4.使い魔(?)は見習い魔女に求婚する
ロレンスが強制送還されてから三日。
聖夜祭はつつがなくすんだらしい。戦の気配もないし、森のはずれまで出てみれば、遠目に行きかう人々はみな浮かれた様子をしていた。
〝未来〟は変わった。
貴重な蝋燭を使ってしまったけれど、事を荒立てずに終わったのだ。後継者争いによる内紛の回避は世のため人のため、ひいては魔女の森に棲むすべての妖精と魔物と生き物たちのためだ。大義名分があるからよしとしよう。
万が一師匠が戻ってきて蝋燭の欠品に気づかれたときのための言い訳をひねりだし、シャルはうなずいた。
藁のベッドに横たわると目を閉じる。
瞼の裏には様々な光景が浮かんだ。毛布の下の藁を見て微妙な顔になるロレンス、顔をしかめるロレンス、驚きをあらわすロレンス――。
(あいつ、本当に一度も笑わなかったわね……)
記憶の中のロレンスと同じように眉を寄せ、唇をへの字に曲げてみてから、シャルは声には出さずに笑った。
これにて事件はおしまい。
――と、なるはずだったのに。
***
太陽の光を吸い尽くす黒髪はあのときと違って艶やかに流れている。闇に溶けこみたい見習い魔女のシャルがにとって喉から手が出るほどほしい髪色だ。
そんな魔女の憧れを見せつけるようになびかせ、ロレンスは馬から降りた。
ご丁寧に馬も青毛である。黒い肌に黒い毛をもつ馬は、ぶるるんと鼻息を荒くしてシャルに首をさげた。力量のわかるかしこい馬のようだ。
つかつかと歩み寄るロレンス。見上げるシャル。
長身のロレンスが堂々とした顔つきで立っていると、たしかに貴公子然として見える。
相かわらずの不愛想のまま、ロレンスは革手袋を外し、ジャケットの袖をめくった。
「これはお前のしわざか?」
「――あっ」
ロレンスの手首の内側に、鮮やかな緋色の印紋が浮かびあがっている。
二人の輪が絡まりあい無限をあらわす意匠を形成するそれは、どう見ても――、
「契約印……!?」
「やはりお前か。俺に〝使い魔〟の契約をかけたな?」
なぜそのことを、と思うよりも先に、目の前の契約印はシャルをいたく混乱させた。
じっと見つめてくるロレンスの感情が読めないからなおさらに。
「だって――あなたは気絶してたから――魔女を受け入れなければ、契約印はつかないはずで……えっ?」
確認のために発動の条件を思い出し、シャルは思わず声をあげる。
使い魔が魔女を受け入れなければ契約印は現れない。
それはつまり、魔法がきちんとかかっていた場合、あとからでも魔女を受け入れれば契約は結ばれるということだ。
ロレンスが一歩前に出る。
気圧されて、シャルは一歩あとじさる。
「お前のしわざなんだな?」
「は、はい……」
どうしよう。
公爵閣下を、使い魔にしてしまった。
「それならちょうどよかった」
愕然とするシャルの前でロレンスは呟いた。いいわけないだろうというツッコミを声に出せるほどの気力はもうない。
いますぐにでも契約の解除が必要だ。しかしこういった類いの魔法は、結ぶのは簡単でも解くことは難しい。しかも特級ともいえる宝剣を媒介に二人の心と魔力をつないでしまったのだから断ち切るには相応の代償がいる。七冬を超えて生きたトカゲの尻尾とか。聖夜祭の朝に摘みとられたヒイラギとか。互いの生き血とか、邪竜の黒鱗とか。
そのほかに必要な素材は――。
懸命に記憶をたどるシャルの前で、ロレンスは雪に跪くとその手をとった。
「責任をとってもらおうか」
「せきにん……?」
冷えた手先に手袋のないロレンスの指は熱かった。
押しつけられた唇はもっと。
「俺と結婚してほしい」
「……ほぇあ?」
いったいなにを言っているんだという心の困惑がそのまま口から出た。
乙女心を理解しない男は「どういう意味だ、魔女語か?」と言って首をひねっている。
「いやっ、いやいやいやいや!! なに考えてるの、公爵様が魔女を娶れるわけがないでしょう? それに……そうだ、わたしはこの森から出られないの!」
「その件ならばエリジャ殿に聞いたぞ。使い魔を得た魔女は一人前になる。だから森からも離れられる。それにシャルディリア嬢、君はもともとフォルテ領の生まれだろう」
「――!!」
またもや思いがけぬ人名地名をぶつけられ、シャルは驚愕の表情のまま完全に固まった。足元では数年ぶりに主の名を聞いたドジャが嬉しそうにニャーと鳴いている。
「なっ、なんで、師匠が……」
「ちょうど長旅を終えて我が領地へ身を寄せられていたのだ。俺から弟子の魔力がただよっていると言ってな、この腕を見てくださった」
契約印の見えるように手首をかざすロレンス。
先日の優位はすでに失われていた。そのうえロレンスは、狼狽するシャルに的確なトドメを刺してくる。
「蝋燭の夢の中で幼いころの君を見た。あの特徴的な腰布はフォルテ領の貴族階級のものだ。フォルテ領では十数年前に大規模な火災が起き、領主の家族も散りぢりになった……末娘はたしか、赤髪だと」
びゅっ、と風を切る音がして、ロレンスの頬を硬いものがかすめて飛んだ。
見れば、シャルは拳を握りしめ顔を真っ赤にしている。
ドジャがため息をつくと駆けだした。地面に落ちたシャル自身の梣杖をくわえ、主人のもとへ帰してやる。
魔女になる人間なんて色々な理由があるものだ。
だから魔女は放浪するか隠れるか。森から出てはいけないのに。
記憶の蓋がひらいて、洪水のように流れだす。
「――帰って!!」
思わず叫ぶと、ロレンスの契約印が赫く光った。その輝きにシャルはハッとして動きをとめる。対照的にロレンスは、彼女へむかって歩みよった。
シャルとロレンスは主従の関係だ。主人に命令を告げられれば、〝使い魔〟はここには留まれない。
「……急な話で悪かったな。すぐに返事を聞こうとは思わない。しかし否を聞き入れる気もない。君が諾を口にするまで俺は何度でもここへ来る。弟もそれでいいと言っている」
もはや反論する気も起きず立ちつくすシャルに、ロレンスは冷えるだろうとコートをかけた。
歩けば数十歩のところにあたたかな家につながる扉があるのにわけのわからない気づかいだ。しかしそのわけのわからなさがこの不器用な男の精いっぱいだと理解できてしまうから、鼓動は徐々に熱を帯びてくる。
離れた場所へ待たせた従者のもとへと、ふりむきもせずにロレンスは戻っていった。
(いや、ふりむいてほしいわけじゃないのよ……どうせまた来るんだし……)
そうだ、また来るのだ。
シャルが承諾するまで何度でもくるとロレンスは言った。
「……ドジャ」
「なぁに」
「あの人、本当にわたしと結婚する気なのかしら」
「そう言ってたじゃない」
「わたしが好きってこと?」
「そりゃ命を助けられ人生まで救われたら、恋心も抱くってもんじゃない?」
「ドジャ……師匠はこのこと、わかっていたのかしら」
まだ雪の中にたたずんだまま、シャルはぼんやりと思い出していた。
幼いシャルを拾った放浪の魔女エリジャは、救いの祝火に火をともし、楽しかった過去を、悲しい現在を、そして幸せな未来を見せた。
その未来の幸福の中で、成長したシャルはうつくしい緋色のドレスを着て、隣の誰かに笑いかけていたのだ。
『悲しいことは聖なる夜を超えられない。だからここへ置いていけばいい。いずれ幸せが追いかけてくる』
エリジャはそう言った。
シャルはエリジャの言葉を信じた。
エリジャは森の中に家を建て、シャルを我が子のように――というよりは魔女の弟子としての雑さで育ててくれた。
いつしか赤毛に似合う緋色のドレスは忘れ去られ、シャルは魔女として黒衣をまとい生きていくことを望むようになったけれども。
あのときに見た未来は着実に近づいていたのだ。
そしていま急にシャルの前にその姿を見せた。分かつことの難しい〝使い魔〟の関係と、〝公爵閣下〟の形を得て。
「……でも、〝未来〟は変えられるし……」
頬をあからめ、唇を尖らせながらふてくされるシャルを、ドジャがあくびをしながらながめていた。
***
――さて。
〝領主様の通い婚〟と噂を立てられながらも長らく主人の説得を試みた使い魔は、数年ののちについに魔女をうなずかせることができた。
神秘的な空気をただよわせる新妻を、領民たちは歓迎でもって受け入れた。
燃えるような夕陽色の髪の、少し年増の花嫁様。
身分の差など気にせず誰にでも明るく接し、年増だなどと言おうものなら「ヒキガエルにするわよ」とすごんでくる、それは気風のいいお嫁さんだったそうな。
時間の都合で駆け足になってしまいましたがお付き合いいただきありがとうございましたー!!
趣味を詰めこんだお話なので読んでいただけて嬉しいです!
はしょってしまってわかりにくかったかと思うところを少しだけ解説。
・エリジャはシャルといっしょにシャルの未来を見ていて、相手がロレンスであることを知っていたのでアングス領の近くに定住(しかしもとが放浪の魔女なので超適当。シャルが成長したらまたふらふらしている)。
・ロレンスの宝剣がガチだったので、シャルは地位の継承が正当に行われており、セオドアに敵意がないことを見抜いた。しかしロレンスは罪悪感から信じきれなかった。
・ロレンスは蝋燭の効果でシャルの過去の一部だけを見た。シャルも蝋燭によって救われたことを知り、同じことを自分に施してくれたシャルの内心を考えているうちに恋をする。
出せなかった裏設定も…
・ドジャは25歳でシャルより年上。エリジャは125歳。
・エリジャの使い魔が『ドジャ』のように、使い魔には自分の名前の音をとったり似た名前を付ける。
・この話を聞いたロレンスが「俺のことをロルと呼べ」と言ってくる。
・ロレンスはわりと『使い魔』という立場が気に入っている。




