29.元勇者の力
「……こりゃさすがに一領軍で対処できる範疇に無い。それこそ王軍が出なきゃ無理だろ」
とはいえ、王国に軍を要請した所で、ここに来るのは早くても二ヶ月前後は掛かるはずだ。
それにこれから雪が降るとなれば、春まで大規模な行軍は出来ないだろう。
敵数五十と想定した冒険者の援軍もこの数相手じゃ無力だろうし、いったん境界まで戻って報告するか?
いや、子供の妄想って思われるだけだし、強硬手段に出て信じさせてもパニックになるだけだ。
発見した十六体の集団は恐らく斥候だろうな。これが合計三個……計四十八匹。
さて、どうするか…………。
どうするかだって? そんな物の答えは一つしかないじゃないか。
そう、俺がやるしかない。そんなのは分かっている……ただ少し、……やはり怖い。
今は勇者時代の強靭な体ではなく、ただの十歳の子供そのもので、あいつらの武器は俺を簡単に殺すだろう。
…………。
…………ふう、俺はいつまで寝ぼけているんだ?
ただの子供だから怖い? 無理? 何を言っているんだ。
勇者としてギアニカに召喚された時は、戦う術も知らないただのオッサンだったじゃないか。
あれに比べたらまだ良い方だろ? 今は戦う為の力も知識も持っているんだ。
守るんだろう? 家族を、村の人達を……。
思い出せ、勇者として戦っていた時の事を。
――ふう、と息を一つ吐き、剣帯と共に鉈を『収納庫』へ……無くしたり壊したりするのは嫌だからな。
代わりに、『収納庫』から鉄剣を二振り出して両手に持ち、覚悟を決める。
剣を振る筋力や、耐えられる体が無いなら魔法で強化すれば良い……と、今までとは比較にならないほどの速さで敵に突進する。
「……風の飛刃」
両の剣に纏わせた風を眼前の敵へと飛ばせば、瞬く間に十六体分の肉塊が出来上がった。
が、こちらの剣も折れてしまう。
やっぱりただの剣では、魔力を打ち出す反動には耐えられないのだろうな。
ただ魔力で強化するだけなら問題ないのに、打ち出すと壊れる原理は分からない……。
が、まあいい、剣のストックならまだまだあると、折れた剣を捨て、また二振りの剣を『収納庫』から取り出す。
『風の飛刃』は射程が短いのが難点だが、身体強化で一気に接近すれば問題ない。とりあえず、雑魚相手ならこの方法で対応できると分かっただけでも良しとしよう。
ともあれ、残り二つの斥候部隊も同じ様に処理をし、残すは本隊であろう長蛇の列のみとなった――。
「やっぱり正面からだろうな……」
色々と策を練ってはみるものの、結局は正面から攻撃するのが一番効率が良いように思える。
稀代の軍師や名参謀がいれば、もっと良案も浮かぶのかもしれないが……。
まあ、無い物ねだりをしても仕方ないので、やれる事を精一杯やるだけだ――。
まずは敵の前衛部隊周辺に闇の魔法を。
視界が悪くなっている所で距離を詰め、『風の飛刃』で一気に数を減らしていく。
このまま反撃する間を与えずに殲滅できれば良いが……。
――それからどれ位経ったか、だいぶ数も減らせただろうと、十数本目の剣を取り出しながらそんな事を考える。
探査で周囲の状況を確認したいが、今は余計な事に魔力を使う余裕は無い。
これまでに何度か、闇雲に振り回す敵の攻撃を受けてしまい、肉は裂け骨も砕かれたが、その度に光と闇の治癒魔法で瞬時に回復している。
あとどれだけ、こんな事が続くのかは分からないが余力は残しておきたい。……と、不意にピリっとした感覚がよぎる。
瞬間、前方の敵ごと何かに横薙ぎにされ吹き飛ばされた。
「ぐっ……」
とっさに剣で防いだものの剣は砕かれ、地面に叩きつけられた衝撃で闇魔法から意識が離れ、敵の列を覆っていた影が薄れる。
「……鬼人かよ」
薄れた影から現れたのは、筋肉質で巨大な体躯に青い肌、口元には牙があり、ざんばら髪に額には特徴的な二本の角……そう、絵本などで見た鬼そのものだ。
手には幅広で長大な鉄塊が握られており、それで横薙ぎにされたのだろう。と、回復魔法を掛けながらも、周囲の状況を確認する。
すぐに追撃がくると思ったが、鬼人は吹き飛んだ俺に鉄塊を向け軽く左に払う。
……ああ、正面に来てタイマンしろと言う事か。
口角を上げて牙を見せるその表情は、どことなく笑っている様にも見えるし……人でも魔物でも、自分の力に自負がある者はこういう行動を取るんだよな。
ともあれ、この申し出はありがたい。
正直、乱戦になったら勝ち目は薄かっただろうからな……まあ、勝率の低さはタイマンでも大して変わらないけどさ。
青鬼の正面に移動しながらも新しい剣を取り出し、すでに『風の飛刃』の準備は出来ている。
正面に移動しこちらが構えると、青鬼も少し腰を落とす。それを確認すると同時に突進し、射程に入るやいなや『風の飛刃』を撃つ。
が、青鬼の鉄塊から生み出された刃風で打ち消されてしまう。
放った飛刃は突き詰めればただの風なので、外気の影響を受け、より強い風に打ち消される。ゆえに射程が短いのだが、その欠点を上手くつかれたようだ。
こういうのはたいてい脳筋のパワーファイターなんだけど、どうやら頭は回るようだ。
けど、この位で諦めて命を差し出す訳にはいかないと、新たな剣を取り出して斬りかかる。
上下左右、様々な方向と角度を持って斬りかかるも、鉄塊に防がれ剣筋を逸らされ、刃が青鬼に届く事は無い。
それを周りの亜人達が囃し立て、さらには間隙を突いた攻撃で、俺はまた弾き飛ばされる。
――まったく、なんだって言うんだ。
これだけ打ち込んでも有効打が取れないなんて……なんて体たらくだ、俺は。
家族や村を守る? この程度の力で?
……こんなもんじゃ無いだろう、元勇者は。
いい加減、本気になれよ――
……自分自身の言葉なのか、他の誰かの言葉なのかは分からないが、確かにその通りだな。
力を振るう事で、また戦いだけの生活になるんじゃないかという恐れ。
今の足りない力でも、どうにかなるかもしれないという甘え。
それを捨てろとまでは言わないが、やるべき事があるのなら……。
――剣を拾い上げて再び構え、地面を踏み抜くように強く一歩を踏み出す。
地面から帰ってくる反動も加速に利用し、その速度を乗せた一撃を青鬼に叩き込む。
そうだ、この感覚だ……勇者時代、生き残る為に振るっていた剣の手応えだ。
先程までとは段違いの速度と威力を持った一撃だったが、俺の脚と腕はその衝撃に耐えられなかった様だ。が、そんな物は魔法でどうにでもなると、瞬時に元に戻す。
青鬼はと言えば、先程までの余裕の表情はなく、鉄塊を前に出し身構えている。
「やっと思い出せたんだ、もう少し付き合ってくれよな」
と、壊れる肉体を瞬時に治しながらも、先程と同様の剣撃を鉄塊に向けて繰り出す。
魔力で強度を増した剣は折れないが、切れ味が上がる訳でもないので鈍器で殴っているような感覚だが、今はそれで良い。
それよりも、もっとだ、もっと強く、もっと早く、もっと鋭く――。
――何度目の打ち込みだろうか、ついに青鬼の持っていた鉄塊が折れた。
と、同時に隙の見えた右膝を切り落とし、返す刃で届く様になった首を跳ね上げる。
宙に舞った青鬼の首が地に落ち、少し遅れて体が崩れ、その振動を合図に亜人達が一斉に森へと逃げ返す。
追うか逡巡するも、目的は殲滅では無いので見逃す事にする…………。
というか、実は俺も結構ぎりぎりだ。
魔力も殆ど残ってないし、回復魔法を掛け過ぎたせいなのか、体の感覚も鈍くなっているしと、その場でへたり込む。
あまり魔力の余裕は無いが、いちおう探査を掛けてみるも緩衝地帯に生きた亜人は居いようだ。
あー、疲れた……やっと終わった。と、寝っ転がると東の空が白み始めていた。
夜中に起こされて、もう朝か……この世界に来て一番働いたかもしれないな。
まあ、対価が家族と村の平和だったのだから仕方ないが。




