1.
目の前に差し出された花束に、少年はほんの少し表情筋を動かした。
続いてきたのは、僕のこの花束に託した想いを今日こそは受け取って欲しいという言葉だった。
さて、この寝言を物理的に叩き返すにはどうすればいいだろうか? そんなやくたいもない思考は、ただぼんやりと揺れる花を眺める動作として発露した。
いつものようなともいうべき、間髪入れずの拒否がない。そのことが、花束を差し出した相手の期待をあおったらしい。
「お? もしかして、今日こそはホントに脈あり?」
乙女の頬のようなと讃えられる大きな花弁の向こうから、辛うじて金髪の領域に収まる頭がひょいと顔を出す。
瞬間、目にも留まらぬ早さで腕が動いた。言葉そのものを叩き返すわけではないが、額を指先ではじくという十分に物理的な反撃だ。
驚きの顔を作るまもなく、彼は額をおさえ廊下にうずくまることとなった。
「――ひどい」
時計が動くほどの時間を経てから、涙目で顔をあげる。それを見下ろした少年は、今度こそ大きくため息をついた。
「寝言に私を巻き込むなと、何度言わせる。ケネス・クラフト」
「ああ、麗しのレン・ハスター様。あの木々の梢を染めて輝く姉君に誓いましょう」
だが。一刀の元に切り捨てられてなお、少年――ケネスはいたずらっぽい笑みを浮かべ、さらなる言葉を重ねるのみだ。
「夜毎姿を変える誓いなど不要」
とはいえ、捧げられた方にしてみれば、頬を赤らめうろたえる理由もないといったところか。役者のごときけれんみをもって差し出した言葉もまた、決まり文句でにべもなく切り捨てられることとなる。
間髪入れぬ反射的ともいえる速度と、その内容の正確さに、ケネスは自己陶酔の混ざった表情を消し去り、素で幾度か瞬きをした。
「おや。まさかご存じ」
「あの木々の梢を染めて輝く月に誓いましょう。夜毎姿を変える不実な月になど誓うのはおやめになって、貴方のお心まで変化してしまいそう。では何に私は誓えば良いのでしょう。誓いなど不要――第三庭園門だな」
迷いのないレンの言葉に、ケネスはああと疲れた様子で息を吐いた。そして、いやそうでなくとなにやら口中で呟く。明らかに自らの思惑とは違った方向性だ。だが。
「まあいいや」
「……」
すぐになにやら自分の中で折り合いをつけたらしく、落としてしまった花束を再度拾い上げた。そして、仕切り直しとばかりに笑みを浮かべ、|口説こうとしている相手を見上げる。
「僕の心を受け取ってください」
「どんな心だ」
「その美味しそうな尻をちょびっと味見させてほしいな――って、待って! 僕、文科系文科系! 体育会系違うから帯剣してないし!」
「軍属候補であれば事故で済むというのに」
いつものと言えばいつものやりとりに、レンは心底残念だという表情で、剣に添えたてのひらをおろした。
「どんな事故にする気ですか」
「顔には残らないようにしてやろう。何、明日起きあがれなくなる程度だ。問題ない」
「ありますよソレ、ふつうにリンチじゃないですか」
「見解の相違だな。こちらでは日常茶飯事だ」
うわあ、体育会系怖い、と。そういって、ケネスは花束を抱えてぶるぶると震える。
その様子を眺めた後、ふとレンは肩の力を抜いた。そして、廊下に散った花びらは片付けておくようにと言い渡し、歩きだす。
「ねえ」
「まだあるのか」
諦める様子のない相手に、レンは足を止める。
「ご要望の通り、口説きを入れてみたんだけど、どう?」
「――確かに、いきなりのそれは何なんだと言った記憶はあるな」
いきなり味見だ何だとどういうつもりだ、しかるべき手順的なものはないのか、と。雨の中のカエルのごとき様に対し、そうため息をついたというのは事実と言っていい。
確かに、かなりの希望的観測をもってすれば、口説けば考えると聞こえなくもない。
得意げにケネスは花束を示した。だが。
「思いの他不愉快なものだな」
ある意味いい経験をしたというべきか、と。まるで他人事のような口振りに、がっくりと肩を落とす。
「あのですねぇ」
「公共の場で下半身の話題はよせと言ったことについてはどうだ」
そちらの方が優先事項だったはずだが、と。その言葉に対し、ケネスは堂々と胸をはる。
「だから、人気のない廊下を選んでみました!」
なるほど、と。再度他人事のように頷くと、今度こそとばかりにレンは歩き出した。
「改善点をお教え願えます?」
「無駄な時間を使うな」
無駄な時間、無駄な時間ねぇ、と。首をひねるケネスを、レンはちらりとみた。そして、軽くため息をつく。
これ以上語るべきことはないとばかりに、当初の目的地へと廊下を歩き去った。
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