18 真の開戦
「……戦う?」
眩しい白が視界いっぱいに広がり、目を覚ました聖は瞼を半分まで開いたところで止める。けれど、段々と慣れていき、一回閉じてから、今度はちゃんと開いた。
「俺……」
「気がつきましたか?」
視線を横にやると、丸椅子に座っている甲斐谷の姿が映って。聖は無意識にほっとする一方で、甲斐谷の憂苦に染まった顔が少々……いや、かなり気になった。まるで、甲斐谷の方がつらい思いをしたかのようだ。
「ここは?」
白いベッドに白い部屋。大体予測はついたが、聖は尋ねてみた。
「病院です」
「そうですか」
やっぱり。
「永野君、もう体は痛みませんか?」
聖の身に起こったこと……全身に激痛が走ったのを見通しているかのような言葉に、疑問が生まれる。当の本人は、なぜ激痛が走ったのか全然理解できていないというのに。
「はい、平気で……」
上半身を起こすも、ずきりと体が痛み、身を丸める。
こんなみっともない姿をさらす羽目になった相手が甲斐谷でよかった。ミズナやゴウや同じクラスのマコトには、絶対に見せたくない。許せるのは甲斐谷と、あと一人、SASUKEだけだ。その二人だけは、聖の中ではなんとなく特別だったのである。
「無理をしないでください。貴方にとって、現世では初めてとなる浄化の儀式を行ったのですから」
「浄化の儀式?」
そう言えば、SASUKEもそのようなことを言っていた。あのスーパーの炎は、浄化の儀式でしか消せない、と。
甲斐谷はしまったと言わんばかりに口を手で覆う。訳がわからない聖は真意を訊こうと、強い意志を宿した眼差しを向けた。
「あの、SASUKEさんも言っていたんです。アヤカシとか、浄化人とか、儀式とかって。あのスーパーで起こった火災は俺にしか消せない邪炎という火だったとも。お二人は何か知っているんですか? だったら教えてください」
自分は何か重要なことに巻き込まれている。それも、それが運命で必然だったような気がしてならない。ひょっとすると、甲斐谷の隠し事はこれかと思ったりしてしまう。
聖の必死な訴えに、甲斐谷は呟くようにして語り出した。
「人類を滅ぼさんとする人類の敵、アヤカシ。それが現代において再び数を増やし、人類の存続を脅かそうとせん。それと戦う特殊な力を持つ戦士、武将と呼びけり。その中において、もっとも偉大なる力を持つ者を神子と言いたり。その内の一人、アヤカシの邪気を体内に取り込み消滅せし儀式を行うかの者を、神子の浄化人と呼ぶ。それを怠れば、アヤカシは倒しても、邪気を糧に何度でも復活し、脅威とならん。武将とアヤカシの互いの存続を懸けた戦い、それが戦国の真実。戦の真相」
「え……?」
「浄化人の名は、真田幸村。貴方はその生まれ変わり。我々武将の、人類の希望」
聖は戸惑いを隠せなかった。
唐突に希望だのと言われても、実感がわかない。武将――真田幸村の生まれ変わりだというのも。今の甲斐谷の話が戦国時代の真実であるのなら、教科書に載っている、俗に知られた戦国時代は虚言だというのか。
「浄化の儀式、行えるのは浄化人のみ。されど、それはアヤカシの禍々しき邪気を体内に取り込むが故に、痛みの結晶。苦しみの連鎖。生き地獄。だが、倒したアヤカシの復活を止めるためにはやむなし。アヤカシの呪い、邪気を含みし妖しの魔術を打ち消すのも、またしかり」
どうやらそれが、全身に痛みが走った原因らしい。邪炎という、アヤカシの邪気を含んだ炎を、聖は体内に取り込んだために、そうなったと。
甲斐谷が憂いているのは、浄化の儀式が痛みと苦しみを伴うのを知っていたからだ。例え人類存続のためとはいえ、それで聖がつらい目に遭うのがつらいのである。
「浄化人は希望。アヤカシにとっては天敵。故にその命は、武将と敵対するすべてのアヤカシの標的とならん。それが浄化人の定め。一度覚醒してしまったら、もはや引き返す道はなし」
「定め……」
謎の声も言っていた。もう戻れない、と。
聖の瞳が動揺で揺れ動く。甲斐谷は、震えるほど拳を強く握り締めた。
「逃げることはできません。戦わなくてはなりません。人類の存続を懸けた戦を、今再び、始めなければなりません」
「…………」
話についていけない。
人類の存続。話はそれほどまでに大きくなっているというのか。自分は今まで、平々凡々に何事もなく生活してきたのに。これからもそれは変わらないと、平和な日常を歩んでいけると信じて疑わなかったのに。
けれども、これが現実。これが運命。これが……自分の成すべき役目。
「俺は、普通の学生ではなかったんですね」
「……ええ。生まれ落ちた瞬間から、真田幸村の生まれ変わり――浄化人という宿命を背負っていたのです」
甲斐谷の首肯が心に深く突き刺さる。
そんなのは嘘だと思いたい。信じたくない。受け止めるのが、つらい。
「そんなこと、言われても……」
「実際に目で確認しますか?」
「え……?」
甲斐谷は丸椅子から腰を上げ、心痛に耐えながら、聖を正視する。
「動けるのなら、私についてきてください」
できれば、このときなど一生来てほしくなかった。
だが、時間は止まってはくれないし、定めを変えるのは不可能なのだ。聖の身代わりになれるものなら、なってやりたいが、それもまた叶いはしない。今、聖にしてやれることは、目を背けたい現実を教える……悪く言えば、宿命という名の鎖に繋ぐことだけだ。それが、甲斐谷の心を締めつけていた。
聖は一度俯く。しかし、決意を固めるようにぐっと手の指を折り曲げて拳を作ると、再び甲斐谷の瞳を見据えた。
「……はい」




