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2.見習い魔女は使い魔(?)の正体を知る

 結論からいえば、どうやら男は使い魔ではなかった。

 

 自宅に連れ帰って高級そうな衣装をひっぺがしてみたところ身体のどこにも契約印は見当たらない。下着は脱がせていないからそこにあればわからないけれども。

 契約は使い魔候補が魔女を受け入れなければ結ばれないものだ。気絶していただけの男にそんな思考能力はなかったのだろう。

 

 男の身体にはいくつかの打撲痕と、毒によると思われる紫斑と呼吸の異常があった。

 

 なんて面倒くさい……と思いつつシャルは手当ての準備をした。

 男にベッドをゆずると、解毒薬をつくって飲ませ、精気を増進させる魔法陣を展開する。

 別に親切がしたいわけではなく、魔女の森で死なれるのもこの家で死なれるのもいま以上に面倒くさいことになりそうな匂いがぷんぷんしていたからだった。

 

 処置をすませてから、シャルは自分の想像が当たっていたことを知った。

 脱がせた衣服をひっかきまわしたあと、てちてちと肉球を舐めながらドジャが言ったのだ、

 

「ロレンス・ザイオン――このアングス領の領主にして、公爵様よ。使い魔さがしの魔法に反応してしまったのはこの剣のせいね……魔力を感じる。魔鋼素材に加護の付与ってところかしら。毒で死ななかったのはそのおかげ」

本物ガチモンじゃないの……」

 

 男が持っていた宝剣をつついてみる。なるほど静謐な魔力が感じられる。

 師匠の烏木エボニー杖もなかなかのものだが、格が違う。代々受け継がれし家宝といったところだろう。

 

 ザイオンの名にも聞き覚えがあった。

 つい先日亡くなったアングス領主の座をめぐり兄弟の確執が起きていると、鳥の噂で耳にした。いったんは兄が当主となったものの、弟が反乱を起こすだろうと。

 兄は傍若無人で、人を人とも思わぬ獰猛な性格らしい。

 

 そこまで思い出してしまえば、どうして森の奥ふかくで倒れていたのか――などとは間違っても詮索すまい。魔女は世捨て人、本来は漂泊の民だ。身体が癒えたら事情は聞かずにとっとと町へ帰そう……。

 

 

 残念ながら、シャルの願いは叶わなかった。

 

 丸一日も眠ればロレンスは体力を回復したようだった。

 ベッドから起きあがり勝手にそこらへんを歩きまわるので閉口する。この自分勝手で気が使えない感じ、やはり貴族だ。それも筋金入りの。

 

「なんだこれは」

 

 自分が看病されていた寝床の毛布をめくりあげて顔をしかめている。

 

わらのベッドよ。ふかふかで気持ちがいいの」

 

 まぁ嘘だ。ロレンスはしばらく考えたあとに瞳に憐憫の色を浮かべた。平民未満の存在を相手に腹が立つ想像をしている気がするが不問としよう。

 人がすっぽりと入れるほどの大きな木箱に藁を敷き詰め毛布をかけただけの寝床は、身体の下の藁に魔力を浸透させるためのもの。この藁で人形を編んだり、箒をつくったり、色々と使いようがある。

 

 ロレンスは部屋を見まわした。

 瓶に入った乾燥薬草(ハーブ)、ヤモリ、蝙蝠コウモリ、調剤用の器具の数々、魔道書の詰まった本棚、壁に掛けられた黒外套(ローブ)にとんがり帽子。

 これほどまでにあからさまな内装を見ては、一つの推測にたどりつくのは難しくない。

 

「お前は魔女なのか……赤毛」

 

 瞬間、ロレンスの目の前に烏木エボニー杖が突きつけられた。

 

 ロレンスは動じることなく無表情にシャルを見下ろしている。

 チッとシャルが舌打ちするのを「はしたないわよ」とドジャがたしなめた。シャルは髪と同じ黒色の瞳を睨んだまま、両手を腰にあててため息をつく。

 

「特別に名前を教えてあげる。シャルディリアよ。黒髪の男に赤毛と呼ばれることほど腹立たしいことはないわ。次言ったらヒキガエルにしてやるからね」

「質問に答えていないが」

「答えが必要?」

 

 杖を向け、ロレンスがふんぞりかえる椅子の肘かけをコンコンと叩くと、「咲け(bLoOM)」と一言唱える。

 すぐに木製の彫刻が軋みはじめた。と思えば、肘かけは枝葉をのばし、小さな蕾を勢いよくひらいた。重なる薄紅色の花弁の中心から芳醇な蜜が香る。

 ロレンスが瞠目した。

 

「それだけ無駄口が叩けるなら結構ね。町へ送りかえしてあげる」

「待て、魔女」

「なぁにヒキガエル」

「……シャルディリア嬢」

「なんでしょうか公爵閣下」

「魔女ならば、炎を起こし竜巻を呼ぶことができるのか?」

 

 魔法陣をひらいていた手を止め、シャルはふりかえった。

 

「それは、あなたに加勢しろってこと?」

「そうだ。俺の周りは敵だらけだ。ゆきずりの魔女のほうがまだ信用できる。金なら払うぞ」

「……あなた、勘は悪いのね」

 

 どういう意味だ、と眉を寄せるロレンスにしてやったりとシャルは笑った。無表情は崩してやってこそ映えるものだ。

 

「それに感受性にもとぼしいわ」

 

 顔をしかめてはいるものの、ロレンスは反論しない。自覚があるのはいいことだ。まだ救いようがある。

 

「魔女は森から出てはいけない。師匠せんせいにきつく言いわたされていることよ」

 

 本当は〝()()()魔女は森から出てはいけない〟なのだが、シャルが見習いであることも当の師匠が弟子をほったらかして世界周遊の旅に出ていることもロレンスには関係がない。

 

「言いつけを破ればわたしもあなたもヒキガエル」

「チッ――」

 

 ガラの悪い舌打ちを漏らすロレンスをシャルはにやにやとながめた。

 意地の悪い真似はこのあたりにしておこう。そろそろドジャにも怒られるだろう。ねこのくせに獲物をいたぶることを好まない理知的な憐みを持っているから。

 

「冬至の日にはね、家中を掃除し、借りた金を返す。一年でもっとも魔の強くなる夜に備えて、悪いものを祓うのね。そして晴ればれしい気持ちで聖夜を迎える」

 

 シャルは硝子戸のついた大棚の前へ立つと一つの蝋燭を取りだした。黄色く小さな円柱の側面には、呪術的な紋様が彫りこまれている。この繊細な溝が気流の流れを混乱させて炎は舞い踊るように拡散する。

 そしてその炎の揺らめきが、時空をじまげ、幻想を見せるのである。

 

魔蜜蜂ハニー・ビーの蜜蝋でつくった、救いの(ChRIstMaS)祝火(-caRoL)――過去、現在、未来を見せる魔法の蝋燭ロウソクよ」

「そんな蝋燭がなんの役に――」

 

 みなまで言わせずにシャルはマッチをすると蝋燭に火をともした。花の蜜の蕩けた蝋が甘い香りを運んでくる。

 

「今日は聖夜祭。一年の清算を終え、すべての罪を赦す日。あなたと、あなたの敵の罪が許されますように」

 

 しずかに語るシャルの声を聞きながら、ロレンスの意識は闇にひきこまれた――。

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