―調査7日目― 中編 獄卒の榊ドン!
○前回のあらすじ
青子一行は、水龍の逆鱗に効く軟膏を作るために、水龍が独占している龍脈とは別の龍脈を探し出そうとしていた。
山林を駆け回り、黒虚精霊(穢れ)の不自然な流れを発見し、その後を追うことにした。
黒虚精霊の流れる場所に向かった私たちは、ちょうど岩肌による断層になった壁にぶち当たった。
周囲は相変わらず緑木がうっそうと生い茂り、昼なのに光が当たらず、空気も重く、気分も落ち込みそうな薄暗い場所となっていた。
「ここで黒虚精霊は居なくなったな」
「ねぇ。すごく嫌な気配を感じるんだけど」
「そう思うのも無理はない。この場所は鬼門と繋がりかけている」
「なーる。だから黒虚精霊が消えたと」
「鬼門って?」美海が訪ねる。
「簡単に言えば、常世と幽世とを繋げる門のこと。そしてこの場所は、鬼門の発生を予見させる、揺らぎが発生している箇所」
「そんなモノ、自然発生的に現れるんですか?」
「ごくたまーに。まれに。希少に。僅かに」
「それって、ほぼ無いってことですよね」
鬼門自体は日本中たくさんあるんだけど、バイパスが繋がりそうなほど大きな穴は99%人為的に発生した可能性が高い。こんなものを作る集団なぞ知れている。
そう地枯衆だ。
「こんな山奥まで来て、ゲリラ活動なんて暇なんだか物好きなんだか」
「そうか? 地枯衆の本懐ではあると思うが」
「そうだけどさぁ。あぁ、もう! ホント、はた迷惑な奴ら!」
地枯衆の活動目的は「常世と幽世の融合による世界の混沌化」である。
今でも世界は十分カオスな状況だと言うのに、国産物語のイザナギとイザナミじゃないんだから、これ以上、世の中をグルグルとかき混ぜようとするなよ。
「俺は地道な活動ぶりに少し感心したがな。それに、ここは龍脈の枝道らしい。ごくわずかに龍脈の気配を感じる。目の付け所が良い連中だ」
「榊さん、ニヤニヤと悪い顔になっているよ。ホント、こういう陰謀めいたこと好きだね、男って」
「あっ、アレ!」
美海が指差す方を見ると、そこには古く錆びたかんざしが巨大な貝殻の様なモノを貫通して岩肌の壁に突き刺さっていた。
そして、気化した燃料が漏れだすように、その箇所から何らかの力場が発生しており、空間を歪めていた。
「これっ、もしかして……」
「あぁ、かんざしと逆鱗だな。これで龍脈の流れを止め、陰陽のバランスを崩させ、常世と幽世の揺らぎを促進させているな。場所と言い細工と言い、手が込んでいる」
そうだ、素人作業ではない。地枯衆でもここまで出来る人間は少ないだろう。それと同時に、どうやってあの逆鱗を剥ぎ取ったのか。とも疑問が浮かぶ。
「それじゃあ、早速――」
私は精いっぱいの力で、かんざしを引き抜こうとしたが――
「ふんぬっ、くっくっ……ぬっ、抜けないぃ」
かんざしは全く外れる気配が無かった。
「はぁ……。ダメ、ムリ。榊さん、交代」
「ふんっ!」
気合とともに、一気に力を込める榊さんだったが、それでもビクともしなかった。
「これは無理だな。龍脈が詰まっていて、人の力では抜けん」
「えーっ。それじゃあどうすればいいの?」
「どうやら、あの穴の龍脈を押し出してやる必要がある」
「つまり膿を絞り出すようなものですか?」
美海の例えは、実に的を得たものだった。龍脈がパッキンのように固く栓をしていることが、抜けない原因であると榊さんは解説した。
「もしかして龍脈の逃げ道を私たちが作らないといけない?」
「そうだな。喜べ青子。お前の好きな地道で面倒で、コツコツとした作業だぞ」
「いーやーだぁー。そんな作業が好きな奴なんて、精神的マゾだー!」
「龍脈を流すには、地場を整え、霊道を作らなければならん。この作業は実に繊細で、少しでも調和が崩れると龍脈は途切れる」
榊さんは私達に龍脈の作り方のレクチャーを専門用語を交えて教えてくれたが、つまりは、ガーデニングの様な土いじりを行うことが結論であった。
ただの土いじりなら畑を耕して、肥料を与えて、水を適度に撒けば作物は育つ。
だが今回の相手は龍脈である。つまり人間の理解に苦しむ意味がわからない理不尽な作業を強いられるのだ。
「一つ積んでは父のためー。一つ積んでは母のため―。もう一つ積んでは、祖父のため―」
その一例がこの石積み作業で、賽の河原で延々と石積みをさせられる罪人まがいのことをさせられる。鬼に崩されないだけマシだけど。
「榊さん、木の枝と枯葉や草はどこにおけばいいのですかぁー」
「そうだな。まずは枯葉や草を小さくしろ。そして、この土山に均等にばらまけ。その後、木々を思わせるように密集して刺せ」
「そっ、そんなことに意味があるのですか?」
「黙って手を動かせ」
そう言いながら榊さんは周囲の土をどんどん掘り出し、山の様なモノを作ったかと思えば、狭くて深い穴を作るためポーリング作業をしたりと、子供の砂遊びのように荒唐無稽に土をいじくっていた。
「青子、石積みはそこじゃない。こっちだ!」
榊さんは仕事となるとホントに厳しい。昔ながらの職人のような顔つきになって殺気立ってて恐い。私も美海も榊さんに怯えながら作業を行っていた。
「青子、川砂利を持ってこい」
「川砂利なんてどこにある? ココ山奥!」
「山を下りて、川に下って取りに行け!」
この鬼、悪魔、むっつりスケベ、スケコマシ! と心の中で罵倒しながら、私は片道30分の獣道を下って川岸に着き、手ごろな大きさの砂利をリュックに積め込み、また山奥を目指す。
作業場に戻ると榊さんは一人黙々と地ならしを行い、美海も、落葉や草を抜いては土に撒き、抜いては土に撒きを繰り返していた。美海も疲れた顔でどこか虚ろな表情だった。
「戻ったか」
「はい、お望みの品っ!」
私は押し付けるようにリュックの中身を榊さんに見せつけた。
「よしっ。もう一度行ってこい。次はもっと、リュックにみっちり積めろ」
「えーっ」
「……」
私のブーイングを遮るように、ギロッと睨む榊さん。
「わっ、分かったわよ……」
私は榊さんの眼光に負けて、再度往復1時間の道なき道をトレッキングした。途中何度も転びそうになり、枝葉が体や顔に当たりあちこち傷だらけになった。
「はぁはぁ……」
「よし、もう一往復……」
「ちょちょちょっ。ちょっと休ませてぇ」
「むっ。そうだな」と言って、銀色の装飾が施されたフタが開閉する懐中時計を見る榊さん。まるで、陸上競技のスパルタコーチみたいだ。
「今日はここまでにするか」
「きょっ、今日は。ってどういうこと?」
「明日もやるんだ」
「えぇーっ!」
私の地獄は続く。




