―調査7日目― 後編 地枯衆の影
○前回のあらすじ
黒虚精霊の後を追うと、そこには鬼門が発生しそうな揺らぎのある空間とその揺らぎの原因である水龍の逆鱗とかんざしを発見する。
だが、かんざしと逆鱗は壁深くに刺さっており、龍脈も詮の役割を果たしていたため、人力で抜くのは不可能であった。そこで、榊の指示のもと龍脈の栓を取り除くための土木作業を行った。
旅館に戻ると、すでに夜中だった。私たちは、土木作業の疲れも相まって部屋で倒れるようにぐったりしていた。
「あーあ、温泉にでも浸かれればなぁ。だけど今は温泉に入ると体が痒くなるしなぁ」
「そうですね。そのためにも早く龍脈が復活すると良いのですが」
美海は今日の土作業で出来てしまった擦り傷だらけの手や腕に絆創膏を当てながら同調する。
「ごめんねぇ。嫁入り前の乙女の肌に傷つけちゃって」
「それはお姉さまも一緒です。ホラこっち向いて手を出して」
「はぁーい」
美海は私の手を優しく握り、ささ剥けた指や枝で切った腕などにやさしく軟膏を塗る。
「ほら、服も脱いでください」
「何もしないでよ?」
私は浴衣を脱ぎ、下着姿で美海と対面した。
「相変わらず、キレイな肌。はぁ……」
「ベタベタ触るな。あんた触り方がエロイのよ」
「あっ……」
美海は骨董品を舐め回すかのように肌に触れていたが、私のわき腹の違和感に触れて手が止まった。
「この傷って、水龍様との戦闘で……」
「あぁ、これね。まだ完全には傷が塞がってないかも。だけどもう痛くないよ。少し痒いけどね」
「こんなっ。こんな傷を作らせるために依頼したわけじゃないのに……」
「いつものことよ。この仕事選んだ時から生傷なんてしょっちゅうよ」
泣き出しそうになる美海の頭を撫でながら、私はゆっくりと諭した。
「仕事ってそんなものよ。自分が持っている何かを引き換えに対価を得る。時間だったり、知識だったり、体力だったり、プライドだったり。それが自分以外の他人のためになるから、金銭が得られるの」
とはいえ、私の仕事論は“人のために”と言うところで、いつも引っかかっているんだけどね……。
私は別に人間のために仕事しているなんて意識はない。いつも動植物や自然のため、そして精霊たちのためを思って仕事をしている。それが結果的に人の恩恵として返ってくるだけだ。
私の仕事は、人間が人間足り得るための基本であり根幹であるのに、どうしても世間から軽視されがちである。
このことを考えるとき、いつも私は人間の愚かさと言うか傲慢さに勝手に呆れてしまう。手前勝手な話だ。
「青姉さま?」
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事しちゃった。気にしなくていいわよ。どうせ今回の仕事以外でも傷跡なんてあるんだから」
「でも……」
「今日は大変だったね。榊さんって、無口でとっつきにくかったでしょう」
「無口ですよね。青姉さまが居ない間、ほとんどしゃべらなかったです。だけど私のことをよく気にかけてくれました。作業の途中で困ったりするとさりげなく合いの手を入れてくれたり、アドバイスしてくださったり、適宜休憩を挟んでもらったり」
「あのやろー。私には厳しいくせに」
「結美さん、編美さんという方が榊さんを好きになる理由が何となく分かります。とても慈悲深い方で、暖かく包み込んでくれる。そんな人物だと思うのですが」
「えー。そうかなぁ。ただのムッツリじゃないの?」
「それに、ちょっと岡崎先輩と雰囲気が似てるんですよね……」
どこがだ? 美海も変なことを言う。背が高いこと以外、榊さんとカズの共通点なんてあるか? あっ、私に対して辛辣なところは似てるかも。
「美海さん。そこでカズの名前が挙がるなんて。やっぱり?」
「ゲスな勘繰りは止めてください。私、岡崎先輩は本当にダイキライなんです」
ぷくーっとむくれる美海。
「ごめんごめん」私はつんつんと美海のほっぺを突っつく。
「ぷふぅ、も、もうっ。やめてください」
美海は息を吐きだしてしまい、怒りつつも表情が緩んだ。
「そんなことをする人には……過激なスキンシップでお返しだぁ」と美海が抱き着いてきた。「どうや、ええか、ええのんかぁ?」
「きゃははははっ。やめて。こちょこちょしないで。私くすぐり弱いのぉ」
「それそれそれぇ!」
「あはははっ! もっ、もうやめてぇ」
「おい青子。今日のことだが……」
隣の部屋で休息していた榊さんが唐突に乙女の花園に侵入した。
「「あっ……」」
「……すまん、邪魔した」
瞬時にふすまを閉じる榊さんだった。
――*――
「榊さん。一つ言っておきたいことがあるんだけど」
「すまん……」
正座する榊さんの大きな身体がどんどん小さくなっていくようだった。
「女性の部屋に入るときは、必ず相手からの返事を待って入りなさい」
「すまない」
「何より、ノックもせずに入るのは無作法です」
「ノックはしたのだがな……」
「えっ? 聞こえなかった」
多分じゃれついていたから、ノックの音に気付かなかったのだ。
「カギが空いていたから大丈夫だと思った」
「青姉さま。また部屋のカギを掛けること、忘れましたねぇ」
美海は微笑みながら私に顔を向ける。しかし能面の様な笑顔の裏に、般若の雰囲気を纏っており、とても怖かった。
「えっ。えっ。もしかして私が悪いって流れ? いつの間に流れが変わった? いやいや、これはどれだけ言い訳しても榊さんが悪い」
「その通りだ。俺に配慮が欠けていただけだ」
ぐぐぅ。そこは「いや、青子が悪い」と言ってくれないと。ますます私が悪者になってしまう。
「まっ、まぁ榊さんも反省しているようだし、今回のことは、これで水に流します」
「そうか。助かる」
「ふーん……」美海は私に何か言いたげだった。
「とっ、ところで榊さん、何しに来たの? ガールズトークに混ざりたいの?」
「ガールズトークは毎日双子に付き合わされているから間に合っている。そうではなく、お前はあの鬼門の件についてどう思う?」
私は真剣に考えた。
榊さんの言うことはつまり「水龍から逆鱗を奪えるほどの実力者に心当たりはないか?」ということだ。
水龍と対峙できる実力を持つ人間など全国でも一握りだろう。
どの分野にも共通して言えるのだが、ある一定のレベルに達すると、関わる人間が淘汰されて極端に限られてしまう。これを俗に「世界が狭い」とも言うのだ。
つまり、榊さんのようなトップクラスの人間と、何らかの形で関わりがある者の可能性が高い。
「可能性としては……」私は九ツ釜で【池田】と言う青年に力を貸した【地枯衆の参謀】のことを伝えた。
「一般人がお前と対等に戦えるレベルの霊装具を?」
「そうよ。神社というフィールドじゃ無ければ死んでたかも」
あの時は神域の力を借りたので、私も何とか勝つことが出来た。
「青子が苦戦する相手か……」
榊さんは、またもしばらく私の胸をじっと見ていた。どうやら彼の思考スタイルは、目の動きすら止めるほど一点集中するらしい。
いや、もしかすると本当に私の魅力的なバストを見ているのかも。
「俺はお前を邪険にしたことはあるが――」
榊さんは顔をあげ、唐突に話を切り出した。
「邪険にしてたんかい!」
「過小評価したことは無い。だから言うが、お前の力は業界でもトップレベルだ。そんなお前とサシで殺り合える道具を作る輩。これは由々しき事態だ」
榊さんは、タカのように鋭い目つきで、私を睨む。正確には私を通り越して未だ視えない敵を睨んでいるようだ。
「そいつを野放しにしてはいけない。いずれ俺と同じように世界を転覆させる大罪を犯すぞ」
「わかってるって。瀬戸さんにもちゃんと報告したよ。だけど、あの集団って神出鬼没じゃん。代表者どころか構成人数すらわからないのにどう探すのよ」
「そこは地道に調べていくしかない。それが遠回りのようで、一番の近道だ」
あー、この人のコツコツと積み上げる思考パターンって合わない! まどろっこしい! ブレイクスルーしたい! 積木崩しのようにバラバラにしてやりたい!
「それだと効率悪いし無駄が多いよ。もうちょっと簡単にできる方法はないの?」
「お前の考え方は、昔の香坂に似ているな。なまじ才能がある人間の発想だ。それだと本当に大事なものをいずれ失うぞ」
「ムゥ……」
私は納得いかなかったが、榊さんの実感がこもった口調に反論が出来なかった。
「今回の件も、地枯衆の参謀と言う奴が起こした可能性が高いな」
「ホント、一撃離脱型というかゲリラ的で、嫌気がさすわ」
彼らの陰気臭いやり方に辟易しつつ、夜は更けていった。




