表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第三章 真敵
49/50

ⅩⅥ サラ・ブレス Ⅰ

 騎士との語らいの後、砲車整備室に集められた兵士たちの前にアリス姫は姿を現した。突然の企画に兵士たちは歓声を上げ、ある女性兵士は感極まって涙を流した。

 だが、特務遊撃部隊の全てがここに集ったわけではない。サラ・ブレス特尉とその相棒ファルバリは自室に籠り、過去を見返していた。



 

 



―――ミルドレッド王国首都ハデス。サラはその地で貴族の令嬢として誕生し、二人の姉と共に不自由なく育った。まさに箱の中の娘、彼女たちはこの国を取り巻く鬱々とした靄を知ることなく、曇りなき白さを保っていた。だが革命軍による政権掌握がなされると、その白さは踏みにじられた。

 彼女たちの両親は圧政の加担者として処刑、財産は没収され、子供たちは死罪を免れたものの人権を剥奪、暗殺部隊養成施設へと送られた。それを革命代表アントニヌスは正しき者の慈悲と自画自賛したが、彼女たちには死した方がマシとも思えるような地獄が待っていた。

 それは技術訓練と称した虐待。暗殺部隊育成教官の主たるものは貴族出身であり、彼らを処分した後には半端者か、イロハを知らぬ素人が教官の任に当てられ、うっぷん晴らしとも思える指導が行われていたのだ。

 一応、暗殺部隊の派遣事業はミルドレッドの数少ない産業であり、そう言った中でも最低限の技能は与えられていたが、品質そのものは目に見える程度に低下していた。

 暗殺部隊の商品価値低下を危惧した革命政府最高懲罰管アウレリウスは旧貴族を取り入れた事によって肥大化した暗殺部隊のスリム化及び品質向上の為に一案を投じた。即ち、彼らを互いに殺し合わせ、少数の優秀な商品の生産を目論んだのである。

 蟲毒の如きこの案に革命派の中においても眉をひそめる者が少なくなかったが、この時既に恐怖政治が顕在化しており、貴族処刑を指揮したアウレリウスに表立って異を唱えるものは皆無であった。


 そしてサラたち三姉妹はこの地獄の渦に放り込まれる。


 蟲毒最終段階においても三人は素質が優れていたのか、他の者に比べ練度が高く、仲間を殺める事に心を蝕まれながらも全員が生き残っていた。

 特に彼女らの精神的慰めとなっていたのは自分達にミルドレッド王家の血が流れているという矜持と誇りであり、精神が摩耗し、折れそうな時は長女シーナがその事を聞かせ、宥めていた。

だが、とうとうその日は訪れる。アウレリウスの思惑通りに口減らしは進み、暗殺部隊養成施設の若者の人数が二十人を割ると、姉妹同士が争うマッチングが設定された。“身内を殺さなくては生き残れない”その日はいつか来ると分かっていたが、三姉妹は涙し、その夜は一睡もできなかった。

ところがそこで姉妹に思わぬ幸運が訪れる。新指導者アントニヌスが西方の王族派残党を突如決定し、アウレリウスを含む施設兵士の多くが駆り出されたのだ。

本来最悪の日になるはずだったこの日が、最高の脱走機会と変わり、姉妹は決意する。


「皆で逃げよう」


 長女シーナがそう告げた時、妹たちは無言で頷いた。武装兵が少ない今なら、小娘でも脱走は“困難であるが可能”だと皆が理解していた。しかし実際は彼女たちが想像していたより遥かに脱走は“困難も無く容易”であった。

 施設に就く革命軍兵士はたったの十二人。しかも統率者不在の為、連携は皆無であり、暗殺技能を修めた姉妹たちの敵ではなかった。彼女たちは知らなかったが、アントニヌスが兵を率いて西方に向かった後、ハデスでは同時多発的に暴動が発生し、その鎮圧に滞在兵の多くが駆り出され、施設に当てる余裕など無かったのだった。

 結局三姉妹は傷一つ負う事無く、空の下に帰還し、自由の身になった事を喜びあった。

 しかし、ハデスの街は彼女たちの知る平和の都ではなかった。革命派の工作によって破壊された修復される事無く放置され、治安は乱れ、街の様相は地獄絵図の如きであったのだ。


「行こう……」


 絶句しながらも、ここに留まっているわけにいかず、長姉シーナは二人の手を引き、街の奥へと進んでいった。施設こそ絶望の底であり、それより下は無いと信じて荒廃の街を闊歩する。目的地は自分達の生家である邸宅、場所は中央広場から少し先へと行った緑園沿いだ。決して近い場所ではないが、三人は疲れを見せない。疲れる余裕より至る所から聞こえてくる呻き声のようなものへの恐怖が勝り、早くこの様な場所を脱したいという思いで速足となった。


「アイツらは…… ククク……」


 そして早く目的地に着きたいという思いが、彼女たちの視界を狭くし、後方からつけてくる怪しい男の存在を覆い隠していた。




 ――

 ――――

 ――――――

 そして歩き慣れたはずの道を怯えながら進み、三人はついに目的の場所へと至った。


「そんな……」


「酷い…… どうしてこんな」


 三人が目にしたのは略奪行為によって変わり果てた生家。門は強引に開け放たれ、庭は何者かに踏み荒らされていた。


「…………」


 先の言葉の他に言葉が出ない。彼女たちは唇を咬み、一筋の希望を信じながら閉じられた屋内への扉を開いた。


“キィ……”


 鍵はかかっていなかった。屋敷は主の家族を何の抵抗も無く受け入れた。

 だが――


「そんな…… なんて酷い……」


 彼女を迎えた懐かしき生家は酷く変わり果てていた。エントランスの屋根は欠損し、星空が屋内から望め、破壊された家具の残骸が散らばっていた。


「う……あぁ…… お父様…… お母様……」


 その衝撃は少女にはあまりに重く、サラは両手を地に付け慟哭した。そして屋内を通る寒風が煽るように三人を撫でた。


「ん? 火事場泥棒か? 残念だがここに目ぼしいものは残っていないよ。つまらないガラクタだけさ」


 絶望に打ちのめされた姉妹を突然見知らぬ男が声をかける。

 男は無精ひげを撫でながら落ちていた机の残骸を拾い、ゴミのように放り投げると、姉妹を下卑た表情で見つめた。


「私達は火事場泥棒なんかじゃない!! 私達は王家の血を引くブラウシェン家の令嬢だ!!」


 男の挑発とも取れる行動に次女は怒り、目に涙を浮かべて彼を睨み、叫んだ。


「ほほぅ…… という事はあそこから逃げてきたという訳か。それにブラウシェンという事はそこの女はあの時の……」


 少女の叫びに男は一切怯まない。それどころか余裕そうに気色の悪い笑顔を浮かべながら小さく独り言を呟き、長女シーナを眺めた。


「――いや、失礼。その様なお方だとは露知らず無粋な態度をとりました。

 実は私も王族分家の家系でして。いやはや、暗い時代になったものです」


 男は先ほどまでの粗暴な態度を突然やめると、上品に頭を下げ、優しくそう述べた。その様子は貴族教育を受けた人間のソレであり、彼が良家の出身である事を示していた。


「革命警備隊や野盗紛いがそこらを闊歩し、ここも安全ではありません。それにお腹も空いていますでしょう。私も潤沢な蓄えがあるわけではありませんが、女性三人を匿う程度の余裕はございます。どうでしょう? 私の元にいらっしゃいませんか?

 あぁ、申し遅れました。私はリゼドール。ルアン・リゼドール。貴方方と同様、貴き血を継ぐ者です」


 男は出自を明かし、少女達に自分の住処に来るよう提案した。

 リゼドール家は王権争いに敗れた王族を祖に持つ家系で、貴族の中でも良くは見られておらず、没落して久しい家柄であった。

 シーナはリゼドール家の良くない噂を社交界等で度々耳にする機会があり、彼の魅力的な提案に対し、すぐには返事を出せない。


「あ…… 雨……」


 一瞬の沈黙の後、先程まで星が見えていた空は分厚い雲に覆われ、そこからぽろぽろと雨粒が落ちてきた。それは勢いを徐々に増していき、地面にいくつもの染みを作っていく。


「……お世話になります」


 雨粒に濡れ、凍える妹たちを見ると、シーナはすぐに決断した。だが、言うまでも無くこれは苦渋の決断であり、彼女がリゼドールを信頼したわけではなく、シーナは彼に対する警戒を緩めなかった。




 ――首都ハデス、王立公園区――荒廃した市内の中でも比較的破壊を免れたこのエリアにリゼドールの住処はあった。

 電力制限下で薄暗い四階建て集合住宅の三階。おおよそ貴族に相応しくないが四人が住むには十分な広さと環境があった。


「たいしたものはございませんが用意いたしましょう。どうぞお寛ぎください」


 リゼドールは優しくそう言うと、姉妹を居間に残し部屋の奥へと一人消えていく。姉妹の下二人は空腹を満たせることに期待を膨らませ雌伏の表情を浮かべていたが、シーナは「リゼドールさんを手伝ってくる」と二人に告げ、険しい表情で静かに彼の後を追った。


「…………」


 廊下を二回ほど曲がった先の部屋、そこにリゼドールの後姿があった。

 その部屋からは久方ぶりのシチューの香りが漂い、様々な調理器具がぶら下がっている事から間違いなくその部屋が調理場である事が分かった。


「気にし過ぎかしら」


 シーナはリゼドールが自分たちを襲う可能性を危惧していた。仮に襲われたとしても訓練を受けてきた自分たちがただやられるわけはなく、返り討ちなど容易いと理解しながらも、シーナは妹たちにこれ以上人を殺めるようなことをさせたくなかったのだ。

 しかし危惧する相手はあまりに無防備で、“変な事”の為の準備をする気配もなく、鼻歌混じりにシチューの味見をしている事から良からぬものを入れようとしているつもりもない。

 シーナは肩の力を弱めて首をゆっくりと振り、妹たちの待つ居間へと向かおうと身体を180度返す。


「…………」


 だがその時、異様なものが目に入り、シーナは再度身体を硬直させた。

 調理場の廊下を挟んで対極にある扉。それは何処にでもある木製の質素な扉であるが、気味が悪い事に三つもの南京錠により厳重に施錠されていた。そしてその怪しさもさることながら、その中から漂う嫌な気配にシーナは身震いした。

 シーナは目を離す事が出来ず、怪しげな扉に吸い込まれるように近寄ると、背後にリゼドールがいない事を確認した。


「今なら……」


 息を飲み、精神を集中させると、シーナはスカートから“仕事道具”である針金を一本取りだすと、それを変形させ、鍵穴にねじ込んだ。


(たいした鍵じゃない。これなら簡単に……)


 一つ、また一つ南京錠を取り外し、音を立てないように床に置く。勿論背後の確認も欠かさない。


(最後の一つ……)


 一番上に位置する三つ目の南京錠の解錠に成功すると、シーナは静かに深呼吸し最後の確認をする。

 そして扉をゆっくりと開けると隙間から中を覗き込んだ。


(暗い……)


 だが、屋内は暗く、風と共にかおる鉄の臭い以外に情報は得られない。

 そこでシーナは意を決し、扉を静かに開けると部屋の中に身体をねじ込み、辺りを見回した。


「な…… 何よこれ……」


 彼女が見たものは天井から吊るされた鎖、無造作に置かれた大きめの檻、そして拷問器具と思しき禍々しい道具。シーナの脳内に警報が鳴り響き、部屋から離れようと扉の方へ振り返るが、そこにはそれを阻むように一人の男が南京錠を持って立っていた。リゼドールである。


「大したものだ。全く大したものだよ。流石は暗殺者ってわけだ」


 驚愕によって床に臥したシーナを見つめ、リゼドールは手にした南京錠を弄りながらそう言った。


「安くない鍵だったんだけどな。君にかかればあっという間か」


「…………」


 上品の仮面を外し、本性を見せたリゼドールを威嚇するようにシーナは睨みつけるが、蛇に睨まれた蛙のように体が動かない。咄嗟の事で身体が硬直してしまっていたのだ。


「おっと。先ずは謝罪だな。驚かして申し訳ない。俺もスニーキング技術ぐらいは身に着けておかなきゃならない身の上でな。

 けど、しっかしよぉ。アンタも甘いぜ。簡単に用心も無く扉を開けちまうもんなぁ。

 つまりこういう事だ。そこの窓が開いているだろう? で、この扉が開くと風が抜けるわけだ“調理場”までなぁ。アンタはわざわざ俺に侵入した事を教えてくれたってわけだ」


 シーナは部屋の確認に意識を取られ、用心が足りなかった事を恥じ、リゼドールという男を舐めていた事を恥じた。


「だんまりか。だがアンタの言いたい事は分かるぜ。つまりこういう事だろう?

“この部屋は何だ”

“私達をどうするつもり”

 ――だろう? そうだろう?

 いいぜ。最初からアンタには教えるつもりだったからな。この部屋は俺の仕事場だ。ある集団と共同でちょっとした商いをしていてね。今は商品は無いが大漁の時はこの部屋も満杯さ」


「人身売買……」


 リゼドールは具体的に何をしているのか言わなかったが、シーナは彼が恥ずべき家業に身を落としている事を悟り、軽蔑の目を向けた。


「おいおい。そんな怖い顔しないでくれよ。こんなご時世だ真っ当な商売じゃ生きていけないぜ。

 まぁ、それはいい。重要なのは俺がアンタたちをどうするつもりかだ」


 リゼドールはそう言うと手にした鍵を懐にしまい、身体を屈め、シーナに目線を合わせた。


「俺はアンタもアンタの妹たちも商品にする気はない。高い値段で売れるだろうが、そんな気は毛頭ないんだ。

 ただ、俺はアンタを誘いたいんだ。シーナ・ブラウシェン。俺のパートナーになれ」


 シーナが名乗っていないにも拘らず、リゼドールは彼女の名前を口にした。


「…………言っている事の意味が分かりません」


 名を呼ばれた事に困惑しながら、シーナは声を震わせた。


「簡単な事だ。俺はアンタと一緒に仕事をしたいのさ。アンタの腕があれば仕事も捗るぜ」


 リゼドールの言い様から、南京錠付きの扉が自分を試し、能力を測るための仕掛けであったと気付き、シーナは背筋を寒くした。


「そのような下劣な事…… できません」


「下劣…… ああ、下劣だよなぁ。俺も最初は嫌だったさこんな薄汚ぇ仕事はよぉ。

 けどな、現実を見ろよ。この国の経済は崩壊したんだ。真っ当な仕事じゃ生きていくのさえしんどいぜ。それに人間はこんな事にも慣れちまうものなのさ」


 リゼドールの言葉に間違いはなく、市内に蔓延る野盗たちは元より夜盗だったわけではなく、市内で真っ当な商売をしていた者達であった。ここでは手を汚さなくては生きていくのも困難であり、市内に残る大多数の住民は大なり小なり人には言えぬ行いによって食い扶持をいれていた。


「正直な所、俺一人じゃ四人分の食費を賄う事は難しい。けど二人ならなんとかやれるんだ」


「…………」


 リゼドールの提案はシーナにとって不本意ながら魅力的であった。だが、貴族令嬢の矜持が彼女を思い止ませる。


「なぁ、覚えているか? 六年前だったか、まだガキだった頃だ。こんなひでぇ事になるとはゆめゆめ思っていなかったな。それで、えっとあれは貴族の誰かの誕生会だったけな。そんな事すら覚えていないのに、あの出会いはしっかり覚えている。一目惚れ…… シーナ・ブラウシェン。アンタと出会った時の記憶……」


 リゼドールは流れを切るように突然思い出話を始めた。過去の出会いを語る彼の表情は少年の様なあどけなさを帯び、内容と合わさってシーナの記憶を呼び覚ました。


「あの、僕と踊ってくれませんか? あ、えっと、僕の名前ルアン・リ…… ルアンっていいます」


 誠実そうな少年との出会いの記憶。昔友人の誕生日会において、少年が顔を赤くして先の言葉を口にした事をシーナは思い出した。その時の彼の姿は今のリゼドールとは程遠く、彼の過去に暗い何かがあったのだろうとシーナは考えた。


「ルアン君……」


 この時からシーナのリゼドールに対する感情は“軽蔑”から“憐憫”へと変わる。そして――


「私は何をすればいいのでしょう?」


 シーナはどす黒い世界へ足を踏み入れる事を決意した。妹たちの為、そしてリゼドールの苦しみを少しでも癒す為に――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ