―幕間の茶番劇― 香坂家の人々
○あらすじ
竜神温泉の調査を着々と進める青子達一行。
その陰で多大なる犠牲を払った男が一人、鹿児島の大地に降り立った。
男の名は、香坂悠。
今回は、そんな彼にまつわる受難のお話。
それでは、幕間の茶番劇のはじまりはじまり。
俺は、香坂悠。
そう、あの龍脈騒ぎの陰の功労者。陰険ノッポに脅されて、なぜか鹿児島くんだりまで来ている。
俺は忙しい。それはそれは超忙しい。今日も今日で、六波羅探題に寄せられてくる大量の会議資料や犯罪捜査資料、各“特種”国家公務員の報告書の確認や決裁など、鬼のように仕事が溜まっている。
常人なら1週間で精神を病んでしまうほどの膨大な業務量で、俺も日々の平均睡眠時間は2時間もあればマシな方だ。そのため、出来ればK都から離れたくないわけ。
俺も陰険ノッポだけの頼みなら一も二もなく断ってたんだけど、今回は可愛い妹達(もうほんとに可愛くて仕方ないの)の頼みだから、俺は喜んできたわけ。
まぁ、俺ってば仕事出来ちゃうから、こんな修羅場でも何とかなるのよねー。俺天才だから。
せっかくだし、行きの新幹線で即行仕事を片付けて、妹達と久々に親交を深めようと思ってたの。
そう……。あの料理が出てくるまでは……。
――*――
「お兄様ぁ!」
「あに様ー!」
「おー、かわいい妹達よ。兄が恋しかったかい?」
「「いえ、全然」」
「あれ? 返事がおかしいな? 兄が来るまで寂しくなかったかい?」
「「ダーリン(だぁりん)が居なくなって寂しい」」
「えー……まぁいいや。調査は順調かい?」
「それが、ぜーんぜん、本調子じゃないの」
「私もぉ」
「おぉ、それは一大事だ。超優秀かつ、超仕事が出来て、しかも超絶可愛い二人がなぜ順調じゃない? それぐらい今回の件は難しいのかい?」
「青ちゃんが、だぁりんと二人共同で仲良く調査をしているかと思うと、心配で心配でぇ」
「あっ、結美もそう思う? 宮ちゃんってば、あれはあれでダーリンと結構仲いいんだよねー。ダーリンも心開いているというか、ケンカ友達的な感じだよね。要注意人物の一人」
妹達よ。そっちの心配かい?
「あの陰険ノッポの話は置いておいて、久しぶりに兄妹水入らずだから、今日は仕事を休んで観光でもしよっか?」
「ウチは、出来れば仕事を早く終わらせて、だぁりんに会いたい」
「はーい。私もー」
「ままままっ。そんなこと言わずにぃ。家族一緒に出掛けることなんて滅多に無いんだから、たまにはお兄様と遊ぼうよぉ!」
「「はぁーい……」」
いやー兄の面目躍如。あの陰険ノッポ。俺の天使たちをたぶらかしやがって。
――*――
「あっ、お兄様。ウチ、これほしい!」
「ほぅ、どれどれ?」
【薩摩切子グラスセット】――10万円。
「……もう少し、安いのは無いかい?」
「あっ、結美抜け駆けー。それでダーリンと二人だけで楽しもうと思ってるんでしょー」
「うぅん、違うよ編美ちゃん。これは私と編美ちゃんが使うの。それで、だぁりんのはこれ!」
【薩摩切子最高級タンブラー】――20万円
「……目ん玉が飛び出そうになった」
「あっ、これいい。ダーリンにぴったりの大きさー」
「そうなの。だぁりんのだけはちょっと特別なの」
「ね、お兄さまぁ。お願い。買ってぇ?」
「あに様ー。買ってー?」
「はははっ……よーし、お兄ちゃん買っちゃうぞー!」
「「やったぁー」」
ははっ……これぐらい。全然、ぜんぜん、大したことないもんね……。
――*――
「ねぇ、あに様ーこれ似合う?」
「編美は何を来ても似合うねぇ。着物姿も絵になっているよ」
「じゃあ、私はぁ?」
「結美もただでさえ美人なのに、大島紬でさらに綺麗さが増したよ」
「あに様もこれ来てみて」
「えー、しかたないなー」
うんうん。こういうのだよ、こういうの。反物屋で着物をレンタルして、市街を散策する。いかにも観光らしくていいなぁ。
「着てみたけど、どうだい?」
二人は俺を一瞥すると、すぐに議論に入った。
「うーん。だぁりんにはもっと渋い色のほうが似合うんじゃないかなぁ?」
「えぇー。たまには冒険して、ダーリンの新たな魅力を発見しようよ」
「あのー。感想は」
「「はいはい。似合ってる。似合ってる」」
「ところで二人とも、いつの間に着替えたの。着物は?」
「「あそこ」」
二人が指差した先は、レジだった。
「お二つで合計、80万円となります」
店員さんが、息を合わせたように金額を伝えてきた。
「「あっ、これも一緒にお願いします」」
「こちらを合わせますと、合計100万円となります」
ひゃひゃひゃ、100万!? 兄は失神しそうだよ。
「ダメです。さすがに高すぎます。買わなくても、レンタルでいいじゃないか」
すると二人は、しょんぼりした顔で、兄に語りだした。
「ごめんなさい。久しぶりにあに様と出かけられたので、はしゃぎすぎました。あに様ならば、私達のワガママを聞いてくれるとばかり。でも私達、頼れる人が居なくて寂しかったの……」
「そうね編美ちゃん。お兄様のご好意に甘えすぎたのね。でもウチ達が甘えられる人って、たった一人。それは敬愛するお兄様だけだもん。でも限度があるよね……」
「うっうっうっ……。い、妹達よー! 狭量な兄で悪かった。店員さん、その着物買ったぁ!」
「「やったー。あに(お兄)様。大好き―!」」
はははっ。こんな金。可愛い妹達の喜ぶ顔と比ぶべくもないわ!
あーも―どうにでもなれ!
「あー、楽しかったねー編美ちゃん」
「そうねー。いーっぱいお土産も買えたし。やっぱり頼れるものは、あに様よねー」
あの後、俺の財布を当てにして、あれやこれやと高級品を買い漁る妹達であった……。
「お兄様。ウチ達、今日は指宿温泉に泊まりたいです」
「あーいいねー結美ちゃん。あに様ー、私、砂蒸し風呂に入りたーい」
「へっ? あっ、あぁ、いいんじゃない。妹達と兄妹水入らずで温泉宿で一泊ってのも乙なもんだね。そうだ、家族風呂を予約して、兄の背中を二人が洗ってくれる。てのはどうかな?」
「「ううん。それは、遠慮しておきます」」
――*――
「あー、砂蒸し風呂気持ち良かったぁ。体の芯からポカポカするねぇ、編美ちゃん」
「うんうん。汗いっぱいかいて、デトックス出来たねー。結美ちゃん」
あぁ、気持ちええなぁ……。そういえば最近徹夜続きだったから、疲れが溜まってたんだなぁ。あれっ? だんだんと意識が……あぁ……あぁぁっ……。
「あのー。こちらの寝落ちしているお客様はどうすれば?」
「「死ぬほど疲れているので、ずっと埋めておいてあげてください」」
――――
あれっ? 俺いつの間に寝てた? 妹達は? 係の人は?
「クソッ! 砂が重くて抜け出せない。あっ、汗かきすぎて脱水症状が……。オーイ! 誰かー! 助けてくれー! ヘルプミー!」
――――
「あっ、お兄様、砂蒸し風呂から出られたのですか?」
「あに様ー。どうでしたかー。気持ち良かったですかー?」
「あぁ……気持ち良すぎて、昇天しそうになったよ……」
――*――
翌日。
俺は、妹達と朝食をとりに、食堂へと向かった。
「あに様ー、昨日はぐっすり眠れましたか?」
「そうだね。夜中、部下からの緊急連絡があったけど、2時間ぐっすり眠れたよ」
「お兄様……お体、大丈夫ですか? そのような仕事ぶりではいつお体を壊されるかウチは心配です。何事も体が資本ですので」
「そうよねー。いくらあに様が2年間も廃人だったからって、帳尻合わせのように、こんなに働かせて。私達はあに様の味方ですからね」
「おぉ、ありがとう。超絶可愛くて気遣いも出来る妹達を持てて、兄は幸せ者だぁ! 今日は仕事頑張るぞー!」
朝から俺は、超絶ハッピーだった。だが、そんな幸せは一瞬で消し飛んだ。
「はい。お待ちどうさま」
「「っ!」」
「こっ、これは!」
係の人が朝食の配膳を終えると、俺達に緊張が走った。
「だっ、誰だ! 誰がこれを用意した! さっさと下げろ!」
俺は慌てて、朝食を下げるように大声で指示した。
なぜだ? 俺は、宿を予約した際「この品物だけは出すな」とちゃんと指示したはず。
「……お兄様“これ”には何を掛けてお召し上がりになられますか?」
「……あに様なら、当然、わかってるよね?」
あぁ……遅かった……。
「「目玉焼きには当然、ソース(醤油)ですよね!」」
「えっ?」
「うん?」
「編美ちゃん、まだソースなんて洋風かぶれのモノを掛けてるのぉ?」
「結美ちゃんこそ、醤油ってどれだけ純和風気取ってんのー?」
「純和風上等。ウチは日本人ですから、そもそもソースなんて甘ったるいモノ、目玉焼きには合わないよぉ」
「言ったなー。醤油なんて原材料大豆だけじゃん! ただしょっぱいだけじゃない。その点ソースはいろんな材料を加えて、マイルドでスパイシーな味わいで、目玉焼きにマッチするの! 醤油なんて味に広がりが無いよ!」
「はぁ? 醤油には深い味わいがあるの! コクが違うの! そんな奥深さはソースには絶対出せないよねぇ。だって、材料いろいろぶち込んで、元が何なのかわからないように味をごまかしているだけだもん!」
「なにー!? そもそも、醤油だとトーストに合わないじゃん。結美ちゃんは喫茶店のモーニングセットで目玉焼きが出たら、醤油掛けて食べるのー? やだー」
「ウチ、モーニングでも醤油掛けるもん。醤油を掛けた目玉焼きはトーストにも合うもん! 編美ちゃんだって、ご飯とみそ汁の朝食が出たら、醤油を使うでしょ?」
「いやいや、それは無いそれは無い。私、ぜーったい、目玉焼きにはソース使うし。ご飯の上に目玉焼き乗せて、ソースドバドバ掛けて食べるし! 超美味しいんだから! 一回食べればいいんだよ!」
「うげぇ……お断りですぅ。編美ちゃんって、舌がおかしいんじゃないのぉ?」
「それはこっちの台詞! 結美ちゃんこそ、味覚がいかれてるんじゃないの?」
あぁ……。穏やかな朝の時間が……。
そう――何を隠そうこの二人、食事に目玉焼きを出されると、目玉焼きには何を掛けて食べるのかで、必ず大喧嘩になる。
編美はソース派。結美は醤油派。ちなみに俺は……。
「「あに(お兄)様は、どっち派ですか!」」
「おっ、俺は……ケチャップ派かな……」
「えっ、信じられない……」
「妹として恥ずかしい……」
二人のまるでゴミクズを見るかのような蔑む視線が、俺に突き刺さる……。
「ケ……ケチャップ美味しいよ?」
「もうイイです。黙っててください」
「今日から、仕事以外では話しかけてこないでください」
――その後、俺はK都に帰るまでの間、プライベートで二人から話しかけられることは一切無かった……。
うぅ……、どうしてこうなった……。
兄は寂しいよお……。




