二つの策謀
「いったん白紙……ですか」
そこは書斎のような一室で、男性が一人椅子に腰掛けながら携帯電話で会話を進めている。
彼の年齢はおそらく四十代後半から五十前後。髪色は黒だが白髪も混じっており、その部分については年齢を隠すことができないでいる。
「しかし……元々、この話はあなた方が行ったものではありませんでしたか? なぜ急に今になって――」
途端、男性の声が止まる。電話口から相手の説明する声がほんの少しだけ、静まり切った部屋の中で聞こえる。
「……なるほど。他に、ということですか」
嘆息する男性。その表情は、ひどく裏切られた顔をしている。
「そうは言いますけどね……私達はあなた方の要請に従い準備を進めていたんですよ。それを今更反故されるというのは……まあ、やんごとなき事情ならまだしも、その理由はおかしいのではないですか?」
そして電話口から声。それに男性はイラついた表情を見せる。
「事後になって申し訳ない、ということですか。しかし、あなた方の説明だと考えているプランも、まだ正式決定というわけではないのですよね?」
そこで相手が返事をして、男性は頷いた。
「ならば……一度、話し合いませんか? 私達としてもこれで終わりなどというのは、納得がいかない。加え、そちらの事情も一度聞いてみたいですし……ええ」
相手が喋り始めたため相槌を打つ男性――そして、おもむろにペンを手に取り、近くに置いてあったメモ帳に走らせる。
「はい……わかりました。では明日、よろしくお願いいたします」
そう言って、彼は通話を切る。続いて出たのは、深いため息。
「……やれやれ、厄介な話だ」
呟くと、彼は立ち上がった。そして部屋を出るべく歩き出し、
「しかし、こちらの内情を知れば、こうなることはある種予測できたことと言えるのだが……まだ、その点については露見していない様子。なんとしてもここで決めなければ」
男性の顔が焦りに近いものに変化。それに合わせるように出て行こうとする部屋の空気が、硬質なものへと変わる。
「……必ず」
そして男性は一言漏らし、部屋を後にする。後に残されたのは静寂。しかし男性が残した最後の空気により、室内はどこまでも張りつめた空気を帯びていた――
* * *
彼女が研究室で書類に目を通している。その内容は塚町や『キラービー』が警察と戦った記録だった。
なぜこんな資料が彼女の手元にあるのか――それ自体、彼女自身も少なからず驚くべき事ではあったのだが、
「こうして色々と情報提供してくれるのはありがたいし、私も興味はあるのだけれど……いつか身を焼かれそうね」
苦笑を大いに交え呟くと、彼女は息をつき書類の束を頭上に掲げ、
「――炎よ」
声に出した直後、手に握っていた資料が突如燃え上がり――灰すらもまともに残らず、消滅した。これで、この研究室にこうした情報があったという証拠は消えた。
「さあて、次ね……やれやれ、こういう作業が必要だとはいえ、やっぱりつまらないわね。早く外に出たり人と話したりして活動したいわ」
塚町達へ色々とやっていた時のことを思い出し――彼女は思わずほくそ笑む。
「と、いけないいけない」
すぐさま思考を戻し、彼女は新たな資料に目を通す。そこで、
「……へえ、面白いことをやっているじゃない」
呟きが、散らかった研究室の中で響いた。
「警察が立栄さんにパートナーを、か……なるほど、これは上手くやればまた彼女を動かせるかもしれないわね」
同時に彼女は頭の中で策を巡らせる。
「しかし、これは普通にやっても面白くないし――」
そこで再度資料に目を通す。そこには、非常に重要な事柄が書かれていた。
「……ふうん、そう」
そして彼女は満面の笑みを浮かべる。
「なら、あの手で行くしかないわよね」
その笑みは、陽気ながらどこか妖しさを含んだもの――同時に研究室の空気は、どこか冷たいものへと変貌していった――




