外の世界
動乱の一か月に突入して、二週間が経った。
水や電気は復活して問題なく使える。
なにより、回線が復活したのか、電話が繋がるようになったのが大きい。
『聞いてる? 玖我さん!』
「ああ、聞いてるよ彩葉ちゃん。で、師匠がどうしたって?」
『お母さん、もうずっと家でゴロゴロゴロゴロ……無理して死んで欲しいわけじゃないよ? でも、助けを願ってる人がいるかもしれないのに』
この動乱の一か月で、彩葉はレオニーから万武盟や今までどんな仕事をしてきたか、というのを打ち明けたらしい。
「まあまあ……師匠にとっては、彩葉ちゃんが一番大切なんだ。その意図は汲んでやってよ」
『だけど……ていうか普通に、掃除もしないのにぐーたらして、服も脱ぎ散らかして、朝は私は忙しいのにゆっくり寝てるし』
「ああ、そっちは学校再開したんだっけ」
『うん。でも行き帰りは万武盟? の人が引率してくれるの。うちはお母さんでもいいはずなんだけどね』
「ははは……」
これはあれか。
疫病が流行ってリモートワークが増えた途端、旦那がずっと家にいるのがストレスだと訴える主婦、みたいな愚痴だな。
『そっちは大丈夫? 無茶してない?』
「してない。家にこもってるよ」
嘘は言っていない。これから出るところだから。
『本当に? 玖我さん、ウチにいるときはいっつも怪我してるから』
「師匠に扱かれてるからね……」
『やっぱりお母さん、厳しいんですか?』
「見た目どおりの厳しさだよ。怒るとめちゃくちゃ怖いし……」
『あはは!』
彩葉ちゃんの元気な笑い声を聞いて、俺も思わずふっと微笑む。
やっぱり、若い子の声は元気でるな。
彩葉ちゃんとの電話を終えて一息つくと、俺は立ち上がってストレッチをはじめた。
しばらく家の中でランニングマシーンで走ってただけだったから、外に出るのは久しぶりだ。
実戦もあれ以来していないからな……。
「さて」
行くか、動乱の外の世界へ。
迅脚を使って街中を飛び回る。
意外とスタンピードはないものだな、と目視で確認しながら進んでいく。
今日外に出ようと思ったのは、個人的な鍛錬の目標を達成したのもあるが……一番の目的は、この街の英雄――荒義エイトに偶然出くわすためでもある。
作中、主人公でも最後まで獲得に至らなかった固有スキルを得た、のちの特等ダイバー。
彼とツテを作っておくのは、のちのち暗躍するのに役に立つだろう。
おもに、俺のダンジョン踏破の功績を彼に押し付ける、という役立て方で。
しばらく街を走り回っていると、視界の端に、モンスターに襲われている人を見つける。
「うわあああっ!」
バットを振り回している姿と、ジャージ姿をみるに……最近出てきた、覚醒したての人間ってところか。
相手取っているのは、三体のドレグゴブリン。
やつらはダンジョンから出てくるのではなく、スタンピードによって外に出てきたモンスターたちの残滓、よどみから発生する唯一のモンスターだ。
皮膚はくすんだ緑色で、骨の短剣やそこらの棒切れを武器にすることから弱いとされているが、やつらは基本チームで行動する上に、自身の武器に魔力を通して強化するスキル、簡易付与を使う。
なかなかに侮れないモンスターだ。
「ああっ――しまっ」
男がバットを落とした瞬間、ドレグゴブリンと男の間に割ってはいる。
「無事ですか」
「き、君は!? 刀!? いや、いったいどこから――!」
「下がって。できれば、家に戻って。まっすぐ」
「ひっ……」
威圧するように睨めば、男はバットを拾って去っていく。
SNSかなにかを見て自分も……と思ったのだろうが、甘い。
目の前にいるのは、弱そうな小鬼でも、人を殺すことに戸惑いをみせないバケモノだ。
襲いかかってくる三体の攻撃を交わし、隙をみつけた瞬間、一体の胸を切り裂く。
動揺したように残りの二体が後ずさるが、遅い。
一瞬で間合いを詰めて、ひとつ、ふたつと切りつければ、モンスターはあっという間に絶命し、チリとなっていった。
「ふう……」
コロン、と落ちた一つの魔石……稀に落ちる生命力の塊を拾い上げ、空にかざす。
「ドレグゴブリンか……どこかに、溜まってそうだな」
彼らは淀みから生まれるモンスター。
どこかに淀みが残っていれば、無限に湧き出てくる。
どこかにモンスターが溜まっている場所があるに違いない。
〈スキル使用〉
〈迅脚〉
加速する。
もしかしたら、そこに荒義エイトがいるかもしれない。




