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(15)多連装術式装填装具

 けたたましい摩擦音が鳴り響き、金具に端を固定した木材の下面がみるみるうちに削られ、完璧に水平な研磨された表面ができあがる。次に木材の向きを変え、できたばかりの水平な表面に対し直角になるように同じようにもう二面表面を平らにしていく。

「これで表面研磨終わり。次にこっちの金具に固定して板材を作る」

 口と鼻を布で覆ったハリソンは木材を持って隣の工作霊機に移り、木材の直角面を作業台上の金具に固定、紋様の刻まれた刃の左右に可動する高さも設定し、準備が整うとその握り手を持って霊力を込めた。木材に刃が入り、切断を鳴らしながら横に難なく通り抜けるとあっと言う間に均一の厚さの板ができあがる。ハリソンは続けてその木材を数枚の板に加工した。

「は、速い……」

 同じく口と鼻を布で覆った状態で目を見開いた。

 ハリソンは切断した板を手早く一旦端に置き、台の上の別の金具の位置を変更する。再び板を手に取って金具に固定し、今度は上下に可動する刃の端の握り手を持ち、垂直に降ろして行く。板に当たる直前で刃の周囲の空気が高速振動を始め、一瞬にして切断。そのまま信じられない速度で正確な正方形の木板が計六枚製造され、次の工程に突入する。

「後はこれで溝を掘る」

 ハリソンは凹凸の金具付きの特徴的な器具を手に取り、ネジを回して金具の調整を終え、また台の金具に固定した。左手で器具の握り手を押さえ、右手で正方形の板を直角に凹凸の部分に当てる。

 ほんの一瞬掘削音が鳴り、木屑を払うとその板の端には正確な溝ができあがっていた。続けて板を回し他の辺にも溝を入れていく。

 更に別の器具で蓋部分の溝も入り、全ての部品が揃う。徐にハリソンは木槌を手に組み立てを始め、

「評価お願いします、御星様」

 静かに呟くと品質評価【A】を示す霊文が現れた。僅か数分にして規格定型A木箱が完成。

「実際に使うときは一つ目の組立ができるか確認できてから、その後部品を量産する。使い方、分かった……?」

「は、は…い。分かり、ました」

 プロスネンス霊装工房の倉庫の一角で、ハリソンが工作霊機を扱うのを傍でじっと見ていたが、今まさに見ていた光景が自分の常識から酷くかけ離れているのに戸惑った。

 昨日まで手作業で慎重に時間を掛けて作成していたのは一体何だったのか。それほどまでに工作霊機を用いた作業効率は次元が違いすぎる。

「早速始める?」

 布のせいでややくぐもった声をハリソンに掛けられ、我に返る。

「っと、お願いします」

「既にA木箱用に設定してあるからこのまま始められる。使い方に慣れないうちは料金を気にしないで正確に作るようにした方が良い。それと霊力を流す時は一定になるようにするのがコツだから」

「わかりました。ありがとうございます」

「何か分からなかったら声掛けて。しばらく俺もここで作業するから」

 ハリソンは別の工作霊機の元へ行き、自分の作業に戻っていった。

【製作原価】8,000Mf【口座預金】8,000Mf

 丁度口座預金から自動引き落としされたことも通知され、

「……よし」

 工作霊機を見て頷き、早速寮室から持ってきた木材の加工に取りかかる。昨晩、契約書と誓約書に署名したのは間違いなかったと確信を抱きながら。



 契約書と誓約書に署名をした後になって、ヒュイに恐る恐る尋ねた。

「あの、今更言うのも何ですが、使用料が一時間8,000Mfというのは……ちょっと、高くはないですか……?」

 正直、ちょっとどころではない。つい今までジゼルが毎日こちらに後払いしていた額と大差ない額を、それも一時間ごとに払うというのは高い。確かに、品質評価を【C】と仮定して一時間にA木箱を八個以上作れば良いと言われればそれまでだが。

「お? 本当に今更だなぁ。契約してからそれを言うかい」

 ヒュイが苦笑した。

「す、すいません」

「謝ってくれた所残念だが、心配している通りまず条件達成時点ではほぼ赤字になるだろう。あくまで、条件達成時点には。しかしこの要求価格8,000Mfにも意味があるから我慢しとき。ほい、また質問。一緒に伐採した時の友達の当てにできるもの含め、使える丸太の数とその大きさは?」

「えっと友達の分も含めて……となると……」

 あっさり赤字になると言われた上、急に再び始まった質問の連続に幾つか答えていくと、ヒュイが両腕を組んだまま頷く。

「ほい。それなら、友達の丸太一本20,000Mfで全部買わせて貰いよ。学生の過剰な伐採申請がされないよう、公設市場では個人からの原材買取価格が強制的に低く抑えられているからそれぐらいで問題ない。品質【A】でA180個、B160個、それで三十時間台前半を目指すと良い。赤字になろうとも月末には条件達成できるだろう」

「は、はぁ」

 唐突にクルス達から丸太を買えと言われ、生産計画まで提示され、要領の得ない返事をしてしまった。



 金具に木材を固定し、言われた通り落ち着いて工作霊機に一定霊力を流し込む。すぐに風切り音が鳴り始めるのを耳に、握り手を動かしていく。

「このまま……」

 木材に刃が接触すると切断音と共に木屑が勢い良く飛んでいき、手元が狂わないようしっかり目視で確認しながら切断する。ハリソンが設定した通りに、一つ一つ加工。接合用の溝も凹凸のついた器具でそれぞれの板につけていく。

 先日プリール森林から木を伐採して運び帰った時には全て布が被せられていたために目にすることはなく、工作霊機の存在を昨晩ヒュイからの話で初めて知ったが、使用している工作霊機の仕組み自体は単純だった。

 二箇所溝のある頑丈で水平な金属板を取り付けた作業台の上には、上下左右に稼働させることのできる目盛りのついた金具が複数取り付けられている。握り手のついた可動式の金属刃は基本型の霊装で、その表面には刃の表面の空気を高速振動させる術式が刻まれているため、霊力を流すことで非常に容易に木材の加工を行えるようになっている。霊装の刃が取り付けられている以外は至って普通であり、逆に霊装の刃がつけられているというそれだけのことで連続して同型の板を作成可能としているのだ。

「よし。……できた……」

 思わずそう小さく独りごちて、接合用の溝も器具を用いてつけた規格定型A木箱用の板六枚ができあがった。

 二枚の板を手にとって軽く接合の具合を確かめてみても特に問題は無い。ハリソンの手本を見ていた時と異なり、実際やってみるとやはり違う。余りの効率性には言いようのない感動があり、できあがった板を目にして思わず身震いした。

 とはいえ、いつまでも感動に浸っている場合ではない。おおよそのやりかたを把握した所で、効率を上げるべく一度の工程で纏めて木材を加工しながら製作を再開した。



 しばらくして作業開始から二時目に突入したことを知らせる霊文が現れる。

【製作原価】8,000Mf【口座預金】8,000Mf

 完全に作業に没頭していたが、我に返った。なぜだか静かに長い息が出て、それでもうそれなりに霊力を消費していることに気がつく。

「……こういうことか」

 確かに、長時間やるには霊力を補充しないとやっていられない。

 そう実感してヒュイの助言を思いだしながら持ってきた荷物の中から下弦薬の入った定型A瓶三つを取り出した。流石にまだ半分は消費してはいないが、霊力が回復するまで少し時間が掛かる一方で、すぐに作業は再開する事を考えると妥当の筈。これで丁度1,000Spt程度霊力を補充できる。

 やや多めながら、連続して一気に飲み干した。

【生活費用】1,017Mf【消耗調合品】1,017Mf

 一度に纏めて飲むと、口の中にかなりはっきりと渋みと苦みが広がる。しかし、我慢するより他はない。木材を切断する都度、この工作霊機に備え付けられている霊装に装填されている精霊術の発動には相当分の霊力を流し込まなければならず、その分の霊力を適宜補給する必要がある。



【製作原価】8,000Mf【口座預金】8,000Mf

【生活費用】678Mf【消耗調合品】678Mf

 作業を始めて三時間目に突入し、そろそろ四時間目に近づこうかという時、

「ほほーう、それを使っているということは、君はどうやらうちの新人確定だなぁ? 話に聞いたリアン・レガーレ君と見た」

 両足を揃えてぴょんと飛んで近くに着地した人物が声を掛けてきた。

「は、はいっ! こんにちは。え……えっと、初めまして……? リアン・レガーレと言います」

 慌てて返事をして口元の布を取りながら振り返ってみるとまだ会ったことのない知らない相手で、随分と壮観な格好をしていた。

 軽鎧を纏い、右肩には紋様の刻まれた円形の肩盾、肘から両手にかけては少し分厚いプロテクターと手袋が一体化した銀色の仕掛けがありそうな装備、脚から膝に掛けても同じく銀色の臑当て、腰には道具袋を下げ、まさにたった今重霊地から帰還したといわんばかりの姿。

 その女性は人差し指を目元に当て軽く挨拶をすると、時計を見やって尋ねる。

「にゃっす。お初。で、時間いいの? 切りの良い時間でやめないとそろそろまずいのでない?」

「あー、と、そうですね。ハリソン先輩に……あれ、いない」

 ハリソンに終了の旨を伝えようと思えば姿が見えない。

「ハリー君なら作業が早めに終わったからってもう夕食に行ったよ。終わりにするなら私でも良いから言いな?」

 その含むような目をみて、気がついた。

「あ、もしかして、わざわざすいません。えっと、今日は終わりにします、使わせていただきありがとうございました」

「はいお疲れちゃん」

「……それで、良ければ先輩のお名前を教えて頂けますか」

「ありゃ失礼。プロスネンス霊装工房素材調達班隊長のとっても頼りになる五回生のロイナ・ストリンガーお姉さんとはなにを隠そうこの私! よろしくにゃす」

 大仰な身振り手振りを交えて、最後に軽く片手を掲げ、そうロイナは自己紹介をした。

 そういえば、ディンからプロスネンス工房にも手の込んだ装備系の霊装を専門に作る先輩がいるとは聞いていたが、どうやらこの人のことらしい。こちらからも改めて挨拶を返し、一つ気になってロイナの装備を示して質問する。

「その装備は、もしかして自作ですか?」

「にゃす! 自作も自作、で、この腕の、何だか知ってる?」

 ロイナは期待の混じった笑みで聞いてきた。

「やっぱりマルチリボルバレット、ですか?」

「ほぅ流石に知っていますな、正解! ところでお腹空いたからそれ簡単に片づけてお姉さんと一緒に夕食食べに行こうぜ!」

「は、はい。ご一緒させて頂きます」

 ロイナは三回連続で元気良くこちらの肩を叩いてきて、素直に従った。



 マルチリボルバレット。もう今ではすっかり霊装具店の花形商品になっている装備の一つ。霊装に関する書籍では、マルチリボルバレットは別名、多連装術式装填装具とそれはそれで言い難い名称で紹介されていて、一部では魔改造霊装などと揶揄されていたりもするらしい。

 最も簡単な基本型の霊装には大抵一種類のみ術式が装填されているが、マルチリボルバレットは術式が左右の腕に最低それぞれ二種類以上、合わせて四種類以上装填されているものを言う。

 大食堂まで歩いていると、ロイナが問題を出してくる。

「これ、いくつ装填してあると思う?」

「さっき手袋に発動基盤が五個見えたので、十種類ですか」

「にゃす! 甘いね、こいつは十四種類だぜ。実はこことここにも秘密の基盤がついてるんよ」

 楽しそうにロイナは肘に近い腕の内側部分にも他とは異なる材質の部分があるのを指さして言った。

「十四って…流石に多くないですか?」

「いやぁそれがいわゆる魔改造って奴を施したかったんですな。特にこの秘密の基盤左右合わせて四つはそれぞれ容量約4,000Sptの霊槽四本と接続してるとんでもない代物だぜ。ほら、ここで次弾装填ッ! てできる」

 ロイナはプロテクターの肘に近い部分の側面が実は開放可能な金属弁になっていて、持ち上げると二本の霊槽がはめ込んであるのをひょいっと見せて来た。

 魔改造をやりたかったというだけにどうやらやりたい放題らしい。ロイナのマルチリボルバレットの手袋には人差し指から小指の付け根あたりと、人差し指の側面には親指専用の、それぞれの指に対応した発動基盤がついていて、それを各指で触れて霊力を流すと、後は霊力受帯経路を伝わってプロテクターの内側に装填された術式が発動するようになっている。まだそこまでなら一般的だが、肘の付け根に霊槽までつけて基本型と補助型のハイブリッド型にしているあたり、こういう所が魔改造霊装と呼ばれる理由なのだろうか。一体十四種類も何を装填しているのか、ここまでくると聞くのが礼儀の気さえしてくる。

「どんな術式を装填してるんですか?」

「良く聞いてくれた、素敵! この際深く理解して貰うために、食堂に着いたら紙に書いて解説しちゃうよ! お姉さんに付いてこい!」

 突然ロイナは歓喜の声を上げ、何故か小走りになった。慌てて追いかけ、食堂について食事をトレーに取ると、カウンター席に並んでついた。

 左側のロイナが食べるように勧め、早速懐から取り出した解説を始める。

「食べながら聞いてちょ。まず右第一スロットには手の甲のプロテクター付け根から形成する風の刃! リーチ短いけど何でもいいから切りたい時に使えるよ!」

 言いながら、簡単な絵を描いたロイナはそれぞれの発動基盤に線を引いて術式名を書き込んでいった。

 近接攻撃用に中距離攻撃用、防御用、回避用、回復用、通信用や探知用といった精霊術が適宜各基盤に割り当てられ、極めつけの霊槽と接続している基盤には、岩盤の奥にある鉱石の採掘用にも使えるという高威力精霊術二種類に加え、相当危険な状態の時に使いっぱなしにするための近接攻撃用と防御用の精霊術を装填していると、ロイナはハイテンションで喋り続け、

「けど、これもまだまだ。ゆくゆくは機械式の機構も取り付けて使い捨て霊槽を射出、遠隔発動ッ! なんてのもやってみたいのさ」

 まだ魔改造を続けたいと心底楽しそうに言った。

 ロイナが熱く語る様子に、同じものを、とは言わないまでも、何かしら霊装を早く作ってみたいと、そう思うのだった。



【損益】

【素材売上】9,005Mf


【調合品売上】136,825Mf(納品単位数:学総10、他402)

【調合原価】116,272Mf

 差引計 20,553Mf


【道具売上】4,100Mf(納品単位数:学総4)

【製作原価】24,000Mf

 差引計 △19,900Mf


【労働・契約収益】69,070Mf(1,300Mf)

【生活費用】5,630Mf(1,695Mf)

【採集権利】1,237Mf

 差引計 62,203Mf


【資産】

【口座預金】41,382Mf(△24,734Mf)

【採集用具】22,900Mf

【調合器具】38,180Mf

【素材加工具】6,500Mf

【生活用品】12,560Mf

【消耗調合品】339Mf(339Mf)


【負債及び資本】

【資本金】50,000Mf

【営業利益金】9,658Mf(△24,000Mf)

【労働・契約利益金】62,203Mf(△395Mf)

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