75.少しずつ……狂い始めるようです
「ぐっ!?」
ヒュン、ヒュゥゥゥン! ビュウゥン!
「おっと……危ないですぞ」
「ちいっ!?」
マティルダは躊躇せず剣を振るっていた。
そのいざという時の護身用にベッド傍に飾ってあった剣を引き抜き、突如自分の部屋に音も無く侵入してきた初老の男性の頭めがけて全力で斬りかかっていた。
「テメェ、一体、どこから!?」
ビュンッ! ビュウゥン! ビュウン! と。
そしてマティルダが必死に振るうその攻撃の中には“威嚇での振り”というのは一切無かった……何故ならそれはこの謎の老人を“無傷で追い払ってやろう”などという甘い思考など皆無だったから、
「テメェ避けんじゃねぇ! じっとしやがれ!」
「おっと……よっと……おやおや、これはこれは自己紹介どころのお話ではありませんな。全く話を聞く前から攻撃とは野蛮なお嬢さんです……」
「うるせぇ! この気味の悪いジジィが! こんな夜更けに乙女の部屋に土足で侵入して来たんだ! だから死んでも文句は言えねぇよな!?」
そしてその彼女の行動が意味するは純粋なる殺気であり、どこの国の出身どころか名前すらも知らないが……何故かこの眼前の老人だけは、
(なんだ……こいつのおぞましい気配は!?)
この後ろに纏めた黒髪に深緑の燕尾服を纏った老人に関しては【すぐ殺さなくてはならない】という“彼女の本能そのもの”が剣を抜かせ、身体を叩ききろうと懸命に振るっていたのだった!
しかしっ!
ヒュンッ! ビュンッ! ヒュオン!
「ふむ……これまた変わった舞踏ですな。剣舞とでも名付けて差し上げましょうか?」
「ちっ、ふざけんな! ちょこまかと避けたくらいで良い気になってんじゃねぇぞ! クソが!」
……当たらない。
ブオォンッ! スッ!
ビュウウン! ザッ!
「ふむ、流石にいただけませんな。麗しき王女様ともあろう方がそんな下品な発言をされては……ですが、まあ今の攻撃は中々に惜しかったですな。後もう少し剣を大きく振るっていれば、今頃はこの私めの体を真っ二つに出来て……おっと」
「くそ! 説教垂れてんじゃねぇ! 死ね!」
その動き……本人が言った通りまさに踊り。
その齢の差を一切感じさせない、布の様な滑らかな身のこなしで手練れである筈のマティルダの強力な斬撃の全てを軽々と回避していったのだ。
もう既に動きを見切っているかの如く……。
「さて……ではお遊びはこれくらいで――」
そして……。
シュン! バキンッ!
「なっ!?」
「私めとしては大変心苦しいですが……このままでは交渉になりませんので仕方ありません。暫しの間大人しくして頂きますぞ、マティルダ王女」
ズドゥンッ!
「ぎっ!? ぐがっ!」
それは……いずれもたった一撃であった。
幾つもの斬撃を軽々しく退けた老人は、いきなりその白い手袋に包まれた平手で彼女の剣撃を受け止めるどころかその鋭い刃ごとあっさり粉砕。
「がはっ!?」
さらにそのまま暴れる彼女を黙らせんと、空いた片手で腹部に強力な掌打を与え勢いよく再びベッドの上へとふっ飛ばしたのだった……すると。
「ぎぎっ……て……テメェ。ぶっころし――」
「初めに申し上げておきましょう。別に私めは貴方様に乱暴する為にこの場に馳せ参じたのではありません。逆に私めがその気だったならば……今頃貴方様の美しい肌は切り刻まれている筈です」
「くっ……何をいってやが――」
「その証拠に私めは現在『武器』を持ってきておりません。さらに言えば今の掌打も手加減させていただいたつもりでございます。これは手練れである貴方様でも理解されている事でしょう?」
「ごほ……ごほ……けっ、胸糞悪いジジィだ」
だが……こればかりは彼が告げた通り。
(くそが……なんつうジジィだ……これはブラフでも何でもねぇ、本当にマジな発言だ。威力こそあったがあくまで衝撃だけだ。上手く手加減して酷い傷を負わせずに私を吹っ飛ばしやがった)
マティルダはそう思いつつ技を受けた腹部を擦りその相手の計り知れない強さ、その受けた技の手加減具合をそれとなく感じ取っていた。
それこそ……先の攻撃が本気の一撃であれば、容易く“死んでいた”であろうという事実を、
「げほっ……それで……何が望みだ? あいにく私はお前がさっき言った通り女王じゃない。ただの暴れん坊で手がかかるだけの女に過ぎねぇんだ……そんな奴に何を交渉しに来たってんだ?」
少し息を切らしながらもマティルダは追撃の類をかける事無く、部屋の中央で制止しこちらの様子を伺っている老人へそう初めて要件を尋ねた。
「はい……実はこちらの『剣』を貴方様に使っていただこうと思いまして。その……僭越ながら、どうやら私めがお見受けした所ですと勝ちに飢えている様でしたので……この【必勝の剣】を貴方様に使っていただければと参上した次第です」
対して老人はそう静かに告げると一本の剣。
紅き宝石がはめ込まれた黄金の柄に、窓からの月明かりに煌めく刀身が備わった見事な逸品を何処からか取出し、そのまま彼女の方へ捧げた。
「そ……それが必勝の剣……だと」
「はい。貴方様の為だけに誂えさせていただきました。その名も【煌剣ディルフォーン】です。これを振るえば明日の儀式では確実にマティルダ様が勝利を収める事が出来る事でしょう」
(…………………………………………)
……普通ならば馬鹿馬鹿しい話だった。
世界中で名の通った名匠の品であるならばまだともかくとして、こんなポッと出の名の知らぬ老人の言葉に耳を貸すなど通常ではあり得ない。
(………………………………………………)
だが……しかし。
「…………本当に勝てるんだな?」
「勿論ですとも」
残念ながら……今の彼女は普通では無かった。
長考の末にどうしてその結論に至ってしまったかは今や本人しか分からないが、一つだけ確実だったのはその【勝利】という甘美な単語にマティルダの心が突き動かされてしまったという事、
「……………………テメェの望みを言いな」
「はっ、では……僭越ながら。此度の貴方様の勝利確約と交換で私が望む物はと言いますと――」
ただ明日の儀の勝利を欲し己が女王になる事だけに集中している彼女にとっては、その老人が向けてきた『必勝』という力強い言葉が捨てきれずにそのまま話を進めてしまうのであった……。
―― ―― ―― ―― ――
「おい、まだ聞いてなかったな?」
「はて、何の事でございましょうか?」
こうして……。
「テメェの『名前』だ。とっとと教えやがれ。それともそんな紳士ぶった見た目をしておいて、自分は名乗らねぇってのがテメェの流儀なのか?」
「おっと……これは失礼致しました。改めて私めのご紹介を致します。この私めの事はルゴール……いえ、そうですね……【吊るされた男】とでも呼んでいただきましょうか?」
「ハングドマン……か、分かった。じゃあテメェが欲しがっている“例の品物”の場所まで案内してやる。言っておくが少しでも変な気を起こしたら容赦なくぶっ殺すからな……覚悟しとけ」
「はっはっは……これは手厳しいお話ですな」
彼女はその話に乗ってしまったのだった。
女王という立場を欲するがあまりに、マティルダはその【老人】が提示した誘惑と計り知れない実力を前にして密約を結んでしまったのだった……まさかこの直後に【あんな事】が起ころうなどとは知らずに……。
※読みやすいように過去投稿分の何点かを添削しました。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次話は明日投稿予定です(*'ω'*)
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