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ナイトオブブルーローズ  作者: 陽山純樹
第1話

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14/106

彼女のもとへ

『門に到着したんだね? よし、案内を開始するよ』


 達樹が九秋研究施設の前に到着したのは、空が暗くなり始めた時間。あと二十分もすれば陽は完全に沈むだろう。


(お願いします)

『うん』


 達樹が心の中で呟くと青井に伝わったようで、短いいらえが返って来た。そして彼の指示に従い歩き始める。

 正面に見える施設は大学病院のような面構えをしているのだが、二メートルを超えるコンクリートの壁に囲まれている。それが物々しさを醸し出しており、一般人が立ち入れない場所であるものを暗に示していた。


『裏口から侵入する。正門は魔力探知も厳重だから、リスクを避けるためだ』


 青井の指示を受け、黙々と歩く。コンクリートの壁に沿うように反対側へと回る。

 施設の裏側はゴミの排出場所や資材の搬入口があり、そこへ入るため受付である事務所が存在していた。


(どうやって入るんですか?)


 達樹は受付を確認すると、中年の男性が本を読んでいる姿があった。いくらなんでもここを強引に通り過ぎるのは無理だ。


『ここで増幅器の機能を使う』

(機能?)

『実はその増幅器、気配を薄くする機能を入れてある。簡易的な物だから、魔法使いには全く通用しないんだけど』

(どうやるんですか?)

『増幅器の力の込め方を多少変えるんだけど――』


 青井は手順を簡単に説明する――聞いた後、達樹は教えられたように増幅器に力を込める。

 直後ほんの僅かに魔力が生まれ、すぐに消えた。


(魔力が消えたんですが)

『それで成功だ。進んで』


 言われるままに歩を進める。半信半疑だったのだが、受付が近づいても男性に反応は無い。恐る恐る受付を通り過ぎる。男性がこちらに顔を向けることはなかった。


(通りました)

『なら次だ。気配隠しは使っているけど、念のため注意を払いながら進んで』

(当てはあるんですか? 施設の中なんて俺には全くわかりませんよ)


 達樹は道路の端を歩きながら、尋ねる。左右には道を挟んで大きな建物がある。ただどういう施設なのか理解できないため、どこに向かえばいいのかも見当が付かない。


(それに、気配らしい気配もないですし)

『もし青薔薇さんが戦っていたとしても、結界くらいは使っているから外部から把握するのは無理だと思うよ。ともあれ予測はできる。案内するよ』


 青井の指示に従い、達樹は歩を進める。移動の最中、日が完全に沈み始め電灯がつき始めた。その間人通りは見受けられない。建物の所々に明かりがついていなければ、限りなく無人に近い場所だと思ったかもしれない。


『そして右に曲がり……そこだ』


 やがて青井が告げる。辿り着いたのは四階建ての建物。正面入口から見える建物の隣に位置する場所だった。


(ここは?)

『増幅器に関する研究施設。一応私達の研究も増幅器という一般的な領域だから、ここで行われていた。最も、危険を伴う実験は別の場所で行われるけれど』


 聞きながら達樹は入口を確認する。ガラス製の扉により入口付近が外からでも見えるが、少なくとも人影は無い。


(騎士が、うろついている様子もないですね)

『事情を知らない研究員もいるから、大っぴらに動くことはないと思うよ。もっとも、三石さんは九秋の重役だから、無理を通す可能性はある』


 達樹はなおも解説を聞きつつ建物に近づく。外から見える廊下には、常夜灯と思しき光が漏れている。


(ここに入ればいいんですよね?)

『うん』


 青井の進言に従い達樹はドアをくぐった。中は恐ろしいほど静まり返っており、耳鳴りが聞こえる程。


(誰も、いないようですが……)

『……え?』


 達樹が確認し語ると、青井は疑念の声を上げた。


『誰もいない? ここと隣の本棟は普段でも二十四時間人がいる場所のはず』

(とすると、部屋に詰めているんでしょうか?)

『廊下に人はいない?』


 見回してみる。しかし人気は無い。


(やはりいません)

『……もしかすると』


 青井は何か思い至ったのか、呟いた。達樹は詳細を聞こうとして――廊下奥からゴォンという、くぐもった音が聞こえてきた。


「今のは……」


 達樹は呟き、そちらへ歩く。周りに気を配りながら廊下を進む。

 道中も確認するが、やはり建物に人がいない。廊下の電気はついているが、個々の部屋は暗い。


 まっすぐ進んでいると、階段に行き着いた。それを一階だけ上がると、廊下を確認する。その一角で、粉塵が舞い視界を覆う場所が目に入った。


(それらしい場所が見つかりました)

『わかった。気を付けて』


 青井の言葉を聞いた後、移動を再開する。足音を立てないように、それでいて早足でそちらへ向かう。やがて粉塵が晴れる。そこには――


「っ!?」


 小さく呻く――立栄が片膝をついている姿。そして、


「無駄だよ」


 男性の声――同時に、廊下に黒い影が飛び出してくる。

 それは剣を携えた一体の漆黒の騎士。彼女は反撃とばかりに手をかざす。手先から風が生まれ、騎士と衝突する。


 だが、騎士は僅かに身じろぎしただけで、ほとんど抵抗も無く剣を振り下ろす。彼女はすかさず横へ避け、一瞬で騎士の横をすり抜け背後に回る――

 騎士が反応し振り返った時、彼女の手が騎士の胸部に触れた――魔力が膨らみ、術を放つ。建物全体を振動させるような衝撃が生まれ、騎士が壁にめり込んだ。


(おいおい――!)


 達樹は驚愕した。その間にも彼女は風を騎士へ浴びせ続ける。壁が破砕し、さすがの騎士も身動きが取れなくなる。

 騎士が動かなくなった直後、立栄は攻撃を中断し一歩距離を取る――対する騎士は、効いていないのか壁から体を起こし、彼女へ迫る。


「くっ!」


 放たれた斬撃を彼女が避けた――次の瞬間、騎士の姿がブレた。達樹には騎士の動きが、全く把握できず――瞬きをした直後、彼女の背後に騎士が立っていた。


達樹が声を上げそうになった――次の瞬間、立栄は気付き風を体にまとい防ぎにかかった。

 しかし、それをもろともせず騎士は剣を振り下ろす。


「――っあ!」


 短い声が響く。刃は彼女の背中に裂傷を作った。鮮血が舞い、床に落ちる。

 立栄は即座に身を捻り、壁を背にして立った。痛みのためか、歯を食いしばっている。


 達樹は立栄の表情を見て――足に力を入れた。騎士は間髪入れず剣を振り下ろす。彼女は避ける素振りを見せない――いや、正確に言えば痛みで動くことができなかったのかもしれない。


 達樹は跳ぶように走った。音でこちらに気付いたのか、立栄の視線が向く。さらには騎士が気配を察し、一瞬動きが止まる。その僅かな時間で、彼女の下へ到達した。

 剣が振り下ろされ――刃が到達する前に達樹は彼女を抱え、すり抜けた。目標を失った騎士の剣が地面に衝突し、床に大きくヒビを生じさせる。


 達樹は距離を取りつつ、立栄を降ろす。さらに振り返り彼女を庇うように騎士を見据え――


「援軍か」


 声が聞こえ、部屋の主が廊下に現れる。見覚えのある人物で、三石だった。

 気配隠しの魔法は効いているはずだが、戦闘のためか、それとも彼が機具でも着けているのか、見えているらしい。


「西白達樹君か。ふむ、魔力の少ない君は施設に入れたというわけだな」

「そいつが、新たな騎士ってわけか?」


 騎士を見ながら三石に尋ねると、彼は醜悪な笑みを浮かべ、答えた。


「そうだ。彼女の魔力を分析し、防御能力を大幅に高めた騎士だ。風の魔法を完全に防ぎ、あまつさえ彼女が外部に放出した魔力を取り込み、自身を強化する。完成までに多少時間がかかった上、まだ一体のみの試作品だがな。しかしこれで、彼女の魔法は通用しなくなった」

「だからといって、こんな所でやりあってたらバレるぞ?」

「人がいないだろう? 彼女がここに来るのは察しがついていたからな。既に準備は済ませていたのだよ」


 三石が語る間に、騎士が一歩近づく。達樹はそこで青井に呼び掛けた。


(青井さん――)


「助けにここに来たのはいいが、彼女の二の舞になるだけだぞ?」


 言葉の直後、騎士が動く。達樹へ迫り、剣を振り下ろす。

 達樹は――後方にいる彼女を抱え、背を向け走り出した。


「逃げるのか? まあそれもいい。だが朝になれば、逃れることはできないぞ」


 三石の哄笑が、廊下に響く。達樹は一瞬だけ振り返ると、騎士の追う姿。


(さっきの見えない動きを使われれば終わりだが――!)


 達樹は内心不安になりながらも廊下を走る。だが予想に反し、増幅器で強化された達樹に追いつけない。

 やがて達樹の正面に階段と、大きな窓が目に入った。本来ならばこのまま降りれば済む話――だが、そうしなかった。右足に力を込め、ほんの一瞬だけ立ち止まる。


「――このっ!」


 ボールを蹴るような要領で、足が弧を描く。腕から光が放たれたように、足先から光が生まれ、窓に衝突――轟音が響き、窓が綺麗に破壊される。


「――ほうっ!?」


 驚愕の声が、達樹の耳に聞こえた。彼は背後に迫る騎士の恐怖に怯えつつ、窓から闇へ身を躍らせた。増幅器で着地の衝撃を緩和し、彼女を抱えたまま走る。


 道中、一度だけ背後を振り返る。騎士は破壊された窓に立ち、逃げる達樹を見ていた。追う気は無いらしい。


「だからといって、油断はできないけど」


 達樹は構わず走り続ける。その最中、一度だけ抱える立栄を見た。彼女は顔をしかめ痛みを堪えながら、達樹を見返していた。






(本当に、ここでいいんですね?)


 達樹は念話の相手である青井に確認を取る。


『ああ。そこならある程度の時間が稼げる。重役の三石さんが把握している場所じゃないから』


 ――騎士と対峙した後、達樹は青井から指示を受けた場所に逃げ込んだ。そこは敷地の端にある、植木に覆われたプレハブ型の倉庫。窓から月明かりが入るため、夜にも関わらず室内は存外明るい。


 ここは防災倉庫のようで、中には土嚢や運動会なんかで使われる、組み立て式の集会用テントが置かれている。

 そして当の立栄は床に寝かせていた。止血の必要があるため、達樹は急いで倉庫の物品を確認し始める。


 ほこり避けにビニール袋で包まれ毛布などの物品がある。そこであることに気付き、窓の外を確認。血痕が残っていれば危なかったが――奇跡的に残っていない。ひとまず足跡を辿られることはないだろうと安堵し、


「……っう!」


 立栄の声が響いた。慌てて達樹が視線を向ける。彼女は痛みを堪えながら、上着を脱いでいた。怪我により出た汗を吸っているのか、肌着が張り付き彼女の白い下着がうっすらと透けて見えた。


「た、立栄さん……!?」

「傷を、塞がないと……」


 言うと、彼女はポケットから何かを取り出し、達樹へ差し出す。

 それを受け取ると、彼女は達樹へ後ろを向いた。彼女の右腰辺りの布が、血で真っ赤に染まっている。


「魔力に反応して、治癒する傷薬だから……それを、患部に振りかけて……」

「わ、わかった」


 躊躇いながら頷く達樹へ、彼女は肌着をたくし上げた。患部が見え痛々しく血が流れている。

 達樹は渡された物を確認する。液体の入った小瓶で、指示に従い蓋を開封。彼女の傷口へそれをかける。


「――っあ!」


 痛みを堪える短い悲鳴が漏れる。それを押し殺すため彼女は袖を噛み、達樹へ続けるよう目で促す。

 達樹は彼女に頷き、傷薬をかけ続ける。苦痛で涙すら見せる姿を見て止めそうになったが、彼女は構わずやれと目で訴える。


 達樹は険しい顔つきで頷き――やがて傷薬を空にした。


「はあっ……はあっ……!」


 立栄は袖から口を離すと荒い呼吸を行い――変化が起こった。患部の周囲が突如淡い光に包まれ、傷が徐々に収束していく。

 そこで達樹は物品の中にある毛布を取り出した。それを彼女に渡すと、告げる。


「少し、休んだ方が良い」

「……そうね。そうする」


 小さい声で立栄は答え、毛布にくるまり横になった。痛々しい彼女を見ながら、達樹は小さくため息をつく。


(……青井さん、聞こえますか?)

『ああ、聞こえているよ。何?』

(彼女が怪我を負っているので、少し休みます)

『わかった。そこなら安全だろうから、心配はいらない』

(本当に、大丈夫でしょうか?)

『ちゃんと指示通り窓を叩き壊して脱出したんだよね? なら大丈夫だ』

(それ、半信半疑なんですけど)


 あの時階段から降りる手もあったのだが、青井の指示により窓を壊し脱出した。


『三石さんは用心深い人間だからね。建物を破壊しても動じなかったけど、窓の破壊は優先的に対応すると思うんだよ。外から見てもわかるから。だから追うようなことはせず修理をする』

(なるほど……でも、終わったらこちらを捜索するのでは?)

『それも大丈夫。彼は九秋の中で重役の人間で、成果を出したくて増幅器や騎士の研究をしている。けど、それが非人道的に行われていると外部に周知されれば立場が危うくなる。今回の襲撃が大事になったら、警察は誤魔化せたとしても経歴に傷はつくだろうね。だから彼は窓を修理し、データを隠す作業をするはず。彼は今情報を隠蔽するために動いているはずだよ。それが終わるまでは大丈夫』

(……なるほど、わかりました)


 答えるのと同時に、疲労がどっと押し寄せた。睡魔が頭をもたげ、思考を奪う。

 休まないと――達樹は思い立栄と同じように毛布にくるまり、目を閉じる。外からはどこからか虫の鳴き声が聞こえる。


(これから、一体……)


 どうなっていくのか――達樹は思いながら、深い闇へ意識を投げた。






「……う」


 目を覚ました時、やはり虫の声が聞こえていた。

 達樹は少しだけ眠ったのかと思ったが、体の疲労が結構回復しているのに気付いた。仮眠位の時間は眠れたらしい。


 首を動かして横を見る。月明かりに照らされた立栄の顔が見えた。彼女は毛布に包まり心地よさそうに寝息を立てている。


(どうやら、大丈夫そうだな)


 達樹は胸中で呟くと、音をたてないようゆっくりと身を起こした。思ったよりも体が軽く、これなら十分戦えそうだった。


(青井さん)


 ひとます青井へ呼び掛けてみる。だが反応がない。


(青井さん?)

『ん、目覚めたのかい? おはよう』


 少し間を空けて彼が反応した。


(おはようございます。今何時ですか? 時計を持っていなくて)

『今かい? えっと、十時』

(十時?)


 思わず聞き返した。四時間くらいは眠っていたようだ。


『そっちは大丈夫かい?』

(ええ。とりあえず敵の気配も無さそうですし……)


 達樹は静かに立ち上がると、窓の外を確認した。敵に囲まれているなどの事態も起こっておらず、静寂と暗闇が辺りを支配している。


『その辺は元々人気が無いからね。露見する可能性は低いよ』

(そうですか……で、今後どうすれば)

『ひとます時間は稼げているみたいだから、体力の回復に努めてもらえば――』


 青井が答えた時、物音がした。見ると、立栄が起き上がり辺りに目を向けている。

 やがて目が合うと、彼女は小さく息をついた。


「……ごめんなさい、助けられたみたいで」

「いや、いいよ」


 達樹は首を左右に振る。


「状況をひとまず説明するよ」

「状況?」

「ああ」


 青井に関して話を始めようとした――が、達樹はあることに気付き視線を彼女から逸らす。


「どうしたの?」


 立栄は最初不思議がり――はっと息を呑んだ。


「あ、えっと」


 上着を脱ぎ捨てたままで、相変わらず肌着姿の彼女。結果、月明かりに照らされやはり下着が透けていた。

 達樹はじっと視線を逸らしつつ、布の擦れる音を聞き、やがて何も音が出なくなった時首を戻した。


 そこには、少しばかり顔を紅くした立栄の姿。


「ごめん、それで……」

「あ、ああ」


 達樹は少し戸惑いながらも事情を話す。時間としては三分程度のもので――全てを説明すると、彼女は腑に落ちたような表情を浮かべた。


「そう……青井さんが……それなら騎士がまだ一体だけなのも納得できる」

「魔法を防いでいた騎士のこと?」

「うん。あの騎士からはペンダントと同じ気配を感じられた。だからペンダントがないと製造できないのだと思う。青井さんが盗んだことで、これ以上数を増やす可能性は低くなった」

「そうか……」


 だとすると、今のところ彼女にとっての強敵はあの騎士一体だけ。


「あの騎士の能力は?」

「多分大きい騎士を凝縮したような能力を持っていると……そう考えると、かなりの強敵であるのは間違いないよ」

「そうか……けど、俺にとっても勝ち目がゼロってわけでもないんだろ?」


 達樹が問うと、立栄は僅かに目を細めた。


「戦う気?」

「ああ。立栄さんがやれないようなら、俺がやるしかない」

「そうかもしれないけど……無茶よ」

「でも、消去法で俺しかいないだろ?」


 言い返すと立栄は沈黙。達樹はそんな様子を見ながら続ける。


「不安が無いわけじゃない……一瞬で立栄さんの背後に回る速度は、目で追いつかなかった。あのレベルの攻防は、俺には無理だろうし何か対策を――」

「それは心配しなくてもいいと思う」

「……何か根拠が?」


 達樹が問うと、立栄は説明を始めた。


「三石さんも言っていたと思うけど、あの騎士は私の魔力を解析し特化した能力を持っている。その特性により私が外部へ放出した魔力を吸収し、高速移動を行う。私と戦わない限り、あの騎士は同じような移動を使えないはず」

「そうなのか……とすると、十分勝機はあるな」

「ちょっと待って」


 達樹の発言を、立栄は制止にかかる。


「こうなってしまった以上、一度退くべきだと私は思う――」


 そこまで言って、彼女は言葉を止めた。


「いや、もしかしてそれもできない……?」

「だと思う」


 今度は達樹が説明を始める番だった。


「三石って人は朝になれば逃れられないって言っていた。ここからは俺の推測なんだけど、情報を隠した後は事件を全て青井さんのせいにして、立栄さんや俺も全て彼の指示を受けていた、とかシナリオを描く気なのかもしれない」

「……かもね。今の私達は侵入者だし、青井さんがペンダントを奪っていて、なおかつ私の自宅にいる。そのシナリオに当てはまっている、と」


 三石と立栄の立ち位置が入れ替わっている状況。青井が立栄を通して警察へスパイを行い、ペンダントを奪うために色々と画策していたという筋書きができる。


「確かにそれなら筋が通ってしまう……諸所矛盾点はあるけれど、三石さんなら押し通すはずね」

「なら立栄さん、打開できる方法はない?」

「あるとすれば、研究データを警察に渡すとかかな。その情報と共に私が説明を加えれば、彼に弁明の余地は無くなる。問題は、果たして研究データを手にできるかどうか」

「無理矢理奪えないかな? わざと騒ぎ立てて、とか」

「力づくって事? それはさすがに無理だよ。施設を襲撃したという事実が確定して、警察が敵に回る可能性が高い」

「それもそうか……後は、もし証拠データが消されていたら?」

「その可能性は十二分にある……ともあれ、何か手は考えるよ」


 立栄は言うと、達樹へ頭を下げた。


「とりあえず傷は塞がったみたい。ありがとう、西白君」

「ああ」

「それと、こんな状況で言うのもなんだけど、あなたを巻き込んでしまった」

「何をいまさら」


 達樹は肩をすくめる。


「研究所に来ている以上、覚悟は決めているよ。俺としては、立栄さんに迷惑を掛けているんじゃないかと気が気じゃないくらいで」

「……ううん。助かった。今回の事件は、味方がいなければ危なかった」


 彼女は達樹を真っ直ぐ見据えながら語る。


「菜々子から聞いているかもしれないけど……仕事をして彼女に大怪我をさせてしまった……だから、友達や出会った人が傷つくのがすごく怖くて、こういう事件の時は一人で仕事をするようにしていた」

「ああ。だと思ってた」

「だから西白君の協力も断り、菜々子の助力も拒否した。けど今となっては、私が一人でやっていたことによって、弊害が生まれている……」

「立栄さん」


 達樹は立栄に呼び掛けた。彼女が話を止め、視線だけが向けられる。


「俺も色々悩んだよ。立栄さん達に事情を説明して、それですべてが終わったとは思えなかったから。結果的に俺はこの事件に深く関わることになったけど、まだ最悪の状態じゃない。なら今からでも修正は効くさ」

「そう、かな……」


 立栄は小さく頷きつつも、達樹へ向き直り再度尋ねる。


「一つだけ、聞かせてもらっていい?」

「どうぞ」

「事件に関わったため、西白君が気になるのはわかる……けど、死にそうな思いをしてまで、なぜ戦おうとするの?」

「それは……」


 達樹は立栄を見た。月明かりに照らされたその姿はひどく幻想的だったが、同時にひどく儚くも見えた。触れれば消え去るのではないか――そんな風に思えた達樹は、彼女を守るべきだと、強い意志を抱く。


「……死にそうな俺を介抱してくれて、迷惑が掛からないよう取り計らってくれた……それ以上の理由って、いるのか?」


 告げたと同時に、達樹は敵である騎士を思い浮かべた。見た目の便宜上騎士と呼んでいるが、本当の騎士という立ち位置は、自分であるような気がした。


「命を助けられて、そして今立栄さんが危機に晒されている。だから助ける。これ以上理由はいらないだろ?」

「……そう、なのかな?」


 立栄はなぜか戸惑った表情を浮かべ、なおかつ照れている様子。


 達樹はなぜそんな顔をするのか最初疑問だったが――少ししてわかった。彼女はずっと一人で戦っていたから、誰かに背中を預けるようなことも無かった。だからこんな風に言われるようなケースも、今まで皆無だったのだろう。


 そういう一面を見たからかもしれないが、達樹は決然と話す。


「俺は、今だけの……立栄さんの騎士みたいなものだよ。命を助けられて、なおかつ怪我をしても戦おうとする姿を見て、俺は自分の意志で協力すると決めたんだ。だから、是非頼ってほしい」


 その言葉で――立栄は綺麗な微笑を見せ、小さく頷いた。


「わかった。お願いするよ、西白君」

「ああ……それと、俺のことは名前で良いよ。ついでに呼びつけで。俺は立栄さんの護衛みたいなものだから、丁寧じゃなくていい」

「……なら、私のことも舞桜でいいよ」


 彼女の提案に、達樹は押し黙った。優矢が見ていたら、さぞ悔しがっただろう――友人のことを思い浮かべ、ふと疑問が出た。


「そういえば、一ついい?」

「何?」

「親衛隊の人達には立栄様とか呼ばれていたけど、何で名前で呼んだりしないんだ? 気を遣っているから?」

「……私がお願いしているんだけど」

「お願い? 何を?」

「それは……名前が理由」

「名前?」


 彼女は少し照れくさそうに、話した。


「名前に様付されると、魔王様みたいに聞こえるじゃない」


 瞬間、達樹は吹き出す。途端に立栄は咎める口調で告げる。


「あ、笑わないでよ。結構気にしているんだから」

「ごめんごめん」


 達樹は笑みをどうにか抑え立栄へ言い――やがて、彼女が手を差し出すのを視界に捉えた。


「ちょっとの間だけど、頼むね、達樹」

「……こちらこそ、舞桜」


 達樹は多少戸惑ったが、手を差し出し握手を交わした。


 二人は手を離すと静かに行動を開始する。先ほどまでの空気を取り払い――達樹にとっては忠誠を誓った彼女を守るために、動く。


(正念場だ、これから)


 思いながら、彼女――舞桜と共に、夜の闇へ足を踏み出した。

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