクトルの言葉に、先生の蟀谷がぴくりと動く。
でも。
「でも、先生はシグルを迎えに行ってくれた」
「なんだかんだで小テストのヒントもくれてたしな」
「クラス対抗戦でも助けられたな」
「ここぞって時には頼りになるのよね」
「先生がいなかったら、反省文じゃ済まなかったかもだし」
「僕も……退学にならずに済んだのは先生のおかげだと思ってます」
「……チッ」
舌打ち混じりに髪を掻き毟る先生。
その様子を見て、ゲシュタル教授が柔らかく微笑んでいる。
だが。
「ハハッ、アハハハハッ! そいつがいい教師だって? 笑わせてくれる!」
ファインの嘲笑が響く。
乾いた、刺すような笑い。
僕は改めて、彼と真正面から向き合った。
「ファイン。アズールの記憶から、君の過去も知った」
笑いが止まる。
黒い瞳が僕を射抜く。
「君の妹のことも。僕にも妹がいる。だから君の気持ちはわかる――」
「テメェッ!」
殺気が爆ぜる。
「なんて――簡単に言えるほど、君の過去は生易しいものじゃないね」
わずかに、ファインの目が揺れた。
「確かに、僕にも妹がいる。もし妹に危害が及んだらと思うと、胸が締め付けられる。でもそれは、あくまで“僕の”感情だ。君の悲しみも、恨みも、痛みも、君だけのものだ。他人が軽々しく分かったなんて言えるものじゃない」
「――ハハッ。流石賢者様だな。だったら分かるだろう? 俺が復讐する理由が! そこまで分かってるなら、黙って見てやがれ!」
「それは駄目だ」
即答だった。
「何だと?」
「確かに、君の気持ちの全部は理解できない。でも――」
僕は一歩、踏み出す。
「僕は、君を止めたい」
空気が一瞬止まった。
「先生を信じているから、というのもある。だけど、それだけじゃない。君がまだ完全に壊れていないと、僕は思ったからだ」
ファインの眉が僅かに動く。
「君はイロリ先生に手を出さなかった」
「……」
「復讐心だけなら、とっくに殺していたはずだ。でも君は最後だと言った。順番をつけた。それは憎しみの延長じゃない。迷いだ」
「黙れ」
「君の中にまだ残っているものがある。その光を、僕は見逃さない」
僕ははっきりと言った。
「だから僕は止める。先生の為でもある。でもそれ以上に、君自身がこれ以上壊れない為に、僕はここで止める」
ファインの唇が震え、血が滲むほど噛み締められる。
「結局お前もそっち側か……!」
怒声が炸裂する。
「俺は復讐の為に魔狩教団に魂を売った! 力を手に入れた! 魔導刑務所を脱獄した! 囚人も刑務員も皆殺しにしてな!」
リングが軋む。
「俺を馬鹿にしていた魔導騎士も! 糞野郎と結託した教会の連中も! 証拠をでっち上げた蛆虫も! 俺の妹に化けたギャノンの仲間もだ!」
視線がDクラスの方角へ向く。
そうか……一人足りなかったのは。
「俺はとっくに踏み外してるんだよ! 地獄に落ちようが構わない! 復讐さえ果たせればいい!」
「それでも」
僕は言う。
「先生は信じてる」
「あめぇんだよ!」
「でも、僕も信じてる」
静かに、だが強く。
「君がまだ完全に壊れていないことを」
沈黙。
次の瞬間。
轟音。
ファインの拳がリングを叩き割った。
亀裂が走り、足元が陥没する。
「ゼロの大賢者か……。お前の声を聞いてるだけで苛立つ。やっぱり敵だ。だからお前から殺す」
「そうだね」
僕は構えを取る。
「でも、僕は簡単には倒れない。そして――」
視線を逸らさずに告げる。
「君をここで止めてみせる」
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