第520話 俯瞰する者
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――はじまりましたね。
ファインは、この日をどれほど待ちわびていたことか。
復讐という名の舞台に立ち、願いが叶った今――その表情は、実に満ち足りている。
対するあのギャノンというガキ。
先ほどまで随分と調子に乗っていたようですが、ファインに一発殴られただけで、もう見る影もありません。威勢だけが取り柄の小物というのは、こういう時に実にわかりやすい。
「て、テメェ……よくも俺を殴ったな!」
「黙れ。この程度で済むと思うな」
ファインの右腕に、黒い炎がまとわりつく。
影炎――影あるものを、その“影ごと”存在そのものを焼き尽くす力。
それが、ファインに与えられたギフトです。
苦しみの深さも、焼き尽くす速度も、すべては使用者の感情次第。
なるほど。復讐心に燃えたファインほど、この力に相応しい者はいない。
「ひっ……! り、竜……!」
おや。
石化が解けたかと思えば、また石化していますね。
どうやら黒竜の姿に恐怖し、感情の高ぶりで勝手に魔法が發動したようです。
まったく――身勝手に神の領域に手を伸ばした愚者だけありますね。こうも稚拙に扱うとは。
だからこそ、人間は愚かで、嘆かわしい。
「そうか。お前、まだ妹のことを根に持ってるのか? まったく、マゼルといい……ここはシスコンばかりだな」
「――黙れ」
「ハハッ。図星か」
ギャノンが立ち上がり、指を鳴らして嘲る。
余計な言葉を選び、わざわざ怒りを煽る――実に短命な選択です。
「今のお前の姿を妹が見たら、どう思うかなぁ」
空気が、変わりました。
ファインの右手に宿る影炎が、怒りに呼応するように勢いを増す。
その瞬間でした。
「お兄ちゃん、もうこんなこと……やめて――」
少女が、現れました。
ファインに向かい、震える声で訴えかける存在。
……お兄ちゃん、ですか。
ですが、それはありえない。
この場に“妹”がいるはずなど、ない。
つまり――
「あ、あぁああああああああッ!?」
妹を名乗っていた“何か”が、黒い炎に包まれました。
絶叫が、悲鳴が、周囲に響き渡る。
「て、てめぇ! 自分の妹を――!」
「俺の妹は死んだ。妹だけじゃない……俺の家族は、全て――」
「ボス、助け――」
焼かれながら、必死に伸ばされた手。
しかし、その声が届くことはありませんでした。
肉体は炭化し、崩れ、やがて骨すら残さず朽ちていく。
……愚かな最期です。今のファインに、妹の姿を見せればどうなるか――少し考えればわかることだというのに。
「次はお前だ」
「もうやめろ、ファイン!」
ファインの肩を掴んだのは、イロリとかいう教師。
この状況でもなお、自分がやられる側だと理解していない。
実に、愚かしい。
「離せ」
「ファイン……これ以上、罪を重ねるな。俺の命で気が済むなら、いくらでも持っていけ。だから――」
「ふざけんなッ!」
怒声と共に、ファインがイロリの襟首を掴む。
「テメェごときの安い命で、俺の怒りが収まるわけねぇだろうが! 勿論、テメェは殺す! だが――それは後だ!」
イロリを投げ捨て、ファインはギャノンへと向き直る。
「まずはお前だ。ギャノン」
「くそ……! お前ごときに、やられてたまるかよ!」
「ファイン……どういうことだ。何ぜ、お前はそいつにそこまで……」
イロリが呆然と呟く。
どうやら――ギャノンが何をしたのか、まだ知らないようですね。
さて。
このままファインがギャノンを殺すのは、少々まずい。
殺すにしても、もう少し引き延ばす必要があります。
ここで満足され、肝心な“舞台”から退場されては困る。
もっとも――今回は他にも協力者がいます。
マゼルなど、とっくにやられている可能性もありますが……念には念を、です。
「それなら――聞かせて差し上げましょう」
私は黒竜の頭の上から、声を張り上げました。
そして、悠々と地上へと降り立ちます。
「――バジル、余計なことを」
「まぁまぁ。よろしいではありませんか」
私は指先から糸を伸ばし、周囲に転がる人形を手繰り寄せる。
「ここには、実におあつらえ向きな小道具が揃っています。教団一の人形使い――この私が、語らずしてどうしましょう」
糸が軋み、心地よい音を立てる。
「ファインと、そこにいるギャノン。そして――あの教師の“裏切り”。すべて、余すところなく語って差し上げましょう」
人形が動き出す。
裏切りと怨嗟を映す、人形劇の幕が上がる。
「さぁ、刮目してご覧なさい。
これから始まるのは――
ある一人の男が、復讐を誓うに至るまでの物語」
キキキィ、と糸が鳴る。
「――さぁ、はじまりはじまりぃ」
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