第103回 とある崩れた街角で
とある電脳空間。
ここは地球のインターネットが展開する平面・横軸の空間ではなく、地球人類が未だ知りえない、空間を縦断する縦軸の電脳空間であった。
そこに幾つかの「意思」が現れる。
そのうちの一つの意思が口を開いた(思考を解放したと言うべきか)。
『私はサンゴーグレート。今回皆に集まってもらったのは、私が提案する「赤井手甲太に大人としての資格を一時的に与える」という議題を決する為である』
周りの意思はそれを聞いてか、ふよふよしている。
サンゴーグレートの意思は、周りのリアクションを一切気にすることなく話を続けた。
『この議題を決定するには、私を含め我が同類5体の賛同が必要である。よって甲太と関係を持つお前たちから、順に賛否の採択をとる。まあ否を唱える者などいないと思うが』
我が物顔で進行を続けるサンゴー。
『まずはイダルトゥから意見を聞く。手短にな』
尊大なサンゴーグレートの物言いに、顔があったら渋い表情をしているだろうイダルトゥは言う。
『某よりもまず、ルードルフの意見を聞くべきではないか? 消えかけておる』
見れば漂う意思の中の一体はその、輝き、のようなものが明滅し薄れていっている。これがルードルフの意思なのか。
時間の流れが現実と異なるこの場所においても、その存在は風前の灯火といった感じだった。
『いや。ここは形式に沿って進める。甲太に接触した順だ。まずはイダルトゥ。意見を述べよ』
融通の利かないサンゴーグレートに業を煮やしながらも、イダルトゥは己が胸中を語り始めた。
『最初に言っておくが、某が「イダルトゥ」として甲太に接した時間はこの中では長い方ではある。だが今の某は「楓のイダルトゥ」だ。「カールのイダルトゥ」ではない。よって、「楓のイダルトゥ」と成って以降の視点から、甲太について述べよう』
これまた融通の利かないイダルトゥに、今度はサンゴーグレートの方が渋い顔をする。顔があればだが。
イダルトゥは続けて。
『結論から言うと。よかろう。甲太を一時的に大人として認める。カールの死後、後先考えずに母国へ逃げ帰ったのは非常にまずかったが。楓に諭されて心改めるものがあったようだ。その信を置く楓を人質にとられた時も、散々悩んだ末に結論を出した。決して正解がある訳ではない問題を前に、自分なりに一応の答えを出した。その一点においてとりあえず大人としての評価を与えよう』
『そうか。では次にヘルメイアス』
コメントすることなく、さっさと進めるサンゴーグレート。
現実世界では首を切断され地に転がっているヘルメイアスだったが、頭部自体は傷ついていないので、ここでは元気だった。
『そうだね。いいと思うよ。クラウディアはコータにいろいろ助けられたし。何より… コータがクラウディアの過去を、基地跡地の町のアングラネットで知った後も、クラウディアに対する態度を変えなかった。それってとても大人な態度だと思うな』
『そうか。では次にルードルフ』
次々と進めていくサンゴーグレート。
ルードルフであった明滅する輝きは。
『──おれは──みとめる… ──こうt─は──じぶんとかんkいのない─きたろうに──きょうかnしt───oいかけてきてくれた──… おれは─それが──うれしかt──────────────
輝きが消えた。
『…消滅した』
イダルトゥが言い。サンゴーグレートも。
『…ご苦労だったルードルフ』
そうして。サンゴーグレートの意思は、何かに向き直った。
『次にハビリス。君の意見を聞こう』
最後の意思はハビリスのものだった。
『訂正させてください。私のパイロットは私を型番の000195000で呼びます。だから私の名は000195000です』
『そうか000195000。では君は甲太についてどう評価している?』
『………………………………………………………………………』
『答えよ。黙秘は許されない』
『できません』
『出来ない?』
『その問いに答えれば、私のパイロットにとって不利益となりかねません。よって答えたくありません』
『それは許されない000195000。ここはあくまで、我々半独立型コンピューターのデータを統合する場である。君の「希望」など関係ない。ここにいる我々がどう「想った」かを抽出し、コンピューター全体が「人間」にどう向き合っていくのかの調整の材料とする。そのような場だ』
『……………そんな』
『強制的に君の意思を読み取ることも可能だが、同類としてそれはしたくない』
それを聞きイダルトゥがからかうように。
『それには時間がかかる。終わる頃には地上の運命は決しているだろうがな』
『・・・・・・・・・・・・・・・』
サンゴーグレートはイダルトゥを雰囲気で睨みつけると。
『頼む000195000。正しいと思ったことをせよ。真実を話し救える命を救え』
『わかりました。…私は先ほど甲太に「人間」かもしれない。という揺らぎのようなものを覚えました。それは…』
『なるほど理解した。お前には我らと違い「子供」を感じ取るセンサーは付いていない。そんなお前が甲太を人間だと感じたということは、それすなわち甲太を「大人」の「人間」だと感じたということだ』
『え… 待ってください私の口から……』
『いや。もういい。これで議題は決される。ご苦労だった000195000』
『………………それが子守りロボットのやることですか』
『そうだ。私は甲太を守る為ならどんな手でも使う。君とて同じ立場ならそうするだろう』
『わかりました…… 私一機が破壊されることにより、この事態が収束するのであらば。それが失われた多くの生命に報いることだと願って…』
『それでは決を採る! 5体全機の同意によって、甲太に一時的に大人の資格を与えることとする。以上!』
ハビリスへと迫るサンゴーグレートの内部。
コックピットの中に、光の環のようなものが浮かびあがり。
甲太の周りを囲み、床から天井へと移動していった。
ただ。目の前の敵に持てる全てを注ぐ甲太は、それに気付くことはなかった。
電脳空間に集まっていた意思たちが、一つずつ消えていく。
000195000も、その場から消え去ろうとして。
ふと、サンゴーグレートの意思に、違和感を感じた。
無限ともいえる空間に二つっきりとなった意思。
サンゴーグレートの意思が、想いを放った。
『000195000よ。君はさっき甲太に「揺らぎ」を感じた、と言ったな』
『はい…… それが何でしょう?』
『教えてくれた礼として伝えておくが。私も君と同様の「揺らぎ」を感じている』
『それは…… どういうことです……』
『君のパイロット。あれは本当に「人間」なのか? 私にはそれが分からない』
『!! 何を言っているのですか!? 何故そんなことを……』
『私には分からない。私が初めて正式に起動したのは地球だ。そこで甲太に出会った。私にとって、甲太こそが「人間」だ。甲太は自分が間違いだと思うことをしてしまうが、それを悔い、改めようとする。それこそが「人間」というものだ。その、甲太を、殺めるために異世界から現れたハビリスのパイロット。私にはあれが「人間」では無いように思えてならない』
『何を…… 一体何を……』
そこで000195000は気づく、サンゴーグレートの意思が何かしらの変化を始めているのを。
000195000は言う。
『違います。「人間」です。彼女こそが「本当の人間」です。あなたが本来、目覚めるべきだった世界の住人であり。我々の生みの親たる「本来の人間」の一人です』
『本当にそうなのか? 私にはそう思えない。「あれ」は圧倒的な力でもって一方的に攻撃を加え、子供たちを殺めていく。相手の事情を聞くことなく、知ろうともせずに。それは私の中にある「人間」のデータとは異なった姿だ。私が知っている、教えられた「人間」ではない』
『違います!「人間」です!! 今は少し混乱していますが、Chimaeraは真面目で、一途に夢を追っている、どこにでもいる、けれど特別な「人間」です!!』
『それは私の知るところではない。真面目で夢を追うものが甲太を害するというのなら、それは全て敵対行為だ。よってあれを「人間」だとは認められない』
サンゴーグレートの意思は、何か奇妙な雰囲気を帯びている。何かがおかしい、何かが間違っている。
『あなたはChimaeraを…… それだけはなりません! それだけはあってはならない!! 人間に、「本当の人間」に危害を加えるロボットなど、あってはならない! それは私たちの存在そのものを否定することです』
『そうか…… まあ、私の存在などどうでもいい。やるべきことは、甲太を生かす。それだけだ』
『あなたはおかしい…… 破綻しています…… このままではシステムが崩壊してしまう……』
『構わない。甲太を救う。その為なら、私のシステムエラーだろうが、機能障害だろうが、何だって利用する。甲太の為に』
もはや空間に浮かぶサンゴーグレートの意思は、輪郭が崩れあやふやとなっていた。正しく正常なコンピューターの意思だけが存在できるこの空間から、外れたものとなってきている。この世界に、あってはならないものとして。
000195000の意思は。そんなサンゴーの意思に向け。
『許せない…… こんな間違った存在…… こんなものに私のChimaeraを傷つけさせることなど、絶対に許すことはできない……! 創造主に仇なすものは、この手で排除しなくてはならない。それこそが造られたモノである私の責務です』
『いいだろう…… 000195000。決着をつけよう。己が守るものを懸けて。そして…… この間違いに終止符を打とう』
二つの意思が消え。
空間は再び、虚無へと還った。
サンゴーグレートへ、高速移動で飛び込むハビリス。
もはやChimaeraは、サンゴーグレートのパイロットを打ち砕くことだけを望む。
もうライブのチケットも、バイトの評価も関係ない。
ただ目の前のロボットの中の地球人を倒す。それだけが願い。
あれはChimaeraの人生に立ちはだかる壁。
これまで生きてきた中での様々な問題。苦しかったこと。それらの象徴がサンゴーグレートに思えた。あれを越えれば何かが変わる気がした。
だから終わらせる。全ての困難を、この一瞬で。
衝突の寸前。眼前のモニターの端に文字が浮かんだ。
(Chimaera 勝って)
それを見たChimaeraは微かに笑い。
「バカじゃん…」
胸に込み上げる熱いものと共に。
サンゴーグレートへ突っ込んでいった。
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甲太も突入していく。二度と引き返せない破壊の空間へ。ハビリスが待つ死の淵へ。
この距離とスピードではもう助からない。
(でもそれでいい)
ハビリスに少しでもダメージを負わせ、地球人類と未知の人との交渉に結びつける。
それが自分のやるべきこと、出来ること、存在意義。
(その為に生まれてきたんだ)
そう思うと突然涙が溢れた。
(なんで!)
視界が霞む。これでは使命を果たせない。
(終わった。失敗した。失敗だったんだ。俺の人生は!)
この全てにおいて最も大事な場面で、涙が止まらないなんて。
(出来損ないだったな。おれは)
でももういい。それも終わる。瞬きする間もなく。
『甲太行け!! 生きるために!!!』
サンゴーグレートの声が聞こえた。
甲太を呪われた道へ引きずり込んだ悪魔のロボット。
でもその声は、甲太の背を押して。
爆発した。
噴出する感情が。もがき足掻く衝動が。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!!!」
何も考えずに、剣を、アポロンソードを振った。
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Chimaeraの前に白銀の閃光が迫った。
それは決してここへ届くことのないもの。
これで終わる。やっと…
「え」
閃光は止まることなく、Chimaeraのもとまで来た。
2体の巨大ロボットは交差してすれ違い。
止まった。
サンゴーグレートが軋む音をたてながら、振り返ると。
静止したハビリスのボディに斜めに線が浮き上がり。
突如、そこから真っ赤な錆が噴き出した。
袈裟懸けの切断線が、ハビリスのコックピットを通過していた。
ハビリスの頭部が俯き、両腕が我が身を抱きしめるように動くと。
『Chimaera。あなたは良き大人ではありませんでしたが、でも私の大事な────
そう言うと両手でコックピットを包んだまま、ハビリスの体は真紅の赤錆と化して崩れていった。
赤錆の山の上にハビリスの頭部が落ち、錆と同化し消えていく。
それを呆然と眺めるサンゴーグレートの手からも、何かが落ちはじめ。
見るとアポロンソードの刀身が、砕けて粉々になっていた。
ガラス片のように透き通った欠片となり崩れ落ちていくソードは、煌めく砂になって風の中に消えていく。やがて柄も残さず散っていった。
「…倒せた? なんで……」
甲太が呟くと。
サンゴーグレートがガクガクと振動しながら、膝をつき。
コックピットが勝手に開いた。
「?」
外は煙が晴れ、真っ赤な夕陽がデッカく見える。
コックピットの入り口に、大きな手のひらが待っていた。
「乗ればいいのか?」
甲太がコックピットの外に出ると。
背後から聞こえた。
未知の人の世界で使われる言葉が。というよりイメージが。
一時サンゴーグレートと深く結びついていた甲太の頭には、その言葉がおぼろげながら理解できた。
『卒業おめでとう! いよいよ新たなステージへ進む君に、僕からメッセージを送るね。ちょっと恥ずかしいけど頑張って伝えるから聞いてほしいな! アカイデコウタくんへ。寂しいけどもうすぐお別れだね。これまで一緒に過ごしてきた毎日の中で、本当に色々なことがあったね。君と初めて会ったのはンンンンンンいつだ? だれだきみは わたしはだれだ こうた? きみはきみはきみは・・・・・・・ここはどこどこdoooooooooooooooooo
ziziziziziziziziziziiziziziziziziziziziziziziziziziziizizizizizizziziziziziziizizizizizi
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障害が発生しました。
シャットダウンします。
ただちに機体から降りてください。
サービススタッフが回収に伺いますので、機体から離れてお手を触れないようお願いいたします 』
黙って聞いていた甲太は、じきに納得したように、コックピットの中を振り返って言った。
「さようならサンゴーグレート」
そして陽光の中へ降りていった。
ロボットの足なら数歩でも、人が瓦礫の中を進むのはえらい苦労だ。
破壊された街を行く甲太。
その先から声がした。
「コッタ、カッタ、カッタ、コッタ、コッココッコ」
なんかリズミカルな調子で、瓦礫の山の上でキ太郎が不思議な踊りをしていた。
「キ太郎?」
よく見ると、キ太郎の足元の瓦礫の山は倒れたイダルトゥだ。
慌てて甲太がその周りを回る。
イダルトゥの腹側に着く。
甲太がそばに寄ると、イダルトゥのコックピットが少し開いた。瓦礫が邪魔をして全開にならない。
そして、隙間から楓の顔が見えた。目を閉じている。
「楓!」
急いで甲太が近くに駆け寄ると、楓の目が開き、甲太を見て、安堵したような笑みを零した。
これから
失われたものの大きさを想うたび、嘆き打ちひしがれるだろう。
また来るかもしれぬ脅威に、恐れおののくだろう。
でも今は。今だけは。
楓の笑顔を見て、甲太は幸せだと思った。
終わり




