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ナイトオブブルーローズ  作者: 陽山純樹
第2話

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21/106

予感と彼女

「というわけで、早速因縁をつけられたわけだが」

「そんな悠長に言っている場合なのか?」


 再び部屋へと戻り、開口一番に発した優矢の言葉に達樹は思わず尋ねた。


「一度マークされたら危ないんじゃないのか?」

「そう警戒するな。大丈夫だ」

「本当だろうな……?」

「お前、俺がどれほどこうした部活を経験していると思っているんだ?」

「……そんなことやっていたのか?」


 達樹が問うと、当然だと言わんばかりに優矢は頷いた。


「後援会には入らなかったが、何度かああした組織に加入していた。もっとも、中学時代の話だが」

「高等部に入ってやめたのか?」

「自分で作りたいと思ったからな」


 なんだか性質が悪くなっている気がすると達樹は思ったが、口には出さずにおく。


「で、他の活動は?」


 達樹は話を変えるべく優矢に尋ねる。ちなみに他の面々は先ほどの戦闘を振り返っているのか、一つの机を囲んで会話をしている。


「ああ、これで終わりにしよう。当初の目的も達成できたからな」

「目的……疑わしいが、本当に俺の増幅器を試すのが目的だったのか?」

「無論だ」

「そう聞いても、一切信用できないのはどうしてだろうな」


 呻くように言いつつ、達樹は左の席に置いた鞄を手に取る。


「じゃあ俺は先に帰るぞ」

「ああ……ちなみに不定期活動だから、次の日どうするかは後日伝える」

「わかった。部活の申請が下りることを祈っているよ」


 言い残し、達樹は教室を出た。


「……帰るか」


 そして一人呟き、足を外へ向ける。


(けれど、あの戦いはかなり参考になったな)


 歩きながら思い返す――同系統の能力者同士では、スペックそのものが大きく関係してくる。特に基本的な殴打などを繰り広げる達樹にとって、このスペックというのは勝敗を大きく左右してしまう。


(以前、舞桜と戦った力を引き出せればいいんだけど……)


 思いつつ、ふと右手を見つめた。それを閉じたり開いたりして見せた後、ため息をつく。


(あの時は、舞桜とかに助けてもらったんだろうか)


 彼女は何も言わなかったが、あの瞬発的な力は舞桜の力が加わっていたから――そんな推測すら浮かび上がる。

 だからなのか、心の中がモヤモヤとし始め――達樹は慌てて首を左右に振った。


(本来はこういう立ち位置なんだから、仕方ないだろ――)


 そう自分に言い聞かせ、少し早足となり、


「西白さん」


 後方から呼び止められた。

 声から誰なのか想像がついた。なので、達樹は振り返りながら、


「何、笹原さん?」


 そう問い掛けた。

 背後にいた笹原は両手で鞄を持ち、達樹をじっと見据えていた。


「一緒に帰りません?」

「一緒に?」

「はい。私の寮は西白さんの寮を越えた先なので、途中まで帰り道が一緒です」

「ああ、いいよ」


 特に拒否する理由もなかったので承諾。二人は並んで帰ることにした。

 外に出るとすっかり茜色。十月も中ほどとなり、日はずいぶん早く落ちるようになった。


 両者はしばし無言で歩く。達樹にとって決して不快な空気ではなかったが、何か話題がないものかと少し考えたりもした。

 けれど気の利いた言葉も見つからず、結局黙り込むしかない。


「西白さん」


 そんな折、彼女から声が掛かる。達樹が「はい」と応じると、


「今更ですが、私のことは名前で呼んでもらっても結構ですよ」

「え、あの……」

「舞桜が呼びつけなのに、私は苗字でさん付けというのも、何か違和感がありますし」

「そういう笹原さんだって、ずっと敬語だけど」

「私のはもう癖になっているので……」

「でも舞桜と会話をしている時は普通じゃないか」


 指摘すると、笹原は苦笑した。


「敬語で話すと怒るんです」

「怒る?」

「普段から様々な人に敬語で話し掛けられるから、辟易していると言っていました」

「……変わった理由だな」

「舞桜にとっては重要なんだと思います」


 笹原は断じると、達樹に語りかけるよう続ける。


「いつも仕事で張りつめた空気……かつ、親衛隊に守られそこでも気を遣わなければいけない。だから私みたいにフランクに接する相手が欲しいのだと思います」

「親友を、求めるみたいな感じか?」

「おそらくは」


 笹原はどこか寂しそうに笑う。おそらく舞桜を慮ってのことだろう――結局真の友人は、笹原一人だけということになる。


「ただ、前の事件でも話しましたが舞桜は危険に身を置く人間なので、現在の人間関係を形成するのは詮無きことだとは思います。実際友人である私や西白さんに怪我を負わせた経緯もありますから、強い人間関係を拒否するのはむしろ当然なのかもしれません」

「俺なんか、死にかけたからな」


 呟きながら、胸の辺りをさする。以前の事件で串刺しとなった胸部。傷跡は多少残ってしまったが現在は差し障りないし、先ほどのような戦闘もできる。


「まあいいよ。で、呼び方に関する件だけど」


 閑話休題。達樹は言う。


「笹原さんがそう言うなら呼ばせてもらうよ……ま、同じ部活動をやる人間として、少しくらい交流深めた方がいいだろうし」

「どうも」


 にっこりと笑みを向ける笹原――もとい、菜々子。


「あ、でも一つ注文が」

「何でしょうか?」

「敬語は直さなくてもいいから、こっちもさん付けはやめてくれよ。なんだかくすぐったい」

「そうですか……なら名前で呼んでも?」

「いいよ」

「じゃあよろしくお願いします、達樹」


 ――敬語のままだと多少違和感があったのだが、達樹はまあいいかと断じた。


「よろしく菜々子」

「はい……名前で呼ばれるのは舞桜や日町さん以外では初めてですね」


 語る彼女――に対し、達樹は以前お世話になった人を思い出した。


「あ、そういえば……日町さんは元気?」

「元気ですよ。私もたまに会いに行くんですが……そういえば、達樹のことも気に掛けていました」

「どういう風に?」

「あの事件以後、舞桜とタッグを組んでいないようだが、と」

「それは当然だろ」


 自分が出る幕はもうないー―思いつつ返答する。

 すると胸中を察したか、菜々子は達樹へ口を開いた。


「だからそう卑屈にならなくとも……」

「いや、だってさっきの戦いを見ればわかるだろ?」


 と、達樹は少し大げさに両手を広げ語り始めた。


「似通った能力というのもあるかもしれないが……一方的にやられていたわけだし」

「……達樹?」

「ん、何?」

「本気で言っているんですか?」


 呆れた風に聞き返された。達樹が首を傾げると、


「……前回の実技試験において二十位の相手にあそこまで戦えたのは、相当なものだと思うのですが」

「……は?」


 今度は達樹が呆然と返事をする番だった。


「は、二十位?」

「はい。彼は全力を出していたわけではないでしょうが……少なくとも動きに反応はできていたので、訓練次第でひっくり返せるかもしれません」


 にべもなく頷く菜々子。

 達樹はそこで、優矢が謀ったのだと悟った。つまり、戦力としてものになるのか、羽間という人物を使って試験させられたのだ。


(……やられた)


 きっと、厄介事を背負わされる――そんな風に心の中で確信した時、達樹と菜々子は学園敷地内を出て大通りに入った。

 まだ学生達がいる時間帯で、達樹が昼食に利用するオープンカフェで談笑している人物もいる。


「平和だな」


 ふいに零した達樹の一言に、菜々子はクスクスと笑う。


「なんだよ?」

「いえ……こういうのが本来の学校生活では?」

「それはそうだけど……ま、比較対象が例の事件だからな」


 達樹は苦笑混じりに言う。

 あの事件のインパクトはかなり大きかった――それは達樹も認めざるを得ない。そしてあの事件が、達樹の心の中心を回っている。


「なんというか、さ……あんな事件起こる方がおかしいんだろうけど、また何かが起こりそうな予感がするというか」


 達樹は菜々子に語る。一方の彼女は、口元を手で押さえつつ、続きを待つ構え。


「ああいう事件に関わって気が立っている、というのもあるけど……舞桜に関わらないようにするのも、そういう理由があるんだ。以前の事件は、経緯はどうあれ俺が引き金を引いたわけだし、もしかすると今後――」

「達樹」


 名を呼ばれた。達樹が目を彼女に移すと、


「フラグ、立ってません?」


 変な問い掛けられ方をした。


「……フラグ?」

「はい。よくあるじゃないですか。何かが起こりそうな予感とか、達樹の周りで色々ありそうな気配がプンプンでは?」

「……いや、そうかもしれないけど」

「深く考えない方がいいのでは?」


 苦笑を交え、菜々子は語る。


「達樹が思う程、大変な物事というのは少ないと思いますよ」

「そう……だよな」

「なので、わざわざフラグを立てるような考え方や言動は控えてください」

「……そんな返され方されるとは思わなかったよ」


 率直な感想を漏らしたところで――ふいに、菜々子が視線を別所にやる。


「あ……」

「ん?」


 釣られるようにそちらへ目を向けると、


「噂をすれば、という奴かな?」


 舞桜が大通りを進む姿があった。


「菜々子、こういう場合俺達は素通りするのか?」

「はい……けど、一人の場合は会話くらいはしますよ。舞桜は基本男女分け隔てなく話し掛けられれば応じるので、目新しいことではありませんし」

「そう、だよな」


 達樹は返答しながら観察し、親衛隊が周囲にいないことに気付く。


「親衛隊の皆さんは?」

「いないですね。仕事中でしょうか」


 羽間が調べた案件だろうか――考えていると、彼女が近づいてくる。


「ちょっと話を聞きましょうか」


 あっさりと菜々子が言う。達樹は大丈夫だろうかと気にかけながら、彼女に従うことにした。

 やがて、舞桜が二人に気付く。手を振るような真似はしないが達樹たちへと進み、


「舞桜」


 菜々子が先行して声を掛けた。


「お疲れ様」

「どうも」


 適度な挨拶。一方の達樹は内心ヒヤヒヤしながら事の推移を見守る。


「一つ、訊いてもいい?」


 そんな中、舞桜が菜々子へ笑みを浮かべ尋ねる。


「え、あ、うん。どうぞ」

「二人で行動しているのは?」

「あ、ちょっと部活で一緒になって……」


 菜々子はあっさり返答したのだが――途端に舞桜の顔から笑みが消えた。


「また、私のファンクラブ絡み?」

「うっ」


(バレてるじゃないか)


 達樹は二人のやり取りを見て胸中呟く。


「菜々子」


 さらに舞桜は詰問するように彼女の名を呼ぶ。


「心の中を言い当ててあげようか。なぜ私がそんなことを言い出すのか……後援会に入ったのだって伝えていないはずなのに、って思っているでしょ」

「え、えっと……」

「言っておくけど、後援会の件を菜々子がリークしたのは知っているんだからね? お願いだから無茶なことはしないで」

「べ、別に無茶なわけじゃ――」

「下手をすると恨まれるよ?」


 会話を聞いて達樹は、舞桜が前の事件で菜々子に負担を掛けないよう動いていたことを思い出す。今回の発言もそうした考えに基づいてのことのはず。


「う、う……」


 彼女の言葉に菜々子は二の句が継げられず、僅かな呻きを発した後俯き沈黙した。

 そして舞桜は、標的を達樹に変える。


「そっちも」

「……俺はどちらかというと、友人に引き込まれた感が強いんだけど」

「友人?」

「会ったことあったよ。北海優矢という……」

「ああ、彼ね」


 舞桜は達樹の言葉に声を上げつつ、疑問を呈する。


「彼が主催?」

「みたいだな。実技二十位とかの人を引き込んでいるようだし、何を考えているのやら」


 達樹は少し大げさに肩をすくめて見せる。自分はどちらかというと巻き込まれた人間――そういう意思表示のつもりだった。


「そう……ま、どちらにせよ二人で部活をやっているわけね」

「ああ。親衛隊の人も来たから、詳細はすぐ耳に入ると思うよ」

「わかった……で、菜々子」


 舞桜は頷くと再度菜々子へ呼び掛ける。


「釘を刺しておくけど、くれぐれも変なことはしないでね」

「……わかった」

「よし」


 同意する彼女を見た後、舞桜は二人の横を通り過ぎる。


「お二人とも、さようなら」


 優雅に告げ――彼女は去って行った。


「……絵になるなぁ」


 後姿を見送りながら達樹は呟く。


「で、菜々子。見事にバレていたわけだが」

「……うん」


 ちょっとだけ沈んだ受け答えをする彼女。けれど、少しして顔を引き締め、遠くになった舞桜の背中を見つつ、決然と言った。


「だとしても、やめるわけにはいきません」

「強情だな」

「当然です」


 きっぱりと答える菜々子。達樹は彼女を見て僅かに苦笑した。


「互いを思いやっているのに、ちぐはぐだな」

「全くです。けど、こんなことでへこたれているわけにはいきませんから」

 あくまで活動を続行する気でいる菜々子。達樹は止めても無駄だなと思いつつ、一応助言はしておいた。

「無理はするなよ」

「わかっています」


 応じた菜々子の顔は、ひどく澄み切っていた。

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