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帰れなかった勇者の新・異世界生活  作者: 乙三
西都への旅編
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70.ネメレイ


 さて、雨で外出しないとは言え、ただぼーっとしているのも勿体無いので先に洗濯を済ませる事にした。

 最近出番の無くなってきた上着とかはそのままでも良いけど、下着や肌着を着まわすのは嫌だからな。


 ここの宿の井戸には屋根があるのでそこで洗濯をして、それらを部屋に干し終えて一息ついていると、予想通りに雨も止み日が出てきた。

 洗濯終わりの太陽か、なんだか気分が良いな。

 今日は良い日になりそうだ。


 女主人に一声掛けてから宿を出て、教えられたとおりに中央広場に着くと、すぐに冒険者組合が見付かった。

 天気も含めて、何となく良い気分のままに元気よく扉を開けたはいいが、目に映ったのは屈強な男達が殴り合いをしている世界だ……。

 建物を間違えたのかと思って外の看板を確認するが、残念ながら合っている。


 どうやら依頼書の取り合いが起こり、殴り合いの喧嘩に発展したようだが、職員や周囲の人達は止める様子も無いので日常茶飯事という事なんだろう。

 先程までの好調から一気に現実へ引き戻された感があるが……しかし殺伐としているなあ。


 と、さすがにそんな所に混ざる気にも巻き込まれるのもゴメンなので、掲示板とは反対側の本棚のある近辺に移動する事にした。

 職員に話を聞くと、本はこの建物内であれば自由に読んで良いそうなので、喧騒が収まるまでは読書でもして時間を潰すか……宿を出る時は良い気分だったのに、現実はこんなもんだよな。



 それからどれ位経ったか、この辺りで採集可能な植物の載った数十ページ程度の図鑑を数冊読み終える頃には、職員の筆音が聞こえる程度に組合内も落ち着きを取り戻していた。

 さっそく掲示板の方に移動して、残っている数枚の依頼書を見てみるが、採集系はもちろん狩猟系の依頼も無く、残っているのは荷物の運搬の依頼などだけだった。



「カストンへの手紙の運搬、銅貨五枚か……」


 隣街のカストンまでは二日の距離なので、運搬系の中でもなかなか好条件の依頼だ。

 なぜ残っているのか不思議に思ったが、ここを拠点にしていたら戻って来なければならないし、それを考えると四日で銅貨五枚じゃ割に合わないか。

 稼ぎは別にしても、四日間歩き詰めで野営もあるんじゃ、ここで採集や狩猟をした方うが楽だもんな。


 それに方向が良くない。

 この街ネメレイから西都方面へ向かうのには二つのルートがある。

 一方はここから南下して、主街道に出てから東へ進むルート。

 もう一方はこのまま東進して、突き当りの川沿いに南下するルートだ。

 大抵の旅人は主街道に出るルートを選ぶだろうし、カストンのある東進ルートを行く人も少ないだろう。

 まあ、俺が行こうと思っているのは東進ルートだし、ついでに依頼を受けても良いとは思うけど、配達の依頼は初めてなので、まずは詳細を聞いてからだな。



「すみません、これの詳細を教えてもらいたいんですけど」

「はいはい、……え? これ受けて頂けるんですか? ありがとうございます」

「いえ、まだ受けると決めたわけじゃありませんよ」


 受付に居たのは成人したてと言うような若い女性職員だった。

 いきなりお礼を言われて焦ったが、まずは荷物の量と期日がどれ位なのか聞かないとな。それに報酬の支払われ方もだ。

 ここまで戻ってこなきゃならないなら、面倒なので申し訳ないけど断るしかない。



「失礼しました。えっと、それで聞きたい事とは何でしょうか?」

「期日と、荷の量と、報酬の支払われ方です」

「はい、少し待ってくださいね……えーっと……期日は『急ぎ』とだけしか。もう張り出してから五日経っていますし、期日を設けても無駄だと判断したんでしょう」


 これは商業組合に出すべき依頼だったんじゃないのかな。商業組合なら各街を回るだろうし……でもこの街に組合が無かったら意味無いか。

 『他所の街への配達』が『他所の街の商業組合への配達』に変わるだけだしな。

 


「次に荷物の量ですけど、千ミデム程ですね」


 大体二キロくらいか……それなら問題ないな。



「最後に報酬ですが、配達先は街長宛になっていますので、街長から依頼書に受領印を貰い、それをいずれかの冒険者組合に提出して頂ければ、それと引き換えで報酬が支払われます……どうでしょう」


 ふむ、悪くはないか。

 依頼書は西都で提出すれば良いだろうし……まさか西都に冒険者組合が無いなんて事はないよな。



「いずれかの組合って、西都の冒険者組合でも大丈夫ですか?」

「ええ、もちろんです」


 うん、西都にもある様で安心した。



「あと、出立は明日の予定なんですが、大丈夫ですかね」

「本日ではないんですね……そちらも『期日なし』なので大丈夫ですよ。ただ、他の方が受けられるかもしれませんので、確約は出来かねますが」

「ええ、それで構いませんよ」


 まあ、絶対に受けたいという依頼でもないし、無くなったらそれはそれで特に思う事は無い。


 

「あの、……一緒に他の街への運搬依頼も受けて頂く事はできませんか? 複数件纏めて受けていただけるのでしたら、依頼の予約と言う事も可能ですし」

「全体の総量とか期日とかにもよりますが、西都までの通り道であれば構いませんけど」

「本当ですか? 少々お待ち下さい」


 カストンの先となると、真っ直ぐに東進した先にあるホクソウの街か、ホクソウと西都の中間にあるクイナセの街か。

 いずれにせよ、その二つの街なら通り道だから問題ないけど、街道から外れた『○○村』とかだったら迷いそうだし少し困るな。

 

 そんな事を考えながらも戻ってきた職員の話を聞くと、カストンの他にホクソウとショクラという街への依頼があるそうだ。

 ショクラはカストンから北東に進んだ場所で、ホクソウと合わせてちょうど三角形の頂点に当たる位置にある。



 

「――なので、まずはカストンに行っていただいて、そこから北上してショクラへ。ショクラから川沿いに南下してホクソウに……という感じでお願いしたいのですが、いかがですか?」


 ショクラに寄る事で三日分の道程が増える事になるが、これ位なら問題ない。

 荷物の総量も七キロ程だし、報酬も満足のいく金額だ。

 デメリットは、荷物を破損したり紛失したりした時に依頼未達成で組合の評価が下がるくらいか。



「うん、大丈夫そうなのでそれでお願いします」

「ありがとうございます。それでは明朝、お待ちしておりますね」


 そういう訳で、成り行きで依頼を受けてしまった。

 今日は確か十五日だから……普通に移動すれば西都には三十日頃に着く計算になる。

 うん、予定通りだ。

 もっとも、何時も通りに三日掛かる所を二日で移動すれば、さらに余裕は増えるけどね。


 さて、依頼を受けたとは言え、今日は何も予定が無いのでこのまま街を見て回る事にした。

 まずは何時も通りに街の中心にある石造りの祠へ。

 中を覗くと薄紫色の石柱が祭ってあったので、ここは星と知恵の神イ……あれ、名前をど忘れした。

 …………駄目だ、全然出てこない。

 これから拝む神様の名前を忘れたままと言うのも気持ちが悪いので、近くにいた女児に後ろから声を掛ける。

 


「はい、お花ですか?」

「え? ……ああ、うん」


 花売りだとは気付かずに声を掛けたが、さすがに聞く事だけ聞いておしまいと言うのも失礼だし、少しは買った方が良いよな。


 

「三本で小銅貨一枚になります!」


 そう、元気よく答える少女の持った籠には、どこかで摘んできたのか栽培しているのか、色取り取りの花が入れられていた。

 この季節には良く見掛ける花々だが、こうして束にされるとそれなりに見栄えがする。



「綺麗だね、どこかで育てているの?」

「いえ、施設の……わたしの住んでいる所の畑に生えていた物です」

 

 服装からそうじゃないかとは思っていたけど、やっぱり孤児院とかそう言う関係なんだろうな。

 まあ、祠の両脇には空っぽの花瓶があるし、少し多めに買ってあげるか。



「そっか、それじゃ三十本貰えるかな……そうだ、ここの神様の名前って分かる?」

「はい、ここの神様は星と知恵の神様で、イテス様です」

「そうだ、イテス様だ。物忘れで出てこなかったけどすっきりしたよ、ありがとう」


 生まれ変わってからは何かと物覚えは良い方だと思っていたが、まさか固有名詞をど忘れするとは……しっかりしろ、俺。



「いえ、お役に立ててなによりです。花束はこのままで良いですか?」

「ああ、祠に供える為の物だから、十五本ずつ二束にしてもらえるかな」

「はい、それでは小銅貨十枚になります」


 えーっと、……あ、小銅貨が七枚しかないし、銅貨も無い。

 ああ、そういえば宿を出る時に今日の宿泊代と、洗濯に使った井戸の使用料を払うのに使ったんだった。

 さすがに小銀貨のお釣りは持って無いだろうし、どこかで両替……と、辺りを見回しても屋台は無い。

 どこかの店で両替するのもな……。



「お釣りってあるかな?」

「えっと、ごめんなさい。小銅貨四枚しか持ってません」


 そう言ってポケットからそれらを取り出し、掌に乗せて俺に見せてくる。

 いや、疑っている訳では無いんだが……仕方ない。



「それじゃ、小銀貨一枚でその花を買って、お釣りは施設への寄付という事にしようか」

「すごい、小銀貨なんて初めて見た!」


 結局、全部の花を買った事にして必要な分以外は肩掛け鞄経由で『食料庫』へ入れ、少女と一緒に祠に花を供えてお祈りをした。

 その後、少女は小銀貨を手に施設へと帰って行ったが、額が額なのでいちおう俺の泊まっている宿を教え、何かあったら言いに来いと言い含めておいた。


 まあ、偽善も甚だしいが、無駄使いをしなければ残金でも西都までなら十分持つだろうし、たまにはこういう事をするのも良いだろう。

 


 その後は、食料や薪を補充しつつ雑貨屋と服飾屋、それに鍛冶屋などを見て回ったが、特に目新しい物は無かった。

 どうも街は画一的と言うか、無難な線で纏めている節がある。

 旅をする上での必要な物は充実していて助かるが、やっぱりその土地の物を見るなら街ではなく村だな。


 そうは思いながらも更に街を見てから宿に戻り、翌朝、予定通りに冒険者組合に寄って荷物を受け取り、そのままの足でネメレイを後にした。


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