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不撓不屈の勇者の従者  作者: くろきしま
第2章 三者三様奇想曲
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第12話 閑話 王子様の思惑

 現在における帝国ガルムヘルという国は、齢十八の青年が中心となって運営されていた。

 ロア・ガルムヘルの嫡男、イオ・ガルムヘルである。


 第一皇子として生を受け、次期皇帝としての教育を受けることになった彼は幼少の頃から政治、経済、民族、宗教、作法はもちろんのこと剣術から魔術までありとあらゆる英才教育を施された。


 結果としてイオは子供らしい成長を遂げなかった。


 朝から晩まで行われる教育は、もはや調教と言っても過言ではなかっただろう。

 その成果の逸話がある。


 遊ぶという行為自体を知らない彼は、ある日街中を駆け回る同年代を見て『彼らは何故獣の真似をしているのか?』と侍女に尋ねた。

 侍女は『いいえ、彼らは遊んでいるのです』と答えた。

『遊ぶ』とは何かを知らないイオ・ガルムヘルは、子供ながらに知らない事を恥じて尋ねられず、『そうか』と済ませた。


 侍女はその返答に深く踏み込みはしなかった。

 もしその時、侍女がイオの気持ちを慮ってさえいればまた違っていたかもしれない。


 故に彼は『遊ぶ』という行いを『獣として生活している』と定義し、彼の中で『人として生きる者』と『人の皮を着た獣』と分けるようになり、後者を侮蔑するようになった。


 めでたし、めでたし……とは当然なるわけがなかった。

 逸話としてはここで終わっても良いかもしれないが、事態はより悪化していく。


 何故なら人の歴史は『断片』ではなく、『持続』であって全て地続きなのだ。


 過去から現在に至るまで、イオ・ガルムヘルの屈折した認識は正されることはなかった。

 一つの原因としては誰しもイオ個人に興味を持たなかった事だが、それよりも……。


 現皇帝ロア・ガルムヘルが隠遁した事も大きな理由だっただろう。

 イオの弟、リオが生まれてすぐに姿を見せなくなった。


 ロアが口を出さないことを良いことに、腐敗と汚職がテーブルクロスに落ちた染みのようにじわりじわりと広がる日々。


 それを根絶したのがイオを中心とした今の六武将だ。

 この時期からイオが頭角を現してくる事になる。


 徹底した武力弾圧による恐怖政治と慈悲、その使い分けによって十二歳を迎える頃には帝国領内にいる全ての貴族は恭順の意を示し、元老院を掌握し皇帝代行という地位を揺るぎないものにした。


 こうして、この国は安寧を取り戻した。


 ここに至ってようやくイオという個人は認められるようになった。

 一見すればイオを暴君と捉える者は多いだろう。


 だが実際には批判的な意見よりも肯定的な意見の方が多かった。

 それは帝国が元々もっていた国是によるものだ。


 すなわち実力主義。

 イオにそれだけの智謀があっただけの事だと、ただそれだけだった。


 そして一連の流れは蓋を開けてみれば何てことはない、不穏分子があぶり出され淘汰されただけだった。


 また同時に問題点も残してある。

 次期皇帝としてイオの実力を周囲が認めたものの、そこに恐怖はあっても敬意は含まれてはいなかった事だ。


 恐怖政治を強く押し出したというのも理由としてある。


 だが一番の理由は、未だイオは『皇帝代行』という地位にいたことだった。

 つまり、事実上は世代交代されてはいるものの、現在も皇帝はロアであることだ。


 皇帝代行の持つ権限は皇帝とほぼ変わらない。

 未だに代行という立場が歯痒くもあり、イオとしては面目が立たないでいる。


 それは国民が未だに偉大な父を求めているという事に他ならない。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 イオは書斎の積んである書類に目を通しながら、深いため息をついていた。

 近年は魔王復活の知らせもあり、各領地へ税収よりも食料生産率を高めるように勅書を発行したが、イオ自身は恐らく気休めにもならないだろうと考えていた。

 本格的に魔王が活動を開始すれば、我が国のいずれかの領地は飢餓や疫病に苦しむ事になる。


 前回の折に、帝国は領土の五分の四を犠牲にした。

 開拓した村々は焼かれ、その地に住まう民も塵となったと歴史書には記されている。


「せめて我が国に勇者を囲えたなら……」


 歴代の勇者は神聖王国が独占している。

 過去六度において当然帝国でも魔王に対する対策を講じてきた。

 一定の効果があることも歴史書から学んだが、神聖王国より効果的とは言い難いものだった。


 つまりは勇者をぶつける。


 結論から言えば『勇者』とは『兵器』だ。

 その兵器は意思を持ち、自ら動く。


 意思がある故に御し易い。


 それを神聖王国は独占していた。


 これも全て背後にいる天族の思惑だ。

 唯一にして絶対の神、そしてそれに従属する神聖王国。

 帝国でも神聖教団にて洗礼を受けている者は多い。


「……一刻も早く神聖王国を手中に収めなければ、時間は……あまりないのだろうな」


 時期に熾烈な生存競争が始まる。

 帝国が目指すべき目標と、その為の布石は既に配していた。

 それでもまだ万全には程遠いとイオは考えている。


 更なる布石……。


「そういえばドブ猿が一匹紛れ込んでいたか……」


 イオは謁見の間にいたクューニアを思い出す。

 髪も肌もボロボロだったが、顔立ちも整っていて磨けば光る類の女だと評していた。

 城内で彼女に目を奪われた者もいただろうが、イオは彼女に吐き気しか覚えなかった。


 目は口よりも多くのものを語るとイオは考えている。

 彼女の目からは嫉妬、憎悪、劣等……それらを煮詰めたような目をしていた。


 より端的に言えば『飢え』なのかもしれない。


 名誉に飢え、愛に飢え、地位に飢え、力に飢えているドブ鼠の目。


「ククク、猿ではなく鼠の類であったか……俺の目も曇ったのやもしれぬ…………はぁ」


 下女をいくら謗ろうと、それで気分が晴れるということはない。

 それほどに次期皇帝、皇帝代行としてすべきことはあまりに多かった。


「……そういえば貴族の養子になっていたな。誰かいるか!」

「失礼いたします」


 侍女が一人顔を伏せたまま部屋に入室してくる。

 この国では誰もイオを見ようとはしない。

 不用意に目を合わせればどんな目に遭わされるかと恐れての事だろう。


 この侍女もまた、例外ではなかった。


(行き過ぎた恐怖政治の弊害と言えなくもないが、この程度で弊害などと言っていられんな)


 イオは机の書類を処理しながら、侍女に問う。


「ドブ猿は何をしている?」

「ドブ……? あぁ、ローラン卿のことですね」


 思わず筆を止める。


(ドブ猿でまさか通じるとは思っていなかった……)


 イオは内心の動揺を悟られぬように努めるのに必死だった。


「卿? ……あぁ、貴族へ養子入りしたのだったな」

「そのローラン卿でしたら今は訓練場にて剣を振るっている頃です」


 あのひ弱そうな女が剣の訓練?

 それはイオにとっては理解しがたい状況だった。


 とはいえ、あれの管理は『リリアン』が陛下より承っている。

 であるならば、そういう事もあるのかもしれない。


「どれ、あのドブ猿が苦渋に歪む顔でも見てみるか。ん? どうした、案内せよ」


 侍女は意外そうな顔していた。


「意外です。殿下があのような方に城内を汚すことをお許しになるとは……」

「そこまで意外か? 猿とはいえ貴族の末席、であるならば当然登城も許されてしかるべきだ」

「左様でございますか……」


 侍女の不服そうな心情が手に取るようにわかる。

 イオがこの侍女を側に置くのは、こういった解りやすい女だからというのもある。


 ……もっとも、調子に乗りやすいのが玉にきずなのだが。


「ククッ、そう残念そうにするな。あれが未だドブ臭い下女であるなら、即刻城から叩き出してくれるわ」


 イオは叩っ斬る、とは言えなかった。

 実質あのドブ猿の処遇は皇帝陛下によって保証されている。

 その用途については自身に任せられているものの、だからと言って気安く扱って良い訳ではなかった。


 訓練場に向かう足取りは軽い。

 この時のイオは、過重労働の疲れを癒す些事程度にしか思っていなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「なん……だ……これは!!」


 ガルムヘル城地下にある訓練場に赴いたイオが見た光景は異様を極めていた。

 十何人にも及ぶ帝国騎士が、たった一人の女に跪かされていた。


 女とは他でもない、ローランその人である。


「カイン!! どうなっている!?」


 帝国六武将、第一席のカインはイオの姿を捉えると足早に駆け寄り跪いた。

 見た目十六歳という若さだが、帝国に仕えて五十年は経っている正真正銘の化け物だ。


「殿下におかれましては……」

「今は口上などどうでも良い!! 誉れある帝国騎士が何故膝を折るような無様を晒している!!」

「……申し訳ございません、少々やりすぎてしまいました」

「……な、何?」

「リリアン嬢の『調整』がかなり相性が良かったようで、私も年甲斐もなくはしゃいでしまい……鍛えすぎてしまいました」


 開いた口が塞がらないとはこの事かと、イオは痛感した。


 帝国騎士は誰もが慣れる憲兵などではない。

 極少数の鍛え抜かれた素質から、さらに厳選された者のみがなる事が許される……それが帝国騎士だ。

 当然誰もがそこに至るまで、文字通り血反吐を吐きながら上り詰めてきたことだろう。


 それがついこの間まで田舎で暮らしていた小娘に遅れを取った?

 それは……なんて悪夢だ?

 みれば誰もが顔を青くしている。

 今日までの努力を踏みにじられた、そんな顔をしていた。


「何を俯ている!!」

「「「!?」」」


 訓練場にイオ・ガルムヘルの声が響く。

 次期皇帝が姿を現したことに、青い顔を更に濃くする者が大半だった。


「小娘にいいようにされおって!! 何故顔を青く染めている! 何故悔しいと怒り狂えない!! 貴様らは誰だ!? 俺が答えよう!! 誉れある帝国騎士だ!! つまり貴様らは帝国の誇りであり!! 俺の誇りであり!! ロア陛下の誇りである!! 憤怒せよ!! 小娘にではなく、敗北した弱き己に憤怒せよ!! その小娘は既に人外と心せよ!! そして見てくれに騙された己を恥じ、今日の教訓とするがいい!! ……復唱ッッ!!」


 イオの声に蹲っていた帝国騎士達が立ち上がる。

 その顔には悲壮感は既になく、イオを見るその目には敬意の輝きが宿っていた。


「「「はっ!! 我々は帝国の誇りであり、己が未熟さを教訓とし、更に邁進いたします!!」」」

「うむ、励むが良い」


 イオは早々に見学を切り上げ、その場を立ち去る。

 内心は碌に見物が叶わず、残念でならなかった。


 そんなイオの後ろをカインは黙ってついてきた。

 何か言いたい事があると察し、振り返るイオにカインは恭しく語る。


「人心の掌握、実にお見事でした。彼らは今後殿下に更なる忠誠を尽くす事でしょう」


 態度とは裏腹に、その声は楽しそうだったがイオはその事が返って興ざめしていた。


「どうやら俺はカインに上手く利用されていたようだ」

「……言葉の意味が計りかねます」

「つまらぬ演技はやめておけよカイン、あのままではアレらは腑抜けて使い物にならなくなっていた。どの道誰かが檄を飛ばさねばならなかったが、俺がいたが故にあの場では俺が一番有効だった」

「殿下があの場にいらっしゃる事など私には……」

「よい。帝国の為になるのであれば俺は道化でも構わん。お前は責任もって奴らも鍛えろ、いつまでもドブ猿にばかり現を抜かすなよ」

「……御意」


 もう話すことはないと、イオはもう振り向くことはなかった。

 イオと侍女が去った後、カインは窓から見える部屋の一室を眺めた。

 カーテンで締め切られたその部屋は、もう何十年も開かれたことはない。


「うん、良い感じに育っているよ。これなら君のお眼鏡に適うんじゃないかな? ロア」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今日はもう仕事をする気になれず、自室へ戻ると妙な違和感にイオは気づいた。

 机の雑貨や、家具が動いた気配はない。

 だがイオは狼狽えない。


「出てきたらどうだ、ソウセキ」

「別に隠れているつもりはねぇぜイオ」


 イオがソウセキと呼んだ男はソファで呑気に酒を飲んでいた。

 年齢はイオとそう変わらない見た目をしている。


 カインの例があるので証明しようがないが、彼の持つ雰囲気は年相応のものを感じさせる。

 だが彼は異質だった、それもカインとは別方向に。


 髪も目も来ている服も全てが黒い。

 次期皇帝であるイオにも平気で太々しい態度をとる始末だ。


 どこまでも異質な彼はその場に溶け込んでいたものの、イオが気づく程度には隠せてはいなかった。

 ……まるで油絵の景色のように。


「そんな芸当が出来るようになったのか」

「まぁな、隠密って技術だ。面白いだろ?」

「……意識を意図的に逸らされたのか。まるで精霊術にでもかかったかのようだったぞ」

「あぁ魔法ね。未だにアレの理屈や原理がわかんねぇが、そのうちモノにしてぇなぁ」


 魔法は大なり小なり誰でも扱えるものだ。

 ソウセキも次期扱えるようになるだろう。


「それよりも聞かせてくれないか? どうだ世界を巡ってみて」

「そうだなぁ、美味い飯と良い女がそれなりにいたのは予想外だった。獣人とか俺の中のケモナーが常時歓喜してたわ」

「楽しんだ事は伝わったが、聞きたい事はそこじゃないぞ」


 ソウセキには秘密裏に帝国以外の国を巡り、その国が抱えている情勢について調べて貰っていた。

 ソウセキは表向きにはイオの小間使いとなっている。


「悪りぃな、存外こっちの『世界』がファンタジーしてるもんでよ」

「ファンタジー……お前の『世界』でいうところのありえない現象か」

「そうそう、魔法以外にも竜や人族以外の種族なんかもそっちの部類に入るな」


 だとしたらこの世界はまさに『ファンタジー』に溢れている。

 ソウセキが夢中になるのも仕方ないのだろう。


「でもこっちと変わらねぇもんもあったな」

「人か?」

「おいおい、引きこもりの坊ちゃんが当てちまったぜ……どうして分かった?」

「俺もお前も結局は同じものを見ていたという事だろう」

「そりゃあ納得だわ。さて、俺はこうして帰ってきたわけだが、計画の方はどうなっている?」

「計画は順調だ。予想外の手駒も手に入れた。これで計画は次の段階へ移れる……そこでお前にはここへ行ってもらいたい」


 イオは壁に掛けてある地図を指差した。

 地図には一箇所赤く丸をつけてある場所がある。


「あの赤いところか?」

「名をヴァルスティン神聖王国、天族の威光を借りて世界を牛耳っている無能の国だ」

「あぁ、あの国か……あそこも良い感じに歪んでて楽しかったな」

「間違っても洗礼を受けるなよ。こちらの思惑を掠め取られる」

「分かってんよ。特に神官系には視界に入らないように気を配ってるっつーの」

「俺達の計画、必ず成し遂げよう」

「お前の計画だよダチ公。俺は偏屈な男だからな、やりたい事しかできねぇ」


 イオはソウセキが持っていた酒瓶を奪い、一気に呷る。


「神聖王国の終焉に」

「新たなる帝国の誕生に」

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