終わらない事件
次の言葉を予想できたらしい舞桜は、力なく首を振る。
「待って、達樹――」
「菜々子みたいに、色々と行動するつもりはないよ……けど、今回の件で決心した。実はパトカーで移動の最中、早河さんに舞桜のパートナーとなってもらえないかと言われた。俺は……それに同意する」
勝手に話を進めていく達樹に、舞桜は言葉を失くし凝視する他ない様子。しかし語る決意の瞳の色が強かったと悟ったのか――この場で説得するのはあきらめたらしく、やがて目を伏せた。
「……強情なのは、菜々子と同じか」
「その点は、俺も舞桜も菜々子も一緒じゃないか?」
「そうね、そうかもしれない」
舞桜は頷くと、顔を上げ達樹と視線を合わせる。
「……私としては賛成できるようなことじゃない。けど、早河さんが率先して提案したのなら、何か考えがあるのかもしれない」
「……話し合うってことか?」
「そんな感じ」
ほのかに笑みを見せる舞桜。どこか陰のあるものではあったため、達樹は内心不安を感じたが、顔には出さずさらに続けようとする。
「それじゃあ、この件については舞桜と早河さんが改めて話し合うということで――」
言った直後、その早河が達樹たちへ近づいてきた。
「二人とも、少しいいか?」
「どうしました?」
すぐさま舞桜は立ち上がり、なおかつ表情を戻し問い掛ける。その態度に達樹は内心感服しつつ、早河の言葉を待つ。
「おかしな事態となった」
「おかしな事態?」
「ああ。来てくれないか?」
早河は一方的に言うと歩き出す。舞桜がそれに続き達樹も付き従うように進み始める。
辿り着いたのはパトカー前。そこに、車を背にして地面に座り込む塚町の姿があった。
「塚町さん?」
もしや、魔法が当たったのでは――そういう推測が舞桜の中に流れたのか、不安げな声を上げた。すると、
「……何度も言っているけど、私は思い出せないわ」
出たのは、予想外の言葉。
「私達はまず、土地に干渉して使用する魔法について訊こうと思い、首謀者が誰なのかを質問した。しかし、答えはこうだ」
「思い出せないのよ……あの女……!」
恨めしそうな声で呟く塚町。それを見て、舞桜は何かを思いついたようだった。
「つまり、魔法を使って誰かに喋ろうものなら記憶を消させる、ということですか」
「ああ。女だと性別は認識している以上、完全に抹消しているというわけではないだろう。元に戻すことはできないか?」
早河が問うと。舞桜は渋い顔をした。
「魔法で封じた記憶を戻すには、それこそ脳をいじるくらいのことをやらないといけないと思います……どうにかなるにしても、無理矢理記憶を引き出そうとすれば、廃人になる可能性だって――」
「無理ということだな。わかった」
早河は了承すると、近くにいた警官に塚町をパトカーに乗せるよう指示。そして彼女は、無言のまま達樹たちの視界から消えた。
「……気持ち悪い事件だったな」
やがて、達樹が感想を述べる。そう、全て終わったように見えて、実際達樹たちは何一つ掴んでいない。
「私もおそらくこの事件を調べることになると思う……気を引き締めないと」
合わせて舞桜も述べた――そして、早河が送ると言い出した。
それにより、二人もまた廃校を後にする。そうしてようやく、ひたすら長い一日が終わりを迎えた――
塚町の処分については、基本的に警察などに任せることとなり、舞桜や達樹は干渉することは無かった。
とはいえ、学園内で何も処分がないというわけにはいかず、後日彼女は親衛隊を脱退した。そして学籍自体がどうなったかは、達樹の耳には入っていない。
「多少混乱するけど仕方ない、か」
昼、達樹はいつもの席で食事をとりながら呟いた。ちなみに今日の昼食は該当カフェで作られた日替わりランチ。また優矢の姿はない。本日は授業準備のため達樹は一人。
応援団についても、ひとまず「舞桜が何かしら事件を解決した」という情報を手に入れただけで、詳しい事情を知られるようなこともなかった。そのため舞桜は、応援団についてはひとまず干渉しないことになった。
「とりあえず解決……けどまあ、問題は山積みだな」
達樹は憂鬱げに呟く。今回起こった騒動については、首謀者に関する情報が何一つ得られなかった。騒動が収まり表面上元に戻っただけ。
とはいえ警察も今回の事件を重く受け止め、調査することにはなった。達樹はそれを信頼する他なく、さらに――
「どうなるのか……」
呟いた。その脳裏には、パートナーの件。
あれから舞桜と早河は話をしたようだが、とりあえず保留ということになった。ただ舞桜自身そうした人物が必要というのは自覚しているため、何かしら対応策は決めるとのこと。
達樹としては舞桜のやりたいようにやるべきだと思っているが、少なくともいつでもパートナーとなれるよう研鑽を積む必要があるのは間違いないと思った。
「ま、やるしかないな」
達樹は密かに決意――命を救われ、そしてこれからも多くの人を助けるはずの彼女に、改めて協力しようと達樹は心の底から思った。
そして、問題はまだある――菜々子の件。あれから一度も話していない。舞桜も彼女とロクに会話をしておらず、どうやら色々とフォローする必要がありそうだった。
「応援団のこともあるし……当分はあそこに所属して、菜々子と話し合う機会があるのを待つしかないか」
呟いた時、昼休み終了間近になっているのに気付き、達樹は席を立つ。その時、
「……ん?」
誰かに見られている気がして、ふと視線を巡らせた。校舎へと向かう生徒達の中で、一人目立つ格好をした女性を目撃する。
白衣姿で、腰まで届くやや波打った黒髪を持った女性――彼女は笑みを浮かべた状態であり、達樹と視線が重なると静かにその場を後にする。
(……まさか、な)
一瞬事件首謀者が様子を見に来たなどと思ったが、さすがに荒唐無稽すぎると思い達樹は考えを押し込めた。
そして歩き出そうとして――多少気になり再度見回したが、女性の姿を発見することはできなかった。
「……あれだけ目立っていたのに、他の人が見ないのは変だな」
先ほど視線を重ねた時のことを思い返す。何か魔法でも使っていたのかと思ったのだが、結局の所真相はわからない。
「ま……いいか」
達樹はやがてそう割り切り、他の学生と共に歩き出す。様々な問題を胸に抱えている達樹であったが、今は目前に迫る授業に集中しなければと思い、ただひたすら教室へ向かうことにした――
* * *
彼女は達樹と邂逅した後、自身の研究室へと向かう。
その折、携帯電話が鳴った。彼女はポケットから取り出し電話に出る。
「もしもし……ああ、あなたですか」
好意的な声。けれどその瞳は、どこか野獣のような獰猛さが滲み出ていた。
「はい、今回の件に際し多少のデータは取れましたが……はい、次、ですか」
歩きながら話す間に彼女は学園の敷地を出る。
「しかし、あまり大っぴらにやってしまうと……はい? あなたの方に候補が? わかりました。詳しい話は後程」
答えると、彼女は通話を切った。そして小さくため息一つ。
「まだ解放してくれないか……ま、いいわ」
さっぱりとした口調で呟いて見せた後――今度は、苦笑する。
「それにしても、西白達樹君か……こういう騒動に巻き込まれるというのは、やはり何か縁があるのかもしれないわね……ともあれ、彼から立栄さんを突き崩すのは難しいか。狙うとすれば――」
彼女は空を見上げた。相変わらずの秋晴れだったが、やがて到来する冬を予期するように、風は冷たくなり始めていた。
「……彼女の親友、でしょうね」
喧嘩している姿を彼女は思い出し――空を見ながら小さく笑みを浮かべることとなった。
次回から新しい話となります。




