第4回 とある川辺にて──
朝、アラームに起こされた甲太は、同じ状況なら誰もがそうするように、昨日のことは夢かと疑い、記憶をさかのぼり検証し、そして確証を何よりも欲した。
学校をサボって、さっさと昨日の山へ確かめに行こうかとも考えたが、一先ず学校で考えを纏めようと思い(どうせ誰とも話さないし)、今日は登校することにした。
さて学校には来たものの、気分が高ぶってきてそれどころではなくなってきた。ソワソワし時間が過ぎるのを待ちわびる。
授業中。
不思議と周りの生徒たちが、みな自分より劣った人間のように感じる。
(おやおやまあまあ……)
クソほども役に立たない学校の勉強に、必死こいている可哀想なアリん子たち。
自分は彼らより一足飛びに〈あがり〉に到達してしまったのだ。
この世でスーパーロボットを手にするより価値のある事などあるか?
現実に生きている他の人間とは、別の次元に居るような気分が起こってきて、見下すように周りを見回した。
成績の良いヤツ、スポーツ優秀なヤツ、笑わせるのが上手いヤツ、容姿の良さだけでチヤホヤされてるヤツ。そんな今まで自分に負い目を感じさせていたヤツら、そいつら全員、一日にして一律下級カーストに落っこち、その上に自分だけのクラスが誕生した。
まさにレベチってやつだ。
そうやって黒板に集中している同級生らを、端から鼻で笑いつつ見物していると、ふと沢楓と目が合った。
そのとたん何故かすごい羞恥心が甲太を襲い、慌てて教科書に顔を伏せた。
(え…… なんでだ・・・)
何も知らない筈なのに、心を見透かすような楓の視線。
どうして内面を見られたような気がしただけで、ここまで狼狽してしまったのか。どうして心境を覗かれるのがこんなに恥ずかしいのか。
甲太には分からなかった。
学校が終わるとその足で駅へ向かい、昨日と同じ電車に乗る。
昨日は電車賃が高い、電車の本数が少ないと、何かと不満を覚えたが、今日はいくらでも電車賃を払っていいし、いくらでも待たされていい、そんな心持ちであった。
郊外の駅に着くと。
(そういえば楓は結局、何しにここへ来てたんだろ)
と思ったが、今となっては考えてもしょうがないことであり、これから訪れるごく近い未来への期待と不安で心は埋め尽くされていった。
山までの道、そして山道を急ぐが、そんなわけないのに誰かにつけられていないかと後ろを何度も振り返る。かえって怪しくなっているが、これから世界で最も価値のあるものを受け取るのだから無理もない。
一介の古美術商が、モナ・リザをあげるから取りに来て、と言われたようなものだ。
河原に着いた甲太は愕然とした。
そこには何人もの行楽客がいて、川に入って遊んだり辺りを散策しているのが見て取れた。
(水も少ないこんな川によく来んな。バカなんじゃねえの!)
内心罵倒する。ただ、それは昨日の自分にも当てはまるのだが。
甲太は慌てて、ロボットが待つはずの岩場へと向かう。
そこまで行くと、今度は眩暈に襲われた。
昨日、自分が登っていたあの岩に、若者のグループが乗っていて、飛び降りたり岩の上で自撮りをしたりして楽しんでいたのだ。
このままではロボに触れてその存在がばれてしまう!!
そんな危惧で居ても立っても居られない甲太の前で、若者の一人が透明なロボがいる場所に向かって飛び降りた。昨日の甲太の様に。
「イテーーーッ」
「!!!?」
若者は草地に着地すると尻餅をついて、大袈裟に痛がった。若者たちから笑いが起きる。
ほッとする甲太。だが次の瞬間には(やはりあれは夢だったのだ)という考えが頭をもたげる。
お前みたいなただの高校生に、そんな奇跡が訪れるわけないだろ。これまでの人生で何か良いことしたわけでもないのに。宇宙製のスーパーロボがパイロットに迎える? お前を? 恥ッず! 小学生でも見ないわそんな夢。今日学校でみんなを馬鹿にしてたけど馬鹿なのはお前じゃん。あれは一体何だったの? ねえ?
自らを嘲る頭の中の声が聞こえ、額に汗が浮きでる甲太。
今すぐ岩場に走って行って、ロボットの存在を確かめたい。声を出して呼びかけたいという衝動が溢れるが。
そこは今、若者たちの遊び場となっていて、フラフラ近づいていけば、奇異の目で見られるのは避けられないだろう。
どうにもできない状況に、ただ河原を歩きまわり煩悶するしかない甲太。
(なんでこうなったんだ!? あれは一体なんだったんだ!!)
大声で泣き叫びたい衝動に包まれていた。その時。
スマホが震えた。
(!! え、誰からだ。今?)
悩み苦しんでいるときの、突然の知らせにびっくりする。そして。
(ん。ここ圏外じゃなかったか?)
昨日はここに電波は届いてなかった。疑問を浮かべつつスマホの画面を見ると、通知に〈君のロボットより〉の文字が見えた。
(!!!!!?)
それはメールだった。
『今は人が多くてコンタクトできない。またメールを送るので受け取ったら昨日の場所にきてほしい』
昨日の場所というのは、目の前で若もん達がはしゃいでいるとこだろうか。
いつの間に、このメールアドレスを知ったのだろうか。
ただ甲太は、昨日の出会いが本当だったという事実に打ち震えてしまい、細かいことは気にせず、ロボの言うことには何でも従う構えであった。
次のメールは、河原に人がいなくなってからくるのだろう。
なかなかその気配がないので焦れるが、何もせずに居ると変に思われそうなので、一旦この場を離れることにする。
そのまま分かれ道から山頂への道を進む。ホントは河原から離れたくなかったが、歩いていないと期待と不安で爆発しそうになるので、しょうがなかったのだ。
苦労して山頂に着く。きつかった甲斐あって美しい眺め。
だが甲太の頭は、ずっとこれからの展開をグルグル想像していて、眼は開いてても見えていない状態であった。
「あなた昨日もいなかったかしら?」
え? その言葉に驚いた甲太が振り向くと、おばあさんが一人いた。
「ごめんね。急に話しかけて。この白臼山に人が戻ってきたのが嬉しくてねぇ」
他意は無さそうだ。気が抜けた甲太は。
「白臼山… って言うんですか」
「そんなのも知らないで来たの…? でも嬉しいわ。地元だからね。ただでさえ人がこない山なのに、3年前の土砂崩れでずっと入れないようになってたからねぇ。やっと通れるようになって感動してるの。どう? ここの景色は」
「はい… 素晴らしいですね…」
甲太はもう、ろくに話を聞いていなかった。
結果的に山頂を攻めたのは正解だった。くたびれて無駄な考えが薄れてきたころに、分かれ道に戻って来られた。一休みしているとメールが届いた。
スーパーロボットからのお誘いの知らせだ。
『人影がレーダーから消えた。再び会いに来てくれることを望む』
喜んで! といった感で、甲太は駆け出した。
下りの道に危うく転びそうになったが、速度を緩めることなく河原まで駆け下りる。
着いたとき、もう日が傾き始めていた。昨日の出会いから丸一日経ったのだ。
足場の悪い川べりを早歩きで進んだが、岩場のそばまで来ると歩を止めて様子をうかがう。
すると。
辺り一面に大きな影が差しこんでくる。まるで真上の空に入道雲が立ち込めてきたよう、が、見上げてみてもそこに雲はない。
影はみるみる濃さを増していく、膨らむように四方八方に伸びていって。もはや大きすぎて全体を把握できない。
気がついたとき、甲太の目の前に巨大なロボットがいた。片膝をついた姿勢。
沈みゆく太陽を背に逆光で黒い塊のよう。輪郭が日輪のようにオレンジに輝く。
ロボの目だかカメラだかが輝く。マンションほどの巨大ロボが自分一人を見つめているのだ。
甲太は、しばしロボットと見つめ合った。
威容に見とれて固まっている赤井手甲太の前に、ロボが手を差し出す。
前は恐る恐るだったが、今回は相手を信じて、甲太は確かな足取りで踏みいれる。
ロボの手の平に立ち、上に向いた親指に片手を添えると静かに上昇が始まり、そしてコックピットが開いた。またあの光の空間に戻ってこられたのだ。
デカ手によってコックピットに運ばれる際に、ロボの外観を観察すると逆光で薄ぼけているが、そのボディは青や赤などかなり派手な色で構成されているのが分かる。
(ホントにアニメ系なロボだ)
昨晩ネットで見た、様々なアニメのロボットによく見られたカラーリング、それが目の前にいて本物だというのだから、少々頭が混乱してくる。
こうして、甲太が何よりも再訪を待ち望んでいた、操縦席に到着した。
『ようこそ甲太! 歓迎するよ。また会えてとても嬉しく思う』
ムッチャ親しい感じで声をかけてくるロボのコンピューター。
(あっ・・・ 名前を呼ばれたの初めてかな…)
そのことに気づき嬉し恥ずかしな甲太15歳。
「うん…… 俺も嬉しいよ… 何となく」
今更コミュ障っぽくなる。それも喜びゆえ。
『先ほどはすまなかった。普段ここには人は殆ど訪れないのだが、今日に限っては来客が多かった。それゆえ退避していたのだ』
「たいひ。えっ、どっか行ってたの?」
『甲太との約束があるからここからは離れなかった。一時的に上空へ移動していたのだ』
「え~~~。じゃあ上にいたの! ずっと!? 透明になって?」
『そのとおり』
「え~~。言ってくれりゃあいいのに! 気づかなかったわ。上から見てたんだ~、恥ずっ」
これだけの巨体の人工物が、誰にも気付かれることなく、空から地上の人間を監視していたというのだ。
ヘリコプターや垂直離着陸機のように、風圧や熱を下に押し付けることもなく。この巨大ロボットは音もなく上空に静止していた。
反重力というのは、SFの世界でもトンデモ技術として慎重に扱われるものだが、幸か不幸か甲太はSFにも疎いので、さすが宇宙パワー!としか思わなかった。
「そういや携帯の番号教えてたっけ」
『実は昨日スキャンして解析させてもらっていたのだ。甲太は善良な人間だが初めて接触する以上、こちらも警戒しなくてはならなかった。気分を害してしまったなら申し訳ない』
前日に甲太がロボに乗り込む際は、スマホはリュックに入れられ河原に置いておかれていた。なのにロボはいつの間にか、それを調べていたという。プライバシー侵害以上のなにかなのだが、そのおかげで再会できたことに感激している甲太は。
「ああ、大丈夫だよ。君に比べれば大したメカじゃないし」
と受け流した。同時にアダルト動画はパソコンで見るようにしていて良かった、とも思うのだった。
「スマホの電波入らなかったけどどうにか出来たの?」
『微小な電波でも受信し解析できる。この世界でいう基地局のように。……ところで、再びここに来てくれたということは…… 』
誘い受けるように言葉を切るロボット。
「ああ。俺はパイロットに成る。君の」
キッパリと発する甲太。
『おおお…… ありがとう甲太。これで私は完全な状態に到達することが出来る! では新たな名前を教えてほしい』
甲太が夜更かしして決めたことを、知っているかのように聞いてきた。
「このロボットの名前は、スーパーロボット、サンゴー・グレート!!」
『うむ! 良い名だ!』
「えっ ガチで、良いかな?」
『ああ。待ちわびた甲斐がある素晴らしい名前だ。さあ操縦席に座り、自分の名と新しいロボットの名を宣言してくれ!』
予想よりも喜んでくれたのでテンションが上がってきた甲太。席に腰を据え操縦桿を掴む。
「赤井手甲太! スーパーロボットサンゴーグレートのパイロットとして、え~~~と、なんだ、やっていきます!!」
ちょっとグダった宣誓。
すると輝きが甲太を包んでいく。
それはすぐに収まり、なんかとんでもない偉業を成した感と、これで良かったのかなという感が甲太の胸に残った。
『私の名前はサンゴー・グレート。〈赤井手甲太〉をパイロットに迎え、今、完全なカタチとなった。甲太、これで私たちは一心同体だ。』
名もなきただのロボットが、パイロットと名を得ることによって、何らかの新しい存在となった。その状況が甲太にも伝わってきた。
『これで君は、私の機体の全ての能力を使用できる。私はそのサポートに徹しよう。さあ、まず最初に何をしたい?』
「うん…… じゃあまずは… サンゴーグレートを歩かせてみたい」
昨日は叶えられなかった操作を希望する。
『よし行こう! だがある程度スピードや範囲を制限しないと別の人間に発見される可能性が出てくる。甲太が私の存在を世間に知られてもいいなら制限はかけないが。どうする?』
「う~~ん。まだみんなにバラすには早いかな。今回はゆっくり歩こう」
『了解した。では準備はいいかな』
「うん大丈夫。まずはどうする?」
『操縦桿を両方とも少しずつ前に倒す。それから──
かくして赤井手甲太はスーパーロボット「サンゴー・グレート」のパイロットとなり新たな世界へと歩き出した。
一歩足を踏み出したサンゴーグレートは、河原の大岩──甲太がロボットと出会うきっかけの──を踏みつける。岩は粉々に砕け散った。
真新しいことを始めると時がたつのが早い。
「ひえっ こんな時間! 時間の経ち方がおかしいだろ・・・」
操縦の練習を一休みしてスマホを見た甲太がうめく。
「このままここに泊まっていきたいけど、そうもいかんか」
スパロボ泊をしようか考えるが、今まで親に無断で外泊したことはないので迷う。友達の家に泊まるのでと嘘つこうにも現在友達はいないので、そこをつつかれると困った事態になってしまう。
「そうだ。サンゴーグレートを透明にして、家まで飛んでってよ」
早くもスーパーロボットの存在に慣れ、気安く持ち掛ける。
『そうしてもいいのだが、サンゴーグレートのボディはこの世界では大きい。姿は見えずとも周囲に影響を及ぼす恐れがある。また機体を停めるところも問題だ』
「えー、もう遅いし大丈夫だと思うけど」
『そこで提案だが私サンゴーグレートのコックピットは、ユニットとして分離し飛行可能だ。それを使って帰宅するのが最善だと考えるが』
「えっ… なにそれ単純に面白いそれ。やってみてよ♪」
了解。と言うと、サンゴーグレートの背部から内部のパーツがせり出してきて、その部分だけが浮き上がった。
コックピットには、ロボット内から外へ出ていくメカニックな光景が流れ、同時にCGで作ったのか、サンゴーグレートからコクピットパーツが分離していく、俯瞰の映像が壁モニターに表示された。
『もう少し振動を抑えた方がよいか?』
「いや、これぐらい揺れた方が出撃!感があっていいよ!」
完全に分離したサンゴーグレートのコックピットパーツ。一見四角っぽい見た目だが、構成するいくつもの部位が一斉に動き出し。スライドしたり折れ曲がったりして、とうとう流線形に近くなった。
「すげ~~! ジェット機、いや宇宙船か!」
『それでは発進しよう』
ロボットと分離した飛行体の中でも、コンピューターと会話は出来るようだ。
「家の位置、わかる?」
『大丈夫、調べてあるよ。それでは甲太の家へ向かって……』
甲太「Go~~~~~!!」
サンゴーグレート『発進!!』
ノリが違った。まだサンゴーグレートのAIには学習が必要なようだ。
すっかり暗くなった空を、コックピットの飛行物体が弾丸のように撃ちぬいていく。
「スゲースゲー! この… この飛行機の名前は何だっけ?」
『特に決まっていない』
よって甲太により〈サンゴー・ゼロ〉というナウい名が与えられた。
「ん… もうちょっと壁がカッコよければ完璧なんだが」
『これでどうだい』
サンゴーゼロの光輝く、が全く物がない慣れると殺風景な内装。それが色と形を変え、いかにも戦闘機とか宇宙船のような、計器とメーターとボタンに溢れた空間が現出した。
AIに描かした絵のような、既存のコラージュ感溢れるモノであったが、甲太は喜ぶ。
「いえ~~~ィ、これで完璧ーー」
などとやってるうちに、文字通りアッという間に甲太の自宅上空に到着した。
家の近くの河川敷まで行き、周囲に人がいないのを確認してから降りることにする。
サンゴーゼロの機首近くにある、丸い出入口を開くと馴染みのある河川敷の草むらが見えた。
まごつきながら足を伸ばす甲太。サンゴーゼロが地面ギリギリまで近づいてくれたので、ほんの少し飛び降りるだけで良かった。
ここまで帰り支度を始めてから10分も経っていない。
スマホを見てかかった時間を確認し。
「うぉっ。あのバカ高い電車賃払ってたのはなんだったんや・・・」
呟きながら、これでどこにでもメチャ速でタダで行けるのだ、という事に夢をはせる。
空を見上げる甲太。もうサンゴーゼロは飛び去ったのだろうか。すでに機内で「じゃあまた明日!」『ああ体に気をつけて。さようなら』と挨拶を交わしていたのだが。
「じゃね!」「バイビー!」「連絡するからな!」
しばらくの間、虚空に向かって何度も別れを呼びかける甲太。
その声は誰にも届かないで消えていくのか。それとも近くの空にまだサンゴーゼロが留まっていて聞いてくれてるのか。
それを確かめる術は無かった。




