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「え?……きゃっ!?」
竜魔王は一言呟くと、自分を見つめるルナへ手を伸ばし、彼女を抱きかかえた。
竜魔王の突然の行動と、俗に言う『お姫様抱っこ』にルナは顔を真っ赤にさせる。
「りゅ、竜魔王様!?」
「決めた。今から俺とも『お散歩』に行くぞ、ルナ」
「えぇっ!?い、いえ!お散歩でしたら!自分の足で歩きますから!下ろして下さい!」
ルナは恥ずかしさと申し訳なさから、足をバタバタさせるが、そんなモノは竜魔王にとって無意味過ぎる抵抗。
「いいや、ダメだ。今からするのは、俺だけが出来る特別な『お散歩』だからな。下ろす訳にはいかない」
「と、特別な……お散歩?」
「あぁ。しっかり掴まっていろ」
ルナにそう告げると、竜魔王は自身の背中から漆黒の翼を生やした。
現れた自分の翼とは違う、巨大な蝙蝠のような翼にルナは一瞬見惚れる。
「行くぞ」
ギュッと竜魔王がルナを抱く手に力を込めると、ルナにも彼の意図が伝わった。
「は、はいっ!」
ルナもまた竜魔王の首に腕をまわし、彼の体にギュッとしがみつく。
そんな彼女の可愛らしい仕草に自然と笑みを浮かべると、竜魔王は地面を蹴り、ルナと共に空へと羽ばたいた。
一瞬で地面が遠ざかり、あのポンポン達はもう米粒程にしか見えず、自分達が住んでいる古城の屋根すら眼下になる。
「凄い!地面があんなに遠い!」
「なんだ?まだ上に飛んだだけだろ?」
「それでも凄いです!一瞬でこんなに高く!」
先程は慌てふためきバタバタと騒いでいたのに、今はもう景色を楽しげに眺めるルナ。
そんなルナを見て竜魔王が不思議そうに尋ねると、ルナは満面の笑みで力強く頷く。
溢れんばかりの感動が竜魔王にも伝わり、彼もまた楽しげに微笑んだ。
「ふっ。これくらいで満足するな。飛ぶのが好きなら丁度いい。このまま空中散歩と洒落こむぞ」
「はいっ!よろしくお願いします!」
ルナがそう答えると、竜魔王は翼を大きく羽ばたかせ、ビュンッ!と一直線に飛んでいく。
それはジェットコースターのように……いや、それよりも早く、とんでもないスピードだった。
普通の人間ならば泣き、喚き、騒ぐ……もしくは失神する程の。
しかしルナはもう普通どころか、人間ですらない。
人間には耐えられぬスピードも、ルナは目をキラキラと輝かせ楽しんでいる。
それこそ喋る余裕があるほどに。
「竜魔王様!これからどちらへ!?」
「決めてないな!ルナは何処に行きたい?お前の行きたい所に連れてってやるぞ!それこそ地の果てまでな!」
風圧に負けないように、自分の声がしっかりと相手に届くよう、大きな声で会話する二人。
竜魔王の意外な答えと、何処までも自分の事を気遣ってくれる言葉に、ルナは顔をほころばせながら力強く答える。
「私はどちらでも大丈夫です!竜魔王様と御一緒なら!何処までも!」
「嬉しい事を言ってくれるな!………その言葉……忘れるなよ」
ルナの言葉に竜魔王は黒い笑みを浮かべる。
竜魔王の『地の果てまで』という言葉は、その場の雰囲気も相まって上空混じりから出たもの。
しかしルナの言った『竜魔王様となら何処までも』という言葉は、彼女の本心そのものだった。
彼女に慕われている竜魔王が……自分を慕うように仕向けた竜魔王本人が、ルナのその気持ちが嘘偽りのないものだと誰よりも知っている。
(それでいい。俺とお前は既に運命共同体。何処までも共にあり、離れられぬ存在となるのだ。仮にお前が望まぬとも…俺は何処までもお前を連れて行く。…俺の向かう……この世の破滅まで…)
竜魔王が望むのは、自分の一族を、自分を拒絶したこの世界に住む、生きとし生けるもの全ての破滅。
彼がルナを助けたのも、彼女を傍に置いているのも、その願いを叶える為の手段に過ぎない。
だがルナは、竜魔王の野望も、その身に抱える闇の本当の深さも知らない。
ルナはただ、竜魔王をこの世界で初めて自分を認め、必要としてくれた存在として慕うだけ。
ルナが竜魔王を疑う事は無い。
ルナの中に、竜魔王を疑う気持ちは微塵も無い。
ただ聞き取れなかった先程の言葉を素直に聞き返すだけ。
「???…竜魔王様っ!すみません!最後の方が聞き取れなかったのですが!」
「………ふっ。スピードを上げるぞ!舌をまた噛まないように気をつけろ!」
「は、はいっ!!」
素直に自分の本心を語るルナとは裏腹にに、自分の本心…邪心を悟られないようにする竜魔王。
幸か不幸か、ルナはソレに気づくこと無く、竜魔王の指示に素直に従った。
何処までも自分に従順な少女に気を良くした竜魔王は、彼女を抱えたまま、猛スピードで空を翔て行く。
いくつもの山を、村を、街を、森や川を翔び超えて、二人が辿り着いたのは……何も無い…ただ広いだけの野原………平原だった。
「…………着いたぞ」
「…竜魔王様。……ここは?」
「ここは100年前……人間全ての頂点である今の女王と、魔族を従えた覇王が、この世界の覇権を争った場所だ」




