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追放された幼き聖女は増殖する保護者たちに溺愛されています(改題しました)  作者: はぴねこ


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31 大きなトカゲ 03

お読みいただきありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけますと幸いです。

 広大な森の上空を飛ぶドラゴンに掴まれているという情けない状態でアルスターはトリスティアに声をかける。


「トリスティア! 大丈夫かい?」


 トリスティアはドラゴンの前足の上にいるが、風圧によって転げ落ちるということもなく、座っていた。

 ドラゴンは魔法を使うと言われているので、きっとそうした力でトリスティアを守ってくれているのだとアルスターは思った。


「わたくしは大丈夫ですが、アルスター様は大丈夫ですか?」

「乗り心地は良くないけれど、大丈夫だ」


 アルスターはそう痩せ我慢をして答えたのだが、トリスティアにはすぐに痩せ我慢だとわかってしまったのか、心配そうにアルスターを見つめる。


「ドラゴンさん!」とトリスティアはドラゴンに声をかけた。


「アルスター様もこちらに乗せてほしいです!」


 ドラゴンは自分の前足の中のトリスティアを見つめる。


【聖女は逃げない?】

「逃げません!」

【聖女のお願いならいいよ】


 そうドラゴンはアルスターをトリスティアの隣に乗せた。


 トリスティアのことを守るつもりが、助けられてしまったことは少し情けなかったけれど、ひとまず、何かあってもすぐに守れる距離にトリスティアがいてくれることにアルスターはほっとする。


【ママ! 聖女を連れてきたよ!】


 ドラゴンは森の奥深くに来ると、ゆっくりと高度を下げていく。

 徐々に、アルスターとトリスティアの目にも、巨大なドラゴンが身を丸めてうずくまっているのが見えた。


【ママ! しっかりして!】


 アルスターとトリスティアを連れたドラゴンは母親であるドラゴンの隣に降り立った。


 母ドラゴンの大きさにアルスターは言葉を失って見上げた。

 子ドラゴンも決して小さくないが、母ドラゴンは子ドラゴンの三倍もあろうかというほどの巨体だった。


 その母ドラゴンがゆっくりと目を開けて、我が子を見つめた。その瞳には生気はなかった。


【坊や、戻ってきてしまったの? 私のことはもういいのよ】


 子ドラゴンは美しい青色だったが、母ドラゴンの鱗は黒くくすんだような色をしていた。


【ママ、諦めないで! 聖女を連れてきたよ! 偉大なる存在に愛された聖女だよ!】

【聖女……人の子が、我らドラゴンの元に来たというのですか?】


 母ドラゴンの瞳は虚ろで、視力もかなり落ちているようだった。


【そうだよ! この子、僕らのことも怖がってない! とってもいい子だよ!】


 子ドラゴンは母親の目の前にトリスティアを持っていったが、やはり、母ドラゴンの虚ろな目は、トリスティアに焦点が合っていなかった。


【まぁ、そのような人の子がいるのですか?】


 母ドラゴンの声は、少し驚いているようだった。

 子ドラゴンの視線がトリスティアに移る。


【聖女! ママを助けて!】


 悲痛な子ドラゴンの願いを受け止めるように、トリスティアは頷いた。

 トリスティアはゆっくりと深呼吸して、歌い出す。


 トリスティアの美しい声に反応するように、その場の空気が澄み渡るように気持ちのいいものに変わっていくのをアルスターは感じた。

 ドラゴンの周りに漂っていた淀んだ空気がどんどん綺麗になっていくのだ。


 トリスティアの伸びやかな声がまるでドラゴンを包み込むように、ドラゴンの鱗に艶が出てきた。


【ああ……これは……】


 どことなく辛そうな表情を浮かべていた母ドラゴンの表情が和らいだ。


【まるで、毒が抜けていくように、体が楽になっていく……】


 伸びやかな声で歌っていたトリスティアの体がゆらゆらと揺れ始め、自身が紡ぐリズムに乗り、ゆったりと踊り始め、くるりくるりと回転した。


 歌に合わせて手が動き、足が動き、くるりくるりと回転し……その愛らしい踊りをアルスターが微笑ましく見つめていると、トリスティアの周りにキラキラと美しい光が見える気がした。


 きらりきらりと輝く何かがトリスティアの動きに合わせて生まれ、そして、トリスティアの額の印も少し光り輝いている気がした。


「トリスティア……」


 一体何が起こっているのだろうかとトリスティアを見つめていると、額の光は徐々に収まり、いつもの状態に戻った。

 そして、トリスティアの歌とダンスも終わったようだった。


 母ドラゴンはすっかりと穏やかな表情になり、体調がいいのが窺える。

 トリスティアの歌の途中からはだいぶ体調が戻り、視力も取り戻したのか、しっかりとトリスティアを見つめていた。


 歌と踊りを終えて、トリスティアは母ドラゴンと目があった。

 その瞬間、トリスティアは自然と口が動き、言葉を紡いでいた。


「青く美しいドラゴンは、大公国の守護竜となりて、大公国を守り、繁栄させる……」


 ぽつりぽつりと、トリスティアは言葉を漏らした。


「トリスティア? どうした?」


 何やら予言めいたことを口にしたトリスティアにアルスターは首を傾げた。


「わかりません。言葉が自然に……」


 アルスターはトリスティアの言葉に怪訝な表情になる。


 こうした啓示を受けるのは、喜びの聖女のはずだ。

 しかし、トリスティアは悲しみの聖女だ。


「どうして、トリスティアにその力が……」


 アルスターはトリスティアの前に跪き、トリスティアの顔を覗き込む。

 体調が悪そうなところはないが、急に別の聖女のような力が顕現したことは気になる。


 不思議に思っていると、母ドラゴンがおかしそうに笑った。


【ふたつの役割を持つ聖女が生まれるところに立ち会えるとは、これは僥倖】


 アルスターはドラゴンに尋ねた。


「二つの役割を持つ? つまり、トリスティアは悲しみの聖女としての力と喜びの聖女としての力を持っているということか?」


 母ドラゴンはゆったりと頷いた。


(ならば、聖王国の喜びの聖女はどうしたのだろう?)


 アルスターはそう不思議に思ったが、それを口に出すのはやめた。優しいトリスティアが気にするといけないからだ。


【私も息子もこの小さな聖女がいる限りは、この国を守り、繁栄のために力を貸そう】

「この国……森は、大公国でも、聖王国でもないのだが?」

【しかし、今、この辺り一帯は聖女が浄化したのだから、聖女のものと言っても過言ではないだろう】

「私としても、トリスティアの成果として渡してあげたいが、国の問題だから簡単には言えないよ」


【ふむ】と母ドラゴンは目を細めた。


【人間とは面倒なものだな。しかし、我々のことは受け入れてもらうぞ?】

「大公国にいたいというよりは、トリスティアの傍にいたいということだな?」

【そうだ】


 母ドラゴンも子ドラゴンも頷く。


「それならば問題ないだろう。トリスティアはドラゴンが好きなようだからな」


 トリスティアはずっと母ドラゴンをキラキラとした眼差しで見つめていた。

 母ドラゴンはトリスティアに視線を向けて、微笑んだ。


【お礼をしなければいけないね】


「それなら」とトリスティアの瞳が期待で輝いている。


「撫でてもいいですか?」


 母ドラゴンがきょとんっとする。


(意外に、ドラゴンの表情というのもわかるものだな)


 そうアルスターは思った。


【それがお礼になるのかい?】

「はい!」


 いい返事である。

 母ドラゴンはトリスティアに顔を近づけて撫でさせてくれた。


【坊や、この小さな聖女を守っておあげ】


 母ドラゴンは楽しそうに笑って、子ドラゴンに言った。


【わかった!】


 子ドラゴンは無邪気に返事をしたが、アルスターは困った。

 子ドラゴンとは言えど、大きいのだ。


「このような大きなドラゴンは城の庭にさえ入れないぞ!」


 ドラゴンがトリスティアのものになるのは別段構わないが、トリスティアのいる城に住むというのは問題だ。そんな広さはない。


【大丈夫!】


 ポンっとそんな音でもしそうな様子で、子ドラゴンは急に小さくなった。

 まるでちょっと太った猫くらいの大きさである。トリスティアでもなんとか両手で抱き上げることができるくらいのサイズだ。


 ドラゴンの子供は早速、トリスティアの腕の中に飛び込んだ。


「一緒に来てくれるの?」

【その子が、あなたのことを守るわ】

「私もあなた達を守るわ!」


 トリスティアの言葉に母ドラゴンは少し驚いたようだったが、すぐにその目を優しく細めた。


【それは、頼もしいね】


 子ドラゴンも、トリスティアもアルスターも、みんな一緒に母ドラゴンの背に乗って、フランツやグランヴァイツたちが待っている森の入り口まで戻った。

 フランツたちは驚きにその目を見開いていたが、トリスティアとアルスターが無事なことを喜んでくれた。



 

 その頃、喜びの聖女の神殿では、サンドラがもがき苦しんでいた。


「サンドラ様、お薬を持ってまいりました」


 巫女が持ってきた痛み止めの効果のある薬湯を奪い取るように飲み干し、それでもサンドラは額を抑えて、身を丸めて痛みに耐えていた。


「う、うう……」


 うめき、涙を流すことしかできず、ベッドの上でサンドラは身を丸めていた。


 その症状が出始めたのはトリスティアを追放してから少ししてからだった。

 額の聖女の証のあたりが熱くなったり、チリチリと痛むような気がした。しかし、それはそれほど気になる痛みではなかった。


 しかし、日が経つにつれて徐々にその痛みは増していき、聖女の印は赤黒くなった。

 それを隠すためにヴェールをして王太子に会うようになった。


 しかし、王は、ヴェールの下を見ることもなく、サンドラの状況を知っているようだった。

 それなのに、王は医師を呼ぶこともなく、サンドラを神殿に謹慎させた。


 王に命じられて謹慎するようになってからも額の痛みはどんどん増し、聖女の印はどす黒くなり、今や印の形などわからない状態になっていた。


 あまりの痛みに神殿どころか、自室からも出ることはできない。激痛によって歩くことさえもできないのだ。

 巫女たちが痛み止めの薬湯を用意してくれるが、そのようなものは慰み程度のものでしかなかった。


 聖女の証は今や罪人の烙印のように真っ黒になり、その黒は徐々にサンドラの顔に広がっている。


(どうして……わたくしがこんな目に……)


 サンドラは涙を流した。


「ひっ!」と、巫女の口から短い悲鳴が漏れた。

 しかし、痛みに呻いているサンドラにはその悲鳴は聞こえなかった。

 そして、巫女も、自分の口を両手で塞いで、それ以上は声を上げないように堪えた。


 今や、サンドラの目から流れる涙まで、黒くなっていた。


 その様子を見ていた巫女は思った。

 やはり、自分たちの聖女は、とんでもない罪を犯したのだと。


第一部完結です。

第二部開始までしばらくお時間いただきます。

楽しみにお待ちいただけますと幸いです。

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