16 覚醒
「うっ……」
「気がついたか?」
目覚めた聖はそのまま目を見張った。SASUKEが上にかぶさり、自分を押し潰すはずだった瓦礫を四つん這いになって背中で今も支えていたからだ。SASUKEの下で横たわった状態の聖はそのおかげで無傷……とまではいかなかったが、軽いかすり傷で済んだ。
「SASUKEさん、なんで……」
「話は後だ。早く下から出ろ」
瓦礫の重みで顔を歪ませるSASUKEに心を痛ませながら、聖は慌てて這いずり出る。それを確認したSASUKEも脱出し、支えを失った瓦礫は崩れた。
「くっ……」
「SASUKEさん!」
瓦礫の落下をじかに背中で受け、しかも、聖が目を覚ますまでそれを支えていたSASUKEは、苦痛と疲労で片膝をつく。背中にはとても痛そうな傷を負い、その出血が破けた服ににじみ出し、聖は泣きそうになって謝った。
「ごめんなさい。俺のために……」
「いいんだ。お前が無事なら、いい」
「よくないですよ! こんな大怪我をして……」
「それなら、大丈夫だ」
「そんな、大丈夫なわけ……え?」
聖は目を見開く。SASUKEの背中の傷がどんどん塞がり、治っていくのだ。最終的には服まで再生し、何事もなかったかのようにSASUKEは自力で立ち上がった。
「これならいいだろう?」
「え、あの、俺、何がなんだか……」
「俺の体は特別なんだ。この程度の傷なら、力であっという間に再生できる」
「力って?」
「詳しい話は後だ。早くここから出ないと……」
SASUKEに言われて聖は周囲を目にし、愕然とする。
燃え盛る黒い炎とどす黒い煙で視界はほとんど遮られている。かろうじて見えるのは瓦礫の山ばかりで、元のスーパーの面影はまったくない。消火器はもはや役に立たないレベルまで火は回っており、建物が全壊するのは時間の問題だった。
「うっ……」
煙を吸い込んで聖は咳き込む。脚に力が入らなくなって、その場にしゃがみ込んだ。
よくテレビでやっているのを思い出す。火事は死因は焼死よりも、ほとんどが一酸化炭素による中毒死であるのを。
「聖!」
どういうわけか平気なSASUKEがポケットからハンカチを取り出して、聖に鼻と口を押さえるように指示を出す。そして、SASUKEは動けない聖を抱き上げると、炎の間を一気に駆け抜けた。
「あっ……!」
SASUKEの腕の中でなるべく呼吸をしないようにしていた聖が、火の燃える音に紛れた複数の子供の泣き声を聞き取る。目を凝らすと、親とはぐれたのか、三人の兄弟と思しき子供たちの姿が映った。
「SASUKEさん、ちょっと待って! あの子たちを助けないと!」
子供たちを指差した聖に、SASUKEは無言で頷いて救助に向かう。
SASUKEから降ろしてもらい、聖はふらつきながら子供たちに近づいた。ハンカチを一番幼い子供に渡し、まずは落ち着かせようと試みる。
「大丈夫。もう大丈夫だから……」
しかし、また爆発が起き、床が揺れる。聖は泣き叫ぶ子供たちを咄嗟に庇った。
瓦礫が逃げ道に崩れ落ちる。気がつけば聖たちは、炎に囲まれている最悪の状況に陥っていた。
「しまった! 退路が……!」
SASUKEが忌々しげに舌打ちをする。
消防車のサイレンの音がわずかに聞こえるので、外では今頃、消火活動が始まっているのだろうが、SASUKEはそれが無駄だと知っていた。仮に無駄じゃなくても、消防隊員がここに辿り着くまで間に合うかどうか。
「どうしよう。なんとかして火を消さないと……」
迫りくる火から子供たちを護るようにしている聖。しかし、SASUKEは苦々しい顔をして、事実を伝えた。
「ダメだ」
「え……?」
「この火は普通に水をかけるという方法では消せない邪炎なんだ」
「邪炎?」
「アヤカシが魔術で作り出した炎のことを言う。黒みを帯びているのがその証拠だ。邪炎はすべてを燃やし尽くすまでは消えはしない。消せるとしたらそれは、浄化人による浄化の儀式だけだ」
「アヤカシ? 浄化人? 儀式?」
聞き慣れない単語に聖は当惑する。それから、更なる驚くべき事実をSASUKEは口にした。
「お前にしか、消せないんだ」
「え……?」
「現在この世で確認されている浄化人はお前だけなんだ、聖」
「そんな……」
自分にしか消せない。そんなことをいきなり言われても、聖にはどうしたらいいかわからない。
そうしている内にも火はどんどん迫ってきて、煙が聖たちを包み込む。子供たちは苦しそうに咳をし始めた。
「うわあん! うわああああん!」
「苦しい、苦しいよぉ」
「お兄ちゃん、助け、て……」
すがるような目を向けられ、聖の動揺は加速する。
どうにかしなければ。でも、自分に一体何ができるというのか。
「俺は……」
助けたい。子供たちも。SASUKEも。助けたい助けたい助けたい。自分にしか助けられないのなら、なおさら。
「……ろ」
嫌だ。このまま何もできずに死ぬなんて。こんな、みんな苦しめる炎など、すべて消えてしまえばいい。
「……ろ」
すると、聖の体から光の粒が浮いてくる。清らかで、澄んでいて、神々しい光が。
「消えろおおおおぉぉぉぉ!」
助けたい。その一心の思いと共に聖は叫んだ。直後、光の波紋が広がり、それが炎々たる火をすべて一瞬にして消し飛ばした。
「これは、浄化輪!」
聖が繰り出した技の名を口にし、SASUKEは驚愕した。
まさか、広範囲に渡って浄化の力を飛ばす高度なこの技を、まだ完璧には覚醒していない状態で、しかも呪文を省略して放つとは、想定外にもほどがあった。
要は、それだけ聖の心が助けたいと強く願ったのだろう。人の思いが生み出す奇跡を、SASUKEは改めて実感した。
波紋が消滅し、大きな穴のが開いた天井から夕日が差し込んでくる。何が起こったのか理解できない消防隊員や救助隊員、そして見物者たちは唖然として静まり返っていた。
「つう……」
スーパーを覆い尽くしていたすべての邪炎を浄化した聖は、途端、激痛に襲われた。全身が痛くて、苦しくて、呻き声を漏らしてしまう。
「ゆ……聖!」
SASUKEが駆け寄ってくるのをとらえた直後、聖は糸が切れるように意識を失った。
結局、スーパーで起こったこのテロ染みた謎の爆発事件は、犯人こそは取り逃がしてしまったものの、死者ゼロという奇跡は翌日の新聞に大きく取り上げられた。




