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不撓不屈の勇者の従者  作者: くろきしま
第1章 村娘が勇者になったので、従者として一緒に旅に出るようです。
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第10話 夜の妖精

 焚火のパチパチという音で目が覚めた。

 辺りは暗く、目視できないが他の皆もその辺で寝ているんだろう。

 イクスは寝ぼけたまま、ただ焚火を眺めていた。


 今日という日は中々に濃い一日だった。


 レイラの勇者宣言。

 それに巻き込まれての試練。

 久しぶりの戦闘。


 まぁあれを戦闘と呼んで良いのかわからないが、血が騒いだのは事実だった。


 肥翼竜の一撃一つ一つが、俺を殺そうという殺気に満ちていた。

 自分がちゃんとした装備をいなくて心底良かったと思う。


 もし、前みたいに剣を持っていたらきっと抑えが効かなかっただろう。

 これはレイラ達の試練なんだから。


 今日一日、彼等と一緒にいて感じたのは不安だった。


 果たしてレイラを任せられるだろうか。

 レイラがまだ役に立てないのは良い。

 問題はステラとイースラだ。


 恐らく彼らは実戦経験がない。

 その証拠が今回の戦闘だ。


 状況判断も戦略も立ち回りも、何もかもお粗末だったと言わざるを得ない。


 このままレイラを任せて本当に良いのか……そんな思いが過ぎって離れない。


「……俺は、どうしたいんだろうな」


 その疑問に答えてくれる声は無く。

 ただ、焚火がパチパチとなる音だけが、耳について離れなかった。


 小難しいことを考えていたせいか、目が覚めて値付けなくなってしまった。

 周りを見るとレイラとイースラもその辺で雑魚寝しているのがわかる。

 ……ステラの姿が見えない。


(まぁその辺で用でも足しているんだろう……水飲みてぇ)


 イクスは目の前の泉に向かう。


(気にしていなかったけど、湧き水なのか? ……旨いな)


 水は透き通っていて、喉を通して染みるように乾いた体を癒した……気がした。

 一番の収穫はコレかもしれない。

 むしろこの水の為と思えば、この厄介事も悪くはなかったとさえ思えた。


 今度村にサカモトが来たときにでも教えてやろう。

 知っているかもしれないが、酒の肴にはなるだろう。


 ふと何かの気配を感じとる。

 場所は、泉の中心……魚でもいるのだろうか?

 少し身構えて見ていると、それは水面から舞い出た。


 裸の女だった。


(……は?)


 腰まで伸びた美しい髪が空を舞い、月明かりに照らされた水飛沫が優しく煌めいている。

 流線型の身体のラインと引き締まった腰の括れは、どの彫刻よりも美しく、情欲よりも先にその美しさに直面した歓喜の心が溢れ出てくる。

 水に戯れ舞い踊るその姿は、吟遊詩人が歌う神話の妖精の姿そのものといえた。

 イクスはその姿に我を忘れ魅惚れていた。


 が、あっけなくその時間は終わる。


「……え?」

「……ん?」

「イ、イクス!?」

「ん? なんで俺の名前を……ん?」


 エメラルドグリーンの髪に長い耳、そしてこの美形。

 見間違いようもなくステラその人であった。


「ステラ、お前女だったのか?」

「っ…………ほう? 私のどこをどう見て男と思っていたのか、ゆっくり話を聞こうじゃないか」


 バシャバシャと、がに股歩きでこちらに向かってくるのは、間違いなくステラだった。

 妖精さん、ドコイッタノカナ。


「ばっかお前、前を隠せっ!?」

「ひゃぅ!? こここっちみりゅな!!」


 そりゃごもっとも。

 その後、イクスは眠れるわけもなく、焚き火の揺めきをただ呆然と眺めていた。

 しばらくして、隣にステラが座った。


 ローブは纏っていなく、海のように鮮やかな群青色のチュニックとパンツといった軽い格好をしていた。

 エメラルドグリーンの髪はまだ少し濡れていた。


「すまなかった」

「それは私の素肌を覗いた事か? それとも男だと勘違いしたことか?」

「両方だな」


 即答した。


 こういった事は迷えば迷った分だけ傷付けてしまうと思った。


 するとステラは舌を出してニヤと笑った。


「……なんてな。お前が私を男と勘違いしていたのは知っていたさ。それを私は意識して否定しなかったのだ。然程怒ってはいない。」

「なんでまた」


「私の口調を聞いて男と勘違いする者は少なくない。一々訂正する気も起きないのが第一の理由だな」


 エルフは美形が多いらしい。

 カミュナ村よりも辺境の奥地にいるらしく、イクスも初めて見たエルフはステラだった。

 比較対照を持たないので、ステラの自信がどれ程のものかはイクスにはわからない。


「最初見たとき、とんでもなく綺麗な奴が来たと思った。綺麗すぎて男女の区別がつかなかった。確かに男と判断したのは、その口調とズボンを履いていたからだな」


 ステラは首をかしげた。


「ズボン? 旅にスカートを履く女などいないだろ?」


 旅人、冒険者問わず、危険と隣り合わせの女性がズボンを履くのは常識だった。

 動きやすさ、少しでも防御力を稼ぐ、などといった理由だけではない。

 貞操を護るという意味でだ。

 中に貞操帯を着ける者も少なくない。


 だが、イクスはそれを否定した。


「いや、普通にいるだろ。前衛後衛職関係なく、普通に皆スカートを履いていたぞ。昔聞いたことがある。『何故、危険と分かっていてそんなものを履くんだ? 誘っているのか?』って」

「……それは幾つの時の話だ?」

「ん、俺が12の時だが?」

「ま、マセガキだな」

「まぁヤサグレていたからな。そしたら『これは女のプライドよ!! どれだけ寒くても、どれだけ危険でも、私たち女という生き物は美を体現し続けなくてはならないの!!』ってな」


 その時の光景を思いだし、左頬を無意識に撫でた。

 それ見て何を察したのか、ステラは吹き出す。


「くくく、それでズボンを履いている私を男だと思ったわけか」

「わ、笑うなよ」

「くくく、良いではないか。こちらは乙女の柔肌を見られてしまっているのだぞ? ……ぷっ」


 負い目がある分、あまり強く言えなかった。

 くそっ、馬鹿ルフのくせに!


「貴様が思いの外純真だと分かって、多少は溜飲が下がった。許してやろう」

「へいへい、ありがとうございますですお姫様」

「う、うむ! と、ところでレイラ様との付き合いは長いのか?」


 いきなり話の路線が変わった。

 女の子は皆お姫様に憧れているからな。これは弄りがいのある弱点を見つけてしまったのかもしれない。

 もっとも、使う機会はもう無いかもしれないが。


「俺とレイラか、ここ2年位の付き合いになるかな。あいつが給仕係で俺が客」

「意外すぎるだろ!? もっと長いと思っていたぞ……どうやって誑し込んだ?」

「無茶苦茶聞こえが悪いな!? あの時も言ったけどそういう関係じゃないからな?」

「ならどうすればあれだけ信頼されるのだ?」


 なるほどな、レイラとの仲をどう深めたら良いか分からないのか。

 レイラに様を付けて呼び続ける間は無理じゃないっすか?


「俺はさ、『出戻り』なんだよ。すげえ小さい頃に一緒に遊んでたかもしれないけど……あまり覚えてないな」

「薄情な奴だ」

「知ってるよ」


 自分ほど薄情な人間はそうはいないだろう。

 親の顔を忘れ、昔の思い出を忘れ、命の重ささえ忘れた。

 俺は自分の壊れた部分をきちんと理解している。


 そんな俺の表情はどうなっていたのか、ステラは真面目な顔で語る。


「君には言っておかなければならない事がある」

「……それは今後の事か?」

「そうだ。正直、君がここまでやれるとは思っていなかった。肥翼竜との戦いに見せた状況判断、対応の速さ、そして戦闘能力……君は戦い慣れているな」


 今、ステラは核心に触れた。


「君の過去には興味はある。だが大事なのは今なのだ……この先、私達だけでは王都まで果たして辿り着けるか……正直自信がない」


 が、その核心を捨て置かれてしまった。

 身構えた手前どうしたら良いやら。


「それでも、君を正式な従者と認めるわけにはいかない」

「……それは、俺がただの村民だからか?」

「お前の様な村民がいてたまるか!? ――と、言いたいところなのだが、概ねその通りだ」


 ステラは燃える焚き火を眺めながら言った。


「勇者であるレイラ様の仲間に平民が混じっている……大衆にとっては良い話だろう。……だが、貴族連中が黙っていない」

「そりゃそうだ、そんなの面白いわけがないからな」

「違うぞイクス」

「え?」


 予想を反して否定されてしまった。

 貴族といえば腐敗、傲慢、無慈悲の三拍子揃った嫌な奴らという印象だった。


「ほとんどの貴族連中は愉快不愉快でその権力を行使したりはしない……事実はもっと醜悪だ」

「どういう事だ?」


「奴らは共食いしているのさ……虎視眈々と互いに潰し合い、権力を、金を、人を取り込み肥え太り、自分だけ助かろうとしている。……『己の領土を豊かにする』というお題目を掲げてな。魔物でももっとお上品だと思わないか?」


「……そうか、俺の存在はその貴族連中にとって『餌』でしかないんだな……より『豊かになる』為の」


 ある意味で、貴族達は正しい。

 勇者宣言をするという事は魔王がいるという事だ。

 当然、今まで以上に備える必要が出てくる。

 正に俺という存在は、飢えた狼の中に自ら飛び込む羊でしかない。


「……すまない、イクス」


 ステラがやけに俺に対し一村民、一村人と言ってきたのが、これで腑に落ちた。


「お前は一つ、思い違いをしているな」

「ん?」

「俺は元々村から出る気はないんだぜ」


 元々そういう話だっただろう?


「………………またまたぁ〜」

「つまんないこと言ってないで、はよ寝ろ」

「…………えぇ」


 釈然としていないぞと、顔に書いてあるステラを放っておき、俺はもう寝ることにした。


 当然、寂しいと思う。

 心配だってするだろう。

 だが、俺に何が出来る?

 ステラが言っていたように、俺が混じってしまえば厄介事が増えるだけ。

 ……邪魔しか出来ねぇじゃねぇか。


 イクスは村の酒が無性に恋しくなって、寝苦しい夜を過ごした。


 翌朝。


 最初は曇り空だと思った。

 見上げると突如として現れた巨大な木がうねり伸びている……それさえも間違いだと気付く事になる。

 木の表面だと思っていたものは竜皮、広場を半分ほど埋め尽くせるほどの巨体。


 それは紛れもなく、ドラゴン。


 古樹竜の姿であった。

2017/07/22 加筆修正

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