第5回 とある絶海の孤島にて
山で出会ったスーパーロボットに「サンゴー・グレート」と命名し、そのパイロットとなった赤井手甲太。
それからの一月ほど、甲太はサンゴーグレートに付きっきりで、その能力を学んでいた。
やり甲斐と張りのある毎日! 部活動で全国大会を目指す学生のような気分といえるだろうか。楽しくてたまらない! もっともっとやっていたい! と。
まあ、甲太に言わせれば、そんなくだらないモノと一緒にすんな!と吐き捨てるだろうが。
さて、ロボットを手に入れてまずやるべきこととは。
それは動線の確保。
パイロットたるもの、スーパーロボットのもとまで、迅速に駆けつけられるようにしておかなくてはならない。
サンゴーグレートのところへ向かう電車の中で、これは一刻も早く解決しなくてはいけない問題だ、と甲太は思う。
一秒でも早くサンゴーグレートに会いたいのに、この田舎路線ゆえ各駅停車しかない電車のスピード。
サンゴーグレートのコックピットが変化した飛行体サンゴーゼロ。その速さを体験した甲太にとって、電車にのんびり揺られるのは耐えがたかった。
そして何より電車賃を毎日払い続けるのは、小遣いでやりくりしている身としては無理があった。すでに今月は財政破綻寸前である。
帰りだけではなく、行きの行程でもサンゴーゼロを使えるようにするのが急務。
なのでその日深夜になってから、透明になったサンゴーゼロを、甲太の家の2階にある彼の部屋へと横付けし、窓から出入りする訓練を行った。
通行人に気づかれないようにカーテンで体を覆いながら乗り込めば、まず発見されることはない。サンゴーゼロの乗降口のとこでカーテンが光学処理的に少し変になっているが、そんなとこをジロジロみる人間はいないだろう。
乗り込む際、空中に駐機してあるサンゴーゼロは、電線やら木やらを避けるためにえらく斜めになっているが、その状態でも特に浮力に問題はない。
甲太が搭乗後、障害物のない高度までゆっくり上昇、ふわふわ浮かぶだけなら周囲への影響は殆どないのだが、急な加速するときにはジェット機と同じく大きな熱と暴風・騒音が後方へ向けて噴射される(これはロボットのときも同じ)。そのためスピードを出すには、かなりの高度まで上がらなければならない。
そこに少々時間がかかるが、それでも徒歩&電車に比べたら雲泥どころではない差があるので、これからは毎日このウルトラスーパーデラックスな乗り物に、迎えに来てもらおうと思う甲太であった。なにより金がかからない。
サンゴーゼロを呼び出すのにはスマホを使う。サンゴーグレート専用のアプリを入れてもらった。
こうしてロボットまでの足は確保できた。
予定がなにもない休日などは、朝起きて直ぐにスマホでサンゴーゼロを呼び出し、そのまま窓から飛び乗れば、ものの数分で山峡にあるサンゴーグレートのもとに着けるのだ。真っ昼間にサンゴーゼロに乗り移るのはスリル満点。下に何人もの通行人がいる中、見えないとはいえ、これだけの大きさの飛行物体が浮かんでいて、そこに乗り込んでいくんだから。
恐ろしく便利になった出動体制。良かった良かった、と言ってたらサンゴーグレートの方から何やら言ってきた。
『サンゴーゼロによって、甲太の移動もスムーズになったところで、私の体をここから移動させることを進言したい』
「え、どういうこと?」
『この場所は普段は人気が無いが、シーズンによっては訪れる人間が多くなる。甲太がパイロットに成った日もそうだっただろう? 不測の事態を避けるためにも機体を、人目のつかない場所へ動かす必要性を認めるがどうだろう』
「う~~ん。そう言われても… このデカさを置いとける場所なんてあるかな?」
『候補地を選定しておいた』
壁面モニターに日本地図が映し出され、目的地までがズームされた。
「え、島じゃん」
『日本に数多ある無人島の中から、船舶や航空機の航路からの距離、観測衛星の範囲、台風や大波などの影響も計算し、こここそが他の人間に発見されにくく、最も甲太がノビノビできる地点であると算出された』
「おっ、おう。分かった」
その思いやりに圧倒され、早速甲太inサンゴーグレートは目的の無人島に発進した。
サンゴーグレートでの長距離移動は始めてである。
「や~、ロボットものだねえ」
上空を飛ぶサンゴーグレートの、両手を突き出して飛行するポーズ。それをモニターで見ながら感慨を味わう甲太である。
惜しむらくは、周囲からはサンゴーグレートの姿は見えてないことか、モニターの映像もCGで作られたものである。
この勇姿を誰かに見てもらいたい、という思いがムクムクと頭を持ち上げる。
「操縦に慣れて自由に動かせるようになったら、どっかのタイミングで披露しなきゃな…」
甲太の頭には、家族やら古い友人、気に食わない今のクラスメートや教師、さらにはテレビや動画サイトの有名人、更に更に無数の日本人たちが、驚天動地の顔でサンゴーグレート=甲太を見上げる画が浮かんでいた。そしてその驚きは尊敬へと変わるのだ。その中には沢楓の姿もあった。
見える景色全て海となり、対象物がないのでスピード感が感じられなくなる。
「そういえばなんであの山に居たの?」
手持ち無沙汰な甲太の質問。
『……───そう。何かアクシデントがあってあそこに不時着したんだが、それ以前の記録が残っていない』
考え込むように喋りだすサンゴーグレート。しかし人間とは桁違い、それも数百億以上も桁が違うだろう、演算能力をもつスーパーロボットのコンピューター、それが考え込むなんてことあるだろうか。
「じゃあ誰が君を造ったのかとかは覚えてないんだ?」
『そうだな…… ただ私の記憶領域にはロックがかかっている箇所が幾つもある。たぶんそこに私の創造者に関するものが有るのだろうが、そこへのアクセス権は当の創造者しか持ちえないのだろう』
「へ、え… ふーーーん」
さっきまでスーパースター気分を味わっていたのに、自分より上の存在がいるという現実を知らされてガッカリする甲太。それが態度にも表れてしまってる。
それをロボットは敏感に感じ取ったのか。
『私はあの場所で待っていたんだ、甲太のような人間に出会えることを。そして出会えた』
「え… そう…… ふひひ////」
チョロかった。
『間もなく到着する』
はるか先に島らしきものが見えたかと思うと、たちまち大きくなってくる。
もと居た山から30分かけて、目的地の孤島に到着した。
「は~~、これかぁぁ」
無人島と聞いて想像していたものと違い、ヤシの木もなければ砂浜もない。ただの岩礁といったところだ。広さは結構なものがあったが。
殺風景さに失望する甲太。結構レジャー気分だったのに。
しかし、ロボット操縦の練習場だと考えれば、これほど適したところもないだろう。美しい景観がない分、ロボを暴れさせ放題だ。
というわけでこの地でロボット修行に励むことにする甲太。
島の真ん中には岩山がある。そこをサンゴーグレートでくり抜いて駐ロボ場を作ることにする。
始めると、サンゴーグレートの凄まじいパワーが体感できた。腕をパワーシャベルとして使いガンガン掘り進め、堀り出た土砂を積み上げもう一個山を造る。
岩山を掘り進めると脆い層が出てきた。壁にしようとした部分がボロボロ崩れてくる。
「ここ、どうしようか?」
スーパーロボットに相談してみるが、いくらスーパーでもコンクリートは積んでいまい。
『ビームを使って土砂を溶かし固めるのはどうだろう』
「えっ!! ビームなんてあんの!?」
『アプリにチュートリアルが載っていた筈だが』
「え、あ、そういやそんなのあったね、はは… まあ実戦で覚えるタイプだから俺」
慌てて確認してみる。専用のアプリを指紋認証で開くと、中身はパッと見ゲームの説明書みたいになっていた。他人が見ても本物のロボットの取扱説明書だとは思わないだろう。
(普段説明書読まないからなあ… これもパラ見してまた今度って思ったんだ)
TVゲームに説明書が付かない世代の意見であった。
「頭部カメラ機構のビームシステム、これか。ちょっと撃ってみようか」
サンゴーグレートは立ち上がり海岸線にある巨大な岩、上に鳥居を建てられそうなぐらい大きい、の方へ向かって。
放った。
サンゴーグレートの目、に見える部位が光ったかと思うと、光の線が大岩のど真ん中を貫いていった。そして貫通した箇所にオレンジ色の光の塊が出来たかとおもうと、それは弾け、岩は轟音のもとに爆散した。
「!!!!! やべーーー……」
しばらく驚きが覚めなかった。
ロボから降りて的となった岩の、成れの果てを見に行く。瓦礫を見回し。
「これが… 武器かぁ… せいぎの力…」
やっと落ち着いてきた甲太。戻って搭乗し言う。
「威力ヤバすぎだろ・・・ これじゃ~、壁も壊しちゃうんじゃない?」
『パワーを絞ってやってみよう』
それに従い、固めたい岩壁に向かいビームを、さっきよりずっと弱めに範囲を広げて照射する。ライトの光を浴びせるような感じで。光を当てられた部分は、煙を上げ爆ぜながら、終いにどろどろになっていく。溶岩一歩手前ぐらい。
それを平べったい岩を使って、伸ばしたり窪みに充填したりしていく。巨大ロボットの左官屋といった風情だ。
たぶんサンゴーグレートがオートでやってくれる作業だろうが、操縦の練習として甲太が手ずから行う。その為かなり時間がかかったが、それはそれでなかなか楽しい時間となった。
高校に入ってから誰かと一緒に作業するという機会が、なかったのもあるだろう。
「よし! こんなもんか」
岩山に穴を開け地面を掘り、サンゴーグレートが屈めば収まるくらいのスペースを確保した。半開のドームというと言いすぎだが、これで雨風を防げるし、急に航空機が現れても、サンゴーグレートのボディを大方隠すことが出来る。
まあサンゴーなら、どんな航空機だろうと視界に入る前に捉えて、透明になるなり海に飛び込むなりで身を隠せるのだが。
やはり気分というのが大事だ。操縦訓練になるし、共同作業でロボットとより親密になれた気がする。
なにより。
「秘密基地の完成だ~~!」
巨大ロボットにはこれである。
使うかも分からない階段やスロープ、見張り台を付けてみたりする。
これで島にサンゴーグレートを配備し、いつでも出動できる態勢が整ったのだった。
スーパーロボットパイロットの日々は忙しい。
学校から帰った甲太は、日課だったネット鑑賞もせずにサンゴーゼロで島へ向かい、サンゴーグレートの能力を学習する。
潜水能力を見るのに海へ潜らせてみる。どんな水圧にも耐えられるようで、深海の底までたどり着けた。
ライトを照らして海底散歩を楽しんでいたら、人間が何体か倒れていて甲太は心底ビビり上がった。
正視できないのでサンゴーに調べてもらったらマネキンだと判明、ムカついたのでぶっ壊すために回収することにした。
パワーやスピードも試してみる。
「この手に壊せぬものは無えっ!」
てな感じで、海岸やら海底から拾ってきた、産廃のコンクリ塊を粉砕し鉄筋を引きちぎる。紙細工のように容易に壊すことが出来る。
サンゴーグレートの半分はある巨大な岩塊も持ち上げられた。それ以上の大きさの岩は、持ち上げようとすると重さで砕けてしまう。
これなら中ぐらいのビルぐらいは手で運べそうだ。
上空でスピードを上げるのは爽快だったが。やはり比較物がないので飽きがくる。
どこまで飛ばせるのかやってみたかったが、音速を越えると衝撃波が発生し、周囲に予期せぬ影響を与えるかもしれないとサンゴーに言われる。
なのでほんの数秒だけ音速までの加速を試したが、雲や海の模様の流れが目に見えて変わるのが分かった。
こうなると甲太は、
「陸の上で試せないかなあ、透明状態で町の上を少し飛ばせない?」
『衝撃波で町中のガラスが割れ、大音響で聴覚障害の人間が大量に出るが、やるかい?』
「ひぇっ」
やめといた。
一応マッハ2までは出せるらしい。
そして武器。
「目からビーム。これ以外にも何かついてる?」
『内蔵されたものとしてはこれだけだな』
ヒーロ-ロボとしては寂しいが、こいつが結構応用が利くものだった。
最初に撃った巨岩を貫通する破壊力。そして基地(?)建設で使ったビームの幅を広くすることで岩を溶かすやり方もある。
だったらその逆で、ビームの幅を極小に狭くして、威力をある程度に落として撃ってみたら?
海溝で入手したマネキンを撃ってみる。
「うわっ………… ヤバぃ」
マネキン人形の胴体には、ちょうど拳銃で撃ったような穴が開いた。
対人間用に使えるかもしれない。
マネキンは3体あったので色々撃ってみる。
連射することもできた。普通に撃つと照準機能が正確過ぎて同じ場所にしか当たらないので、照準を動かしながら撃ってみると、まさにマシンガンのような撃ち方になる。照準を揺らしながらやったら、人形はハチの巣となりバラバラになった。
細いビームを打ち続けながら横なぎすると、レーザーカッターのように首をスパッと切り落とした。そのまま手足を切ってさらに細かくしてみた。
3分と経たないうちに、マネキンのあった場所には人の形を留めない破片が散乱し、周り一帯も岩や地面が切り刻まれ穴だらけになり、戦場のように荒れ果てた模様となっていた。
最後に通常のビームを打ち込み、マネキン射撃場を木端微塵に消し飛ばして痕跡を掃除する。
撃っている間、甲太の中には背徳感と暴力を振るう興奮が、ない交ぜになって同居していた。
さらにサンゴーグレートの能力を探求すると。
パワーは腹部(人でいえば)にあるエネルギー炉で生まれ、今の使い方なら二百年は切れ無いだろうとのこと。
海に沈めていても錆びることはないらしい。
(これは無敵だ……)
兵器についての知識を殆ど持ち合わせない甲太であっても、自分を囲うこのサンゴーグレートという存在が、世界にあるどの最新兵器と比べても勝るとも劣らない性能であることは、何となく理解できた。
完全にそうだ。
自分は選ばれた人間だと完全に確信できた。
この力を使って世界を正す責務が自分にはあるのだと。
そう思いサンゴーグレートの肩の上に立ち、島を見回す。
「この秘密基地から始まるんだ…… 俺たちの正義の為の戦いが!」
『ああ! 共に頑張ろう甲太!』
こうして孤島を舞台に一人と一機は志を一つにし、これからの活躍を誓いあうのであった。