06.村へ
薪ストーブを作るに当たって目処が立ちそうだったが、作れる人、作ってくれる人を探さないと。
俺が作っても良いけど、そうなると加護や恩恵の事も話さなきゃいけなくなるし、材料の入手経路……異世界や神様云々も、場合によっては話さなきゃいけなくなる。
アイデアだけ出して製造や改良は任せる、これが理想だけど……うーん、専門家の意見も欲しいから、鍛冶職人がベストだよな、やっぱり。
父さんに頼んで鍛冶屋を紹介してもらうか?
……はあ、都合よく、どこかに野生のドワーフとか落ちてないかな。
「……ねえ、お父さん。この村に鍛冶屋さんって居る?」
「ん? 鍛冶屋? うーん、二軒あったかな。……どうしてか聞いても良いかい?」
ここは正直に言うべきか……。少々危ういが、後々の事も考えると変に誤魔化したりするよりは良いだろう。
「さっき考えていた、もっと家の中が暖かくならないかなってやつなんだけど、僕じゃ作れないから鍛冶屋さんかなーって」
「うーん、それは私じゃ駄目なのかな」
「お父さん、鉄とかを箱みたいな形に出来る?」
「ああ、ごめん。それは鍛冶屋の仕事だな……しかし、そんな物で何とかなるのかい?」
「そういうのも聞いてみたいから鍛冶屋さんかなって」
「なるほどなあ……とりあえず、お母さんにも聞いてみようか」
三歳児が暖房についてアイデアがあると言っても、対応としてはこんなものだろうな。
逆に、詳細も聞かずに快諾する様な父親じゃなく良かった。
「あら、お父さんと一緒に戻ってきたのね」
「うん、途中で会ったから、お話しながら戻ってきた」
そう、ちらっと父さんを見る。
「ああ、それで話の内容なんだが、ルクスが鍛冶屋を紹介して欲しいらしくてね」
「鍛冶屋? 何か欲しい物でもあるのかしら」
「それが、どうやら部屋を暖かくするとか、そんな物らしくてね……それで、どうした物かと」
「そうなの? ルクス」
「暖炉みたいに家の中で火を使うけど、暖炉よりも暖かくなると思うんだ」
詳しく説明しても分からないだろうから、大雑把で掴みやすいイメージの話だけをすればいいだろう。
「良いんじゃないかしら。駄目なら駄目と鍛冶屋もそう言うでしょうし、ルクスも諦めやすいと思うの」
「そうか、……分かったよ。鍛冶屋へは行っても良い。ただ、さすがに一人ではね」
「なら、リトナの買出しに同行させたらどうかしら。キーシャ、時間的にそろそろでしょう?」
そんな言葉に「はい、少々お待ち下さい」と、待機していたキーシャは部屋を出て行く。多分、リトナの様子を見に行ったのだろう。
少し経ってから「お待たせ致しました」と、キーシャがリトナを連れて部屋に戻ってきた。
「リトナ、今日の買出しはこれから行くのかな?」
「はい旦那様、洗濯も終わりましたので、これから向うところです」
普通に仕事をしていたら、主人に呼び出されて……この聞き方じゃ、終わってなくても終わったって言っちゃうよなー。俺のせいでなんかゴメンよ。
「そうか、実はルクスが村に行きたいようでね……お目付け役をお願いできないかな」
「村に……はい、畏まりました」
「日没までに帰ってきてくれれば、他は自由にしてて良いからね、宜しく頼むよ」
買出しの為の準備をしに行ったのか、実は洗濯がまだ終わってなくて、急ぎ水場に戻ったのかは分からないけど、リトナは部屋を出て行く。
次いで、父さんも席を立つ。
しかし、とんとん拍子に村行きが決定したな。
「ルクスは準備しなくて良いの?」
「うーん、ディル兄ちゃんと体を動かしたあとに着替えたし、持って行く物も無いし……特に無いかな」
家の中は例の如く寒いので、そのまま外に行っても問題ない格好になっている。
上着を厚手の物に換えても、村まで歩いたら汗を掻きそうだし、このままでも問題無いだろう。
所持品に関しても、個人の財布だって持ってないし、スマホみたいな携帯端末がある訳でもない。それに、いざと言う時に必要な物は『収納庫』に全部入っているしね。
と、どこかに行っていた父さんが戻ってきた。
「ちょっと早いとは思うが、ルクスへ贈り物だよ」
そう言って差し出したのは、三歳の体には少しだけ大き目の肩掛け鞄。
濃い茶色の革製で、細かな傷があるから誰かが使っていた物だろう。
「これは私が使っていた物だけど、大事にしてくれると嬉しいな」
「ありがとう。大事に使うよ!」
「本当はもうちょっと大きくなってからと思っていたけど、いい機会だしね」
鞄の中には、小さな布袋に入った銅貨が三枚……これは財布か。
それと、斧をモチーフとしたディアレ家の家紋が入った短剣が一振。
最後にハンカチ……お出掛けの際の必需品だね。
一応、母さんにも分かるように、一つずつ机に並べる。
「村に行くんだから欲しい物もあるだろう、その為のお小遣いだな。使っても良いし使わなくても良い。そういうのはルクスが思った通りにしなさい」
「はい」
「それと、うちは小さいながらも貴族だから、いつ何があるか分からない。その為の短剣だけど、抜く時は責任と覚悟をもって抜きなさい……まあ、ルクスは魔法が使えるから、そっちの方が早いかもしれないが一応な」
「はい」
「最後の織物は、手を拭くなり汗を拭うなり、好きに使うといい……そういう布を、旅立つ子に持たせるという風習があるからね。旅とは少し違うけど親心というやつだよ」
「お父さん、ありがとう。全部大切にするね」
おお、一気にお出掛け装備が整ったな。
聖剣だけ渡してお終いだった、ギアニカの神ビセルとは大違いだ。
「良かったわね、ルクス。それにしても随分と早く渡したわね。シーザーとディルには、確か八歳頃じゃなかったかしら? 気持ちは分からなくも無いけれど」
「少し早いとも思ったけど、村に行きたい、何かをしたいと、自発的に言い始めたらあげようと思っていたから」
「あなたがそう言うなら……でも、ルクスにだけ色々あげて、余計ウルトに嫌われちゃいそうね」
「う……し、仕方ないじゃないか、これは男の慣わしなんだから」
こういう風習があるんだな……時間が出来たら書斎に行って、そういう関連の本を読むのも良いかもしれないな。
そうこうしていると「旦那様、準備が整いました」と、キーシャが呼びに来たので玄関に向う……途中、父さんに「ルクス、その、何かウルトにだな……」と、小銀貨を一枚握らされる。
ウルト姉さんに甘すぎだろう……男親ってこういう物なのか?
しかし小銀貨か。小銀貨は銅貨十枚分の価値がある……姉の機嫌取りの価格が、俺の旅へのはなむけの約三倍な件について……。
そんな父の一面を知りつつ玄関を出ると、小型の荷馬車が見えた。
「リトナさん、今日はよろしく」
「はい、ルクシアール様。こちらこそよろしくお願いします」
リトナは確か十七歳だったかな。茶髪を後ろでまとめた小柄な体躯で、溌剌とした女性だ。
俺が一歳の時にうちに来てから、ずっと洗濯を担当していて、当然、俺のおしめも彼女が洗っていた……申し訳ない。
◆◆◆
「急にこんな事になってごめんね」
「旦那様が呼んでいるってキーシャさんに言われた時は、何かやらかしてしまったのかとヒヤヒヤしましたよ」
「ははは、でも買出しも担当してたんだ。一度も見た事無かったから知らなかったよ」
「お昼前には洗濯は終わりますし、買出しも普通は裏手から出ますからね」
出発してから数分後、荷台に座り、御者台のリトナと世間話をしている。
そりゃ、使用人が正面から出入りする訳は無いか。
「それで、今日はどんな御用なんですか?」
「鍛冶屋さんに行ってみたいんだけど……二つあるみたいだけど、場所は知ってる?」
「鍛冶屋……ええ、大丈夫です。何か頼まれ事ですか?」
「…………貴様にそれを聞く覚悟はあるのか?」
「えっ!?」
「……まあ、それは冗談で、ちょっと作って貰いたい物があってさ。色々と相談もしたいし……って所かな」
「そう言う冗談は怖いので止めてくださいよ。もう、おしめ洗ってあげませんよ?」
「もう、おしめは卒業したじゃないかー」
…………
「「ふふふ」」
と、こんな感じで気軽に話せる、貴重な使用人だったりする。彼女も彼女で、使用人としての心構えが希薄というのもあるけど。
それに、この世界では成人しているとは言え、十七歳という年齢を考えれば、まだまだ甘い部分が残っているのも仕方ない事だろう。
「冗談はさておき、ほら、家の中って寒いでしょ? それをどうにかしたくてさ」
「なるほど……でも、お屋敷はまだまだ良い方なんですよ? 私の実家はもっと北にあって、もーっと寒いんですから」
「北って言うとクシミール山の方?」
「そうですそうです、ヒキトって場所なんですけど、ここと迷宮都市との間くらいにある場所で、山から来る風と雪が凄いんですよ」
「作ろうとしている物も、そういう場所にこそ必要な物かもしれないなあ」
「出来上がったら一個下さいね、実家に送りますから……あ、あまり高価な物だと無理なので、出来れば私の年収で納まる程度でお願いします」
「まあ、どうなるかは鍛治屋さん次第かな、駄目なら駄目で別の方法を探すけど」
「上手く行ってくれれば……あ、ほら、トラル村の入り口が見えてきましたよ」
「おお、本当だ。この間来た時は、箱馬車であまり周りが見えなかったけど、結構大きな村なんだね」
家から南東へ進んで十分程、今回の目的地でもあるトラル村が見えてきた。
ん? ここが村の入り口……それじゃ、俺が住んでいる家は何て場所なんだろう。
「大体三百人くらいが住んでいるんですよ。今は冬季で農家も暇が多いから、余計に人が多く見えますねー。日中は冒険者とか他所からも人が来ますから、今は更に多いと思います」
ここまでの道中、両側は畑っぽかったので農家が多いのだろうが、そこそこの規模の村に見える。一家三人と考えても、百戸近くの家が揃っているのだから中々に壮観だ。
それに、今しがた聞いたとおりに、冒険者風の格好をした人達もそこそこ居る。
おっ、角の生えた人が! 獣人か魔族か……あ、『鑑定』……牛の獣人か。この世界にも居るんだなー。
「あれは獣人ですよ」
注視していたので気付かなかったが、御者台に身を乗り出していた様で、その視線からリトナは察した様だ。
「……獣人って何だろうね」
「どういう事ですか?」
「うーん、僕やリトナさんは人間でしょ?」
「ええ、そうですね」
「で、彼らも人間だけど、牛だったり犬猫だったりする訳だ」
「ええ」
「その違いは何だろうなって」
別に差別する訳じゃないし、モフモフは素晴らしい物だと思う。正しい回答が欲しい訳じゃないが、前から何となく思っていた疑問を口に出していた。
「……そうですね、ルクシアール様は男ですよね」
「うん」
「そして私は女です」
「そうだね」
「男女で体の造りが違うし、同性同年齢でも体格差はあります。きっとその程度ですよ」
「…………リトナさんは賢いな」
「そうですか? まあ、これでも色々と勉強していますからね」
そういう意味で言ったんじゃないけど、『ふんす』と胸を張る様な雰囲気を出しているのでそっとしておく。
何となく出した話題だったが、差別主義じゃなくて良かった。
ストーブが出来たら融通してやろう。
「それで、どうしますか? 先に鍛冶屋に行きますか?」
「えっと、買出しって後からでも大丈夫なの? 品物が無くなったりとか、お店が閉まったりとかしない?」
「今日は馬車を使ったので、普段より早く着きましたから大丈夫だと思いますよ」
「僕を鍛冶屋さんで下ろして、その間に買い物をしてくれても良いけど」
「それは駄目って言い付けられていますので……」
そりゃ三歳児だもんな、一人行動なんて許可される訳無いか。
それに今日は馬車って、普段は歩きなのか……これからはもう少し労わってあげよう。
「それなら、一つ目の鍛冶屋さんに行った後でお買い物して、その後に二つ目の鍛冶屋さんに……っていうのはどうかな」
「それが良さそうですね、では早速行きましょうか」
最初に案内された鍛冶屋は、結構大きな所だった。煙突が三本飛び出た横長の建物で、店の外にも金槌の音が聞こえてくる。
防音装置があるのか、店内に入ると金槌の音は薄れ、代わりに客の喧騒が溢れていた。
客は冒険者が多い様に見えるが……。
「あの、特注品をお願いしたいのですが出来ますか?」
「いらっしゃい! って、子供? 特注品って子供用の鎧でも作るのか?」
「いえ、鎧とか武具ではなく、生活用品なのですが」
「はは、特別な鍋でも作るのか? 金はある? 特注だと高くつくけど」
「……そうですか、わかりました」
と、カウンターの男性に話し掛けるも、手応えが無かったので早々に鍛冶屋を後にする。
「どうしたんですか?」
リトナも店内に居たが、少し離れた場所に居てもらい、何かあったら出て来て貰おうと思っていた。
「うーん、ここの鍛冶屋さんはなんか嫌だな」
「腕が良くなかったとか?」
「それもあるけど、一番は人かな」
「はあ……」
「まあ良いや、ほら、買い物しに行こうよ」
商売人とは、ああ言うものかもしれないけど……せめて何を作るのかは聞いて欲しかったな。
気持ちを切り替えて、今度は買い物だ……どんな物が売っているのか興味が湧く。