08.帰宅
書くのは初めてですので、不備がありましたらお願いします。
村を出てから数十分ほど経ったか、ようやく家が見えてきた。
正面の門を抜け、玄関前に荷馬車を止めると勢い良く扉が開かれる。
「ルクスくーん…………あれ?」
ウルト姉さんか……恐らく御者台に座るリトナを見て、首を傾げているのだろう。残念ながら、俺は荷台で横になっているのだ。
「ずるい! そんな所で隠れて! 私も行きたかったのに!!」
……早くも見付かったか。
「お姉ちゃん、ただいま」
「おかえり! 私も行きたかった! 置いていくなんて酷い! ずるい!」
「ごめんなさい。急に話が決まって……でも、お姉ちゃんに特別なお土産を買ってきたから」
「うーん、…………分かった」
……ちょろいなんて思ってはいない……断じて。
とりあえず姉の癇癪が治まったので、まずは帰ってきた事を伝えないとな。
荷馬車を降りて鞄を取り、背中に張り付く姉をそのままに、玄関先で待っている両親の元に向う。
「お父さん、お母さん、ただいま」
「うん、お帰り。色々あるが、まずは無事で何よりだよ」
「お帰りなさい、ルクス。話は後にして、まずは家に入りなさい」
ただ村に行って帰ってきただけなのに、なんだこの……あ、祖父母の家や神殿にも寄ろうと思っていたのに忘れた。……まあ、明後日にも行く予定だからその時で良いか。
期間の報告もそこそこに、まずは水場に行って体を拭く。
トイレの脇にある、手や顔を洗ったりする場所だが、俺には自室が無いのでここに仕切りを立てて使っている。気温は外とほとんど同じなので寒いし水も冷たいが、どうも体を拭かないと気持ちが悪い。
こういう場合、自室が無いと不便だよな。
まあ、家の中も大して暖かくないから、どこで体を拭こうとも変わらないとは思うが。
元日本人としては浸かれる風呂が欲しいところだが、お湯の供給とか考えると現実味が湧かないんだよね。水道水をボイラーで温めて……そんな時代がいつかは来るのかな。
ここの水も、使用人が井戸から汲み上げて、桶で運んで補充してくれている訳だし、水周りは本当に不便だ。
魔法でお湯を入れても良いけど、浴槽の維持管理や掃除とか、使用後の排水とか、排水から来る環境面への配慮とか、……面倒な事しか浮かんでこない。
あ、自分用だけなら……と、桶に手を入れ、火魔法で暖める。外気との差ですぐに湯気が出始め、周囲の気温も若干上がった様だ。
「あれ? けむり? ……湯気が出てる!」
姉のウルトの声が……なんでそこに居る?
さすがに中には入ってきてないみたいだが、声の感じから扉を開けすぐ外で待機している様だ。
……まあいいか。そんな事よりも、今は暖まったお湯で布を濯ぎ、体を拭く事に専念する。
はあ、気持ちいい…………けど、暖かい分、冷めた時の温度差が大きく余計に寒く感じる。やっぱり風呂に入りたい!
凍えそうな体を早々に拭き、用意してあった服に着替えて外に出ると、予想の必要も無く姉ウルトが待っていた。
「やっと出てきたー」
そう言いながら俺の脇を抜け、水場に入っていく。
「ルクス君、さっき湯気出てたでしょ?」
「え? いや、分からないけど」
湯気の正体が知りたかったのか。
でもお湯はもう排水溝に捨てたし、熱を持った桶なんかも風魔法で冷やしたから証拠は無い。
そもそも、姉さんが見ていると知った時から、湯気が仕切りから出ない様に魔法でコントロールしていた。
…………ああ、そうか、馬車や寝る時みたいに空気を暖めつつ、お湯で体を拭けば良かったのか。くそっ、次からはそうしよう。
姉さんは確証が得られずに訝しげな表情のままだが、面倒な事になりそうなのでこのまま知らない振りで通す。
しかし、風と自由の神ベンク様から賜った加護や、恩恵の『風魔法』があるから風の魔法が使える事は理解できるが、加護や恩恵の無い他の魔法が使えるのは何故なんだろう。
勇者の時と同じ様な感覚で何となく使ってはいたが、改めて考えるとおかしい。
まあ、おかしいのは今に始まった事じゃないし、今は出来る事を一つずつ片付けて、余裕がある時にでも考えればいいか。
◆◆◆
「さて、どうなったか聞かせてもらえるかい?」
姉に手を引かれて大広間に移動し、今日あった事を両親に報告する。
「エルバさんとドラッツさんと言う鍛治屋さんと知り合い、色々と頼んできました」
我ながら、何とも適当な報告だな。
これが社会人だったら上司にドヤされてるだろう……三歳児で良かった。
「それは上手く行っていると言う事かな?」
「うーん、まだ分からないかな……僕の考えた物に、色々と手を加えてもらっているところだから」
父は一枚の紙を見ながら俺の説明を聞いている。恐らくリトナからの報告書か何かだろう。時折、メモを取っている様だったし。
「うーん、さすがに小金貨とかは出せないのだけど……」
「お父さんやリトナさんの話を聞いて、もっと安く出来ないか考えてもらってて、駄目なら駄目って言ってました」
まあ、いざとなったら『収納庫』の金を使って製作し、販売利益からドラッツ親子に報酬を渡す事にしたとか、やり様は幾らでもあるし……まあ、何とかなるだろう。
「それで、また明後日に、リトナさんに付いて村に行きたいです」
「うん、それは構わないが、今ここで言うと……「私も行くー」……ってなると思うよ」
なに? 練習したの? という完成度で、父の言葉の間に姉の声が差し込まれる。
しかしこれはミスったな。同行されると色々と不都合が出てくる……。
「私も行く! ルクス君だけずるい! 寂しいもん!」
俺の鞄を俺に向けながら……良くもまあそんなに言葉がぽんぽんと出てくる物だ。しかし、この鞄にはどんな意味があるのか……ああ、そっか。
「はい、お姉ちゃんへのお土産だよ」
鞄を受け取り、中から土産を取り出す。
「あ、リボンだー」
姉に買ったのはリボン。肩より少し長めのフワフワとした金髪だが、走ったり転がったりと活動的なので髪を纏めるリボンを買ってみた。
「ごめん、僕は結び方知らないから、お母さんかキーシャさんにお願いして」
「んっ」と、頭とリボンを俺に向けられても困る。やろうと思えば出来なくは無いだろうが、綺麗に纏めたり、可愛くしたりといった事は経験がないので自信が無い。
幅広の物が二本入っているのを二つ買ってきたので色々と遊べるだろし、そういうのは使用人達に任せよう。
「お父さんとお母さんにはこれ」
両親には雑貨屋で売っていたビスケット。近くのパン屋が作った試作品らしいけど、味見をして美味しかったので買ってきた。
ちなみにお値段は一枚で小銅貨一枚……高すぎだろう。まあ、異世界物の定番の砂糖や油が高いとか、そんなのが理由だろうけど。
一人十枚ずつと考えて二十枚入りの物を買ってきたが、これ位あれば、ちょっとしたお土産としてもアリだろう。
「キーシャさんにも……数が少なくて悪いけど、皆で分けてね」
そう、両親と同様にビスケットが二十枚入った木箱を渡す。
キーシャさんは祖父の代からここで働いてくれていて、実は両親よりも年上だ。乳児の頃から世話になっているし、これ位の気遣いはしても良いだろう。
使用人で分けると一人四枚になってしまうが、そこは勘弁して下さい。
兄達へのお土産は……居ないから後だな。
今回、全員分のお土産で消費したのは銅貨一枚……銅貨は本当に頼りになるな。
「最後に、お姉ちゃんにもう一つお土産があるんだけど……」
「なになにー?」
と、伸ばされる姉の両腕をかわし、薄布に包まれているそれを父に渡す。
「これは、お姉ちゃんに何か買ってきてくれって、お父さんが頼んだ物だから、お父さんから受け取ってね」
そんな言葉に逡巡している姉へ「絵本なんだけどな」と囁けば、さすがは五歳児、誘惑には勝てなかった様で渋々ながらも父と向き合う。
「昨日は酷い事を言って済まなかった……少し配慮が足りなかったよ。これからは気を付けるので許してもらえないかな。これはそのお詫びにルクスに買ってきて貰った物だ、受け取って欲しい」
「……わたしも悪い態度でごめんなざい」
姉はぎゅっと父に抱きついた後に絵本を受け取り、母の元に駆けていった。
良い話……なのか? まあ、一件落着という事で。
「おとうさん、良かったね。あとこれ、お釣り」
「ああ。あとそれはルクスが持っていなさい、何か必要な時が来るかもしれないからね」
お釣りは銅貨六枚、絵本一冊が銅貨四枚もするなんて思わなかったけど、その効果はあったか……。
絵本をチョイスしたリトナには、また何か美味しい物でも買ってあげよう。
そうこうしている内に夕食となり、その為に兄達が二階から降りてきたので早速お土産を渡す。
長男のシーザーには栞、青い半透明でプラスチックの様な質感だが、水トカゲと言う生き物の革製だ。銀が散りばめられていて、ちょっと良さ気な物を選んでみた。
次男のディルには幅広の革紐で、兄の好きな赤色。染められているのかと思ったが、赤色兎と言う生き物の革らしい。木剣の握りもボロボロになっていたので、巻き直す革としても使えるだろう。
「ディル兄ちゃん、少し良い?」
「ん? どうした?」
「借りた革鎧の事なんだけど、手入れをしてから返そうと思って。方法を教えてくれないかな」
夕食をとり終えたところで、忘れていた兄の革鎧についての話を持ち出す。
「あー、別にそのままでもいいぞ? 今日は大して使ってないし、そんなに汚れてないだろ?」
「うん、そんなに汚れてはいないけど」
「なんだ、ディルは使えないのだから、ルクスにやったら良いじゃないか」
また父は余計な事を……。
表情を曇らすディルに、なぜ気付かない。
「うーん、僕は鍛錬とかしないし、きっとすぐに駄目にしちゃうから、ディル兄ちゃんが持ってた方が良いと思う。ディル兄ちゃんは大事にしてるみたいだし」
使えない革鎧をあそこまでしっかりと管理していたんだから、何か思い入れがあるんだろうさ。
「そうか? それなら二人の好きなようにするといい」
その後、ディルに連れられて二階に行き、兄達の部屋で手入れの方法を教えてもらう。
ブラシで汚れを取り、油性のクリームを塗って放置、最後に乾拭きして終り。
簡単な方法だけだが、教えているディルも楽しそうだったので、こういう事が好きなんだろう。
◆◆◆
翌朝、朝食も無事に済ませ、今日の過ごし方を考える。
加護や恩恵に魔法の事、考えたい事は多いけど、誕生日だった日から色々とありすぎたので、今日はゆっくりと本でも読んで過ごそうかな。
それとも、家や敷地内の探索か……部屋に戻って二度寝もありか。
「ルクス、ちょっといいかしら?」
「ん? なに?」
母さんが俺を呼び止めるなんて珍しいな。
何か用があっても、大抵は父さんを通して話を進めるんだが……。
「魔法の事なんだけど、今はどの位使えるの?」
「うーん、どの位って言われても、説明が難しいよ」
「……そうよね」
魔法関係? 何だろう、まったく話が見えない。
それにどの位と言われても、自分ですら把握できて無いんだから、説明のしようが無い。
何かステータスを確認出来る方法があれば別だけど、そんな話は見聞きした事が無い。
「魔法がどうかしたの?」
「魔法というか、魔力かしらね……。ルクスはビネロジューティって知ってる?」
ビネロジューティ?
ビネは魔法とか魔力にもある『魔』にあたるし、ロジューティはそのまま『道具』だから……おお、魔道具!
刻印型の魔術で、魔力を流すだけで特定の魔法が発動するやつでしょ?
魔力を貯めておく機能を持ってて、魔力の補充さえしてもらえば、魔力や魔法適性が無い人でも魔法が使えるってやつだ!
創作系では有名だけど、この世界にもあったんだな。
「うーん、知らない。聞いたこと無いけど」
でも、読み漁った本の中にはその単語は書かれてなかったし、会話でも聞いた事が無かったので、知らない事にしておこう。勘違いや先入観は怖いもんな。
「そう、魔道具は魔力を補充すれば、色々な事が出来る様になる道具なのよ」
「ん?」
やっぱりか……もっと詳しく。
「そうね、例えば魔力が補充された道具を使えば、お母さんでも火を出せる様になったり、ルクスの様に風を起こしたり出来る様になるのよ」
「うん……」
要領を得ないな。もっと要点だけ……って、三歳児に説明しているんだから仕方ないか。
こっちからあれこれ聞くのも不自然だし、ここは我慢だ。
「それで、その魔道具が家にあるのだけど、……試しに魔力を補充してくれないかしら」
なるほど、そう言う事か。……って、家に魔道具があるんだ、何それ楽しそう。
魔道具が家にあって、魔力を補充して欲しいか……もちろん快諾した。
でも、なんで今まで使わなかったのか、家の中でもそんな物見た事ないぞ?
「そんな物があるんだね、どうして使わないの? 便利そうなのに」
「魔力を補充できる人が居なかったのよ。貰った時に家に居る全員で試したけれど、ぜんぜん魔力が足りなくて、みんな具合が悪くなっちゃったの……」
ああ、魔力切れの倦怠感とか鈍痛とかか。
どの世界でも同じなんだな。
「そっか、分かったよ。やってみる」
両親や使用人、兄姉からは魔力を僅かしか感じないから、誰も動かせなかったのか。
それで『風魔法』の恩恵を賜った俺と言う事ね。
まあ、何かに利用出来るかもしれないし、面白そうなのでやってみるかな。
「それで、その魔道具って言うのはどこにあるの?」
「そうね、……どこにあるのかしら」
……おい。
「倉庫にしまってありますが、室内で使用するのはいささか問題があるかと」
場所はキーシャが把握している様だが……確かに火が出るかもと言われて、そのまま室内で試すのは怖い。
「倉庫って二階の? だったら中庭でやれば良いんじゃないかな。近くに階段があるし、一階に下ろしたら洗濯場からすぐ外に出せるし」
そういう言う訳で、母を連れて中庭に移動する事にした。
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