秋祭りの開催中
さて、いよいよ明日は秋祭りの初日ですよ!
秋祭り開催期間は1週間です。バットリラ市場の中の噴水広場でメインイベントのミスコンやミスターコンなどの開催もあり、地方や他国からの出店(異世界日本で言う所の物産展ですね!)があり、特産品や目玉商品などもたくさん販売される、カステカートの秋…三の季の一番大きなお祭りになります。
ヴェル君は近衛なので祭り開催中の町の警護のお勤めはありません。そして本日は通常のお仕事ですが、明日はお休みなので一緒に回れるそうです。楽しみですね!
しかしこの時期、人混みの交通整理や迷子案内…世界変われど…警察官、ここでは警吏ですが…本当に大変な職業ですね~頭が下がります。
「カデちゃんのお店『ユタカンテ商会』は何か出店を出すの?」
「何か出すかは商会の営業の方にお任せしているのですよ~」
オリアナ様に聞かれましたが、実はその采配はバルミング主任に丸投げなのです。祭りの勢いで買える商品はあまりありませんし、ただ単に腰を据えてじっくり選んで頂きたい商品を多く取り扱っているお店というだけですがね。
「地方から珍しい果物を売りに来ている出店ないかな~と思いまして、ちょっと見て来ます。お土産色々買って参りますね!」
オリアナ様はすごく嬉しそうです。私はショルダーバッグをたすき掛けにすると、秋祭りの会場へ出かけて行きました。
祭りの会場はバットリラ市場の一角で行われています。祭りの概要が書かれた所謂パンフレットを市場の入り口で頂き、開いて見てみました。
コンテストは最終日のメインイベントなので…今日は…本日の目玉出店!と書かれた項目を確認します。
「ナジャガル皇国特産店ですって…へえ~」
何でも最近はナジャガル皇国の国王陛下が引退するとかなんとかで、新国王樹立に向けた動きがあるとか。あの国には色々と嫌な思い出もありますし、正直どうでもいい…と思ってはいますが他国の特産品は気になりますね。え~と確かあの国は…はっ!そうでした!う、海が隣接していたような?
慌ててパンフレットの続きを読みます。
「ナジャガル特産、海鮮チップスと新鮮な魚の販売っ!?」
な、なんですってぇ!?新鮮な魚‼是非とも手に入れなければっこりゃいかーーーん!私は急いでナジャガル特産店に向けてダッシュしました。
…ええ、ダッシュしましたよ、最初は元気よく。
「はぁ…ぜいぃ…すみ…すみま…せん、と…ゴホッ…通して…はぁ…通して下さ…」
息も切れ切れに通りの人混みを突っ切ろうとしましたが、体力も無い上に身長も高くない方なので、周りの方々に押し潰されそうです。こんな人混みでは転移魔法も使えません。中々目的の特産店が固まって出店しているエリアに辿りつけません。焦りますが…なんとか人混みと格闘すること1刻…
「はぁ…ふぅう……はぁ…着きました…」
やっと目的の特産店のエリアですよ。ヨロヨロしながらナジャガル皇国のお店に向かいました。
「そ、そんなぁぁ!?」
私は特産店の前で崩れ落ちました…魚は売れ切れました!の看板が上がっています。ここに来て屈辱の売り切れ!悔しいぃぃぃ…取り敢えず半泣きになりながら、海鮮チップスを買いました。懐かしい海老と烏賊に良く似た匂いがします。我慢し切れずに一枚食べました。
「おいひぃ…エビの香りがしますぅ」
母国シュテイントハラルは海無し国なので、島国日本出身の私としましては魚、醤油、味噌、刺身、この辺りは喉から手が出るほど欲しい食品になります。
「お嬢ちゃん、魚好きなのかい?」
ナジャガルの特産店の売り子のおば様が、それは嬉しそうなお顔で話しかけてこられました。私は振り向いて何度も頷きながら答えました。すでに日本を思い出して泣きそうです。
「はぃぃ…大好きなんです。私、シュテイントハラルの出身なのですがぁ、中々海産物を食する機会が無くってぇ…」
おば様はそれは嬉しそうに微笑まれると、私に少し顔を近づけて小声で話されました。
「明日、ココに来れるかい?干した魚…マンマが明日入荷するから取って置いててあげるよ」
私は特産店の前で小躍りしました。あああ!嬉しいっ魚の干物よ~!私はおば様にお礼を言って明日の約束をしてから、色々店を廻り珍しい果物や野菜(大根に似ているのを見つけた!)を手に入れてホクホクしながら、ユタカンテ商会の前へ行きました。あれ?すごい人だかりですよ、なんでしょうか?
「あ、カデリーナさぁん~~!」
あら販売員主任のポーラウさんだわ?何か店舗の前にワゴンを出している…あっ!ウチも秋祭りに向けて出店をしてみたのですね~何を売り出しにしたんでしょう?私は足早にポーラウさんの前に近づきました。
「ポーラウさんお疲れ様です!すごい人だかりですが」
と、言ってワゴンの中を覗きました。あれれ?白い立札のみ置いてますね…何々?
「秋祭り特別商品『プラリューニ』お試し化粧品5品入り完売しました。只今明日以降の購入整理券をお配りしております?」
え?え?これはもしかして…俗に言う『化粧品のお試しセット』というものではないのぉ!?だ、誰が考えたのっ?ポーラウさんの可愛いアイドル顔を見ました。ポーラウさんはニッコリと微笑みながら
「この商品考えたのはカデリーナさんじゃないですか~」
とおっしゃいました。えぇ?私?そんなこと言いましたっけ?
「ホラ~以前、いい商品なのだけどすべての肌質の方に合うとは限らないから…少しだけ試せるような小瓶に入れてみようかな~てサーシャル主任に言ってたじゃないです?アレを思い出して私が提案したのです~どうです?」
そう言えばそんな話を美容部門のサーシャル主任と話していたような…。でもすごいですね!素晴らしいですよっ!この特別セットを秋祭りに販売だなんてっ!しかも売切れたら翌日の整理券を配る用意周到さっ……嫌いじゃありませんよ~うふふ。
「この整理券も素晴らしいですね?この案は誰が?」
「それはこの間、バルミング主任が言っていたのですよ~?カデリーナさんと公所に用事で出かけた時に新規開店したばかりのお菓子屋さんの限定クッキーがすぐ完売してて店の入り口にお客さんが殺到しているのを見て、カデリーナさんが整理券配れば番号順に配れるし、渡す分だけ作れるからお店側も損をしなくて済むのに…明日見てて下さいよ~今日売れたからと、きっと明日は作り過ぎて限定クッキー余りますから…て、カデリーナさんがおっしゃってたって!」
そうでした、そうでしたね。そういえばバルミング主任とその話もしましたね。
「そうでしたね、そして翌日、主任がそのお菓子店を見に行ったら案の定、限定クッキーがたくさん売れ残ってたって。あのお店…すぐ無くなりましたね」
ポーラウさんは満足そうに頷くと整理券を見せました。そして日付を見てあれ?と思いました。
「これ明後日の日付じゃないですか?」
「はい、もう予定していた明日の分の整理券はすべて出てしまいましたので、今お配りしているのは明後日の分です」
恐ろしい…いや何がって、この商魂凄まじい所が誰のせいなんだっていえば、私がユタカンテ商会の従業員に教え込んでいるのですけれど、自分の社員教育の徹底ぶりが恐ろしい。
ポーラウさんはまた整理券を配り出したので、私はユタカンテの事務所に入り、ポーウラさんとバルミング主任の翌月のお給与に『特別賞与』を付ける手続き加えて経理課のマダムに渡しておきました。マダム(私が勝手に呼んでいるあだ名です)はその書類を見てニヤリと笑いました。
「あの整理券とお試し?良い案ですものね」
「はい~良い案ですね」
「そうだわ、良い案といえば、うちの息子が顔の吹き出物がすごく出るんだけど、女性物の石鹸使わせても大丈夫かしら?」
「マダムのお子様って12才でしたっけ?」
はは~ん、青春ニキビですな…う~ん。女性ものだとフルーティな香りがしますし、ミント系の石鹸とかお茶の石鹸とか、作れないかな?よしっ。
「ちょっとお日にち頂いてもいいですか?男の子用の洗顔石鹸の試作品を作って来ますね」
「まああぁ!そんなっありがとうございます!でも男の子の石鹸とは?女性用じゃいけませんの?」
「女性に比べてそれくらいの年の男の子は、お肌の油分が多いのですよ。そこも配慮して石鹸の成分も変えませんと…」
マダムはそれは感動されて大喜びでした。そうだわ…今度メンズ化粧品でも作ってみようかしら?
私はその足で市場にあるお茶の専門店に行き、乾燥させる前の生の茶葉が欲しいとお願いし、その足で近郊の茶畑まで出向き、石鹸用の茶葉を確保出来ないか畑の主人と直接交渉し、なんとか製品として生産出来そうな収穫量を回してもらえることになりました。
簡単に略式の承諾書を貰い、後日正式なご契約に伺うお約束をして茶畑を後にしました。
ユタカンテ商会に戻り、サーシャル主任とバルミング主任に経緯と書類を見せて茶畑の契約の打合せをしてから、もう暮れかけた日差しの中を急いで帰宅しました。
「只今戻りました!」
「カデちゃんお帰りなさい~お客様よ~」
オリアナ様の声に、あら…と思いましたが、逆にアレ?とも思いました。家の中に入れている?私の防御障壁の中に!?もしかして賊っ?慌てて居間に走り込みました。そこには…
「お、お兄様ぁぁ!?」
キラキラと神々しい眩しさで私を顧みたシュテイントハラルの王太子殿下レミオリーダお兄様と第二王子のアルクリーダお兄様の2人がドドンとラブリーソファーに座っていらっしゃいました。
「やあ、お邪魔しているよカデ」
これは長兄のレミオリーダ王太子殿下です。
「カデリーナ~元気~?今日カステカートの祭りの日だったね!」
これはすぐ上の兄、アルクリーダ殿下です。
これは、この家に張っている防御壁を解いたのはレミィ兄様ですね…これだから魔術の天才とか言われる人は嫌いなのですぅ。
「急にどうされたのです?」
私はブスッとした表情のままそう聞きました。レミィ兄様は優雅にお茶を飲まれてからニッコリ微笑まれました。やめろっ目が眩むぅ!
「いつまで経ってもお前が、ヴェルヘイム殿を紹介してくれないからだよ?」
「そうだよ?いつ会わせてくれるの?」
そう言ったお兄様達の言葉に、オリアナ様が心配そうなお顔で私を見られました。
「カデちゃん、何か言えないような事情があるの?もしかして私のせい?」
あわわっ~違いますっ違いますよ!するとレミィお兄様がオリアナ様の左手をスッと持ち上げるとオリアナ様の指先に口づけられました。オイコラッ!お兄様ぁ!?
「オリアナ様がご心配されることは何もありませんよ?いや…このようなお美しいお母上をお持ちのヴェルヘイム殿が、羨ましいですね」
そうレミィお兄様の場合、嫌味でもなく無自覚でこんな行動をされるのです。非常に女性におモテになるのですが、本人は無関心です。すでに婚姻されていますが、お義姉様のご苦労が忍ばれます。
「兄上、あまり時間が無いよ」
「ああ、そうだった!ヴェルヘイム殿はまだ戻らないのかい?」
私は思わず、オリアナ様と傍に控えていたルラッテさんのお顔を交互に見て同意を得ながら答えました。
「今日は登城しておられて…少し遅くなるとは聞いていますが」
レミィお兄様はそうか、と残念そうに呟いた後に
「少し時間があったので、お顔だけでも拝見したかったのだが…」
と、おっしゃいました。どうしましょう…お兄様にヴェル君の素性を明かしてもよいのでしょうか。
「兄上…」
「ああ、本当に時間切れだ。実はグローデンデの森の巡回の途中なのだ。勝手にお前に会いに来ると父上や宰相達に咎められるから…内密にな」
そう言ってお兄様達は帰っていかれました。何だかバタバタしましたね。
「オリアナ様、急に兄達が押しかけて来てすみませんでした」
オリアナ様はちょっと困ったような笑顔を、私に向けられました。
「あのね…私、王太子殿下方に私の生まれを話してしまったの…その、どうして私がこの家に居るのか、と問い質されてしまったので」
ああ、そうですよね…仕方ないですよね。前まで私は一人暮らしでしたし、急に家人が増えていたらお兄様も不審がりますよね。
「そうですよね…聞かれたら話しますよね、分かります」
「そうよね、仕方ないわよね?私がカデちゃんの義理の母親です、カデちゃんの夫の母親ですって言っても仕方ないわよね?」
お、オリアナさま~~~ぁ!?まだそれはっ早すぎますっ!お兄様達、完全に私が勝手に婚姻していると思ったのではないでしょうかぁ~どうしましょう!?