28.深夜の鐘
どこか慌ただしい雰囲気で目を覚ますと、窓の外から鐘の音が聞こえる。
カンカン、カンカン、カンカン――
二回一組の鳴らし方は、確か非常事態を告げるものだ。
何通りかある鳴らし方も一応は子供の頃から教わっているが、時刻を知らせる物以外に鐘の音を聞くのは初めてだった。
しかも音の強さや方角から考えると、発生源はうちの近くの緩衝地帯との境界にある物見櫓からだろう。
とりあえず何かあったのは間違いないので、外出用の服に着替えて剣帯と鉈を装備し部屋を出ようとすると、扉をノックする音が。
「ルクシアール様、起きてますか? …………失礼します」
と、リトナが部屋に入ってきた。
「おはよう。大丈夫だよ、起きているから」
「何があったかは確認できていませんが、ひとまず一箇所に集まっておくようにと旦那様から言い付かっております」
「うん、分かった。他のみんなは?」
「各々の担当者が起こしに行っております」
「そっか、ありがとう。それじゃ行こうか」
リトナの案内で一階の執務室兼書斎に移動する。
元々二部屋だったが、壁を抜いて一部屋にしたため、それなりの広さがある……俺が産まれてすぐにいた部屋もここだ。
壁は分厚く、暖炉……今はストーブも置かれているので、非常時にはシェルター扱いされている。
「お母さん、お姉ちゃん、おはよう」
「……ルクスは随分と落ち着いているのね……」
姉は母の腰にしがみついて顔をうずめている……これで寝ていたら笑い話になるんだけどな。
「お父さんは? もう行ったの?」
「ええ、境界の門の所に行って指揮を取るのが仕事ですからね」
そうだよな、領主だもんな。
と、扉がノックされ開かれる。
「し、失礼します」
ああ、新人の使用人達も避難しにきたのか。けど、入り口のドアの前で立ち尽くしている。
「ほら、そんな所に立ってないで、中に入ってストーブの所に」
そう言って、ようやく動き出す。一年以上はここで働いているが、接点が少ないせいかまだ少し距離があるな。
とは言え非常時だ、みんな俺よりも年上だが、今は我慢して言う事を聞いてもらおう。
しかし、こうも人が集まると……。
「リトナさん、照明と板の魔道具は倉庫?」
「はい、お持ちしますか?」
「いや、僕も行くから付いて来て」
そこそこ広い部屋とは言え、あれだけ人が集まると酸欠とまでは行かなくとも空気が悪くなる。
灯りも蝋燭だし、ストーブも使っているなら尚更なので対策を講じないと。
「リトナさんってお茶の用意って出来たっけ?」
「失礼な、私だってちゃんと仕込まれていますよ」
「ごめんごめん、今では新人の教育担当だったね……あと、何かお腹に入れられる物は無いかな」
「そうですね、ビスケットなら相当数が備蓄してあります」
それに何か食べて暖かい物でも飲めば、多少は不安や緊張も解けるだろう。
「じゃあ、とりあえずそれを出して……そう言えば他の人達は?」
「キーシャさんとハストさんはシーザベルト様のところへ連絡に、サリスさんは屋敷周辺の警戒、バーノンさんは境界へ詳細の確認に行っています」
「優秀な使用人達で助かるね」
お世辞抜きに適材適所を踏まえた配置で感心する。
サリスもあれで戦える人らしいからな。
「――とりあえずこんな物かな?」
それら全てを板の魔道具に載せて運ぶ。
「ああ、曲がり角に一個ずつ照明の魔道具を置いていってね。何があるか分からないから、蝋燭の使用は少なめでいこう」
「……はい、承知いたしました」
照明の魔道具は全部で五個。曲がり角は四箇所あるから、そこに置いておけば厨房はもちろんトイレや水場に行く時にも問題は無いはずだ。それで残りの一個を部屋に置けば大丈夫だろう。
「あ……」
「ん? どうしたの?」
「いえ、道具は持ってきましたけど、水を忘れたと……」
「ああ、魔法で出すから良いよ。あまり大っぴらに使いたくは無いけど非常時だしね……内緒で頼むよ」
「はい、かしこまりました」
部屋の前まで来たところで、鍋とポットに熱湯を注ぐ。
リトナの事は信用しているし、非常時だから仕方ないよな。
「ただいまー、それじゃあお茶の準備をするから手伝ってね」
と、室内に入り、新人使用人達に声を掛ける。
灯りも蝋燭から替えた事で室内も明るくなり、暗い雰囲気もどことなく薄れただろう。
そんな雰囲気を察したのか、姉も母から離れてお茶とビスケットに興じながら、使用人とリバーシで遊んでいる。
「お母さん、ちょっと良いかな」
姉が他の事に夢中になっている今しか無いと、母を室外に呼び出す。
「どうしたの? ルクス」
「うん、僕もちょっと境界まで行って来るから、母さんには言っておこうと思って」
「……理由を聞いてもいいかしら」
「僕が冒険者だから……って言うのじゃ駄目?」
「そうね、それならまだ十歳なのだからと反対されてお終いよ」
「…………僕には力がある。その力を隠して領兵に被害が出たら、僕はずっと後悔すると思う」
「…………」
「その被害者は、僕にとってのお父さんやディル兄ちゃんと同じ様に、誰かの父や兄、そして家族だと思うから……」
「駄目だと言っても聞かないのでしょう?」
「まあ、……そうかな」
「そう…………分かったわ、いってらっしゃい」
「うん、ありがとう」
もっと反対されるかと思ったけど……。
父や兄の事を出したのはちょっと卑怯だったかな。
「ただね、その被害が出て欲しくないと言う中に、私の家族で息子のルクシアール、あなたも入っている事を忘れないでちょうだいね」
「うん、それじゃ行ってきます」
離れにある裏口から外に出て、飛行魔法で一気に飛んで高度を取る。
今日は三日月なので視界は悪いが、その分、境界の篝火がよく目立つ。
ともあれ、今やるべき事は情報収集だと、高度を下げて人目の無い場所に降り、境界の門へと向かう。
「誰だ! 止まれ! ……子供? ってルクシアール様?」
「うん、ご苦労様。どんな状況なのか教えてくれる?」
「はっ、どうやら森から魔物が多数出てきて……って、お屋敷から出たら駄目じゃないですか! 御領主様に怒られますよ?」
「ちゃんと許可は貰ってるから、大丈夫だよ。それより続きを教えてよ」
「本当ですか? それなら、まあ……えっと、冒険者の村って分かりますか?」
「緩衝地帯と森を隔てている川沿いにある小さい村でしょ? 冒険者が作ったって言う」
父から聞いた話では、宿屋が二軒に雑貨屋が一軒だけの、簡易な補給所といった場所らしいけど。
「はい、当初はそこで防衛線が築かれました。が、寝込みを襲われたのと魔物の数が思いのほか多くて敗走したようです」
「それでその人達がここに逃げ込んで、さっきの鐘?」
「はい、その通りです」
「魔物の規模は?」
「冒険者の話によると、亜人が五十前後だそうですが、念のためトラル村の冒険者組合にも早馬を出して援護を要請しに行っています」
亜人と脳内変換しているものの、要はゴブリンやトロールなど、人っぽいが人ならざる者の総称だ。だから単に五十と言っても、大型、中型、小型と、多種が混ざっていると考えるのが妥当だろうな。
「そっか、ありがとう。……じゃあ、怒られる前にもう帰るね」
「やっぱり! 今回は大目に見ますが、もう勝手に出歩いては駄目ですからね」
門を閉ざして防衛の構えになるだろうから、五十前後なら領兵だけでも大丈夫か? それに冒険者の援軍も来るなら……。
しかし、真っ直ぐここに来ればいいけど、散開して他所の領や防備の薄い所に行かれても困るし、とりあえずは飛んで行って先行偵察か。
人目の無い場所まで移動し飛行魔法で緩衝地帯へと侵入すると、風の魔法で障壁を張って一気に加速する。
「うう、……加減速時のGがキツい」
ほんの数秒で緩衝地帯のほぼ中央、およそ一.五キロ地点まで来る事が出来たが、どうも魔法の制御が甘くなっている様だ。
ともあれ、高度を下げて魔力を薄く広く放出し、魔物の探査を開始する。
「これか? 総数は十六……小型が十一に中型が五か……」
現在地より数百メートル先に亜人の集団を発見した。
この程度なら余裕だろうけど、五十というのはどこに……何個かに分かれているのか? と、更に探査範囲を広げる。
そうして感じ取れた敵の全容に俺は唖然とした。
「なっ…………五十とかそんなレベルじゃ無いだろう、これは……」
探査に引っ掛かったのは、最初に見つけた集団と同程度の物が近くにあと二つ。
さらにその奥には、無数の反応が川の様に列をなし押し寄せていた。




