55.不穏な空気が漂い始めるようです
【奈落牢獄 無望の牢階エリア】
…………くそったれ。
女性の開幕の一言はそれだった。
「一体いつからだ? モズール」
「……………………」
鮮やかな紫色の長髪を垂らしている女性セリシアは視線を正面に固定し、背後で黙りこくる髭の濃い看守副長モズールへと問いかけ、
「この牢獄じゃあいつから花火パーティーなんかするようになったんだ? なあモズール……答えろ。聞こえてんだろ? それともその耳は飾りか?」
グイグイと言葉を並べて行く。
本来なら【とある囚人】を収容している筈だった鉄壁の牢屋の現状を見て、セシリアは暗がりの中で今一度呆れた声でモズールへと尋ねた。
……すると。
「つ……つい、先日の事で――」
「ノーノ―、モズール。私が聞きたいのはそんな曖昧な返事じゃない。“いつから”と私は尋ねたんだ……はっきり答えたくないのか。それとも私が怖いから煙に巻こうとしてんのか?」
「ううう……い、いいい」
「い?」
「いいい、一ヶ月……程前です」
モズールは視線を他所にして、服の袖を力強く掴みながら震える声でセシリアの質問に答えた。
「よしよし、偉いぞモズール。その調子で詳しく教えるんだ。テメェの知っている事全てをな。見てきた事、聞いた事、考えられる可能性、全部正直に吐きな。でないと私はこの“世界最悪の監獄ごと海に沈めなくちゃ”ならなくなる」
「そ、そんな事……許されるはずが!?」
「ノーノ―、モズール。話がずれてるぞ。そもそもこの私が事後処理に来た時点でこの監獄の運命はこの手に委ねられているんだ。素直に諦めな。さて、ではもう一度尋ねよう」
すると、かつて腕っぷしの強さで“犯罪者狩り”として名を馳せていたこのモズールですら、セシリアは数回言葉を吐くだけで恐れさせながら再び問いただす。
「なんで、この破壊不可能とまで謳われている伝説の鉱物。究極金属カイザーメタルで作った牢屋が呑気に“大口が開けている”のかを――」
彼女は続ける。
「それでどうして本来ならこの中で大人しく自殺の仕方でも考えている【ハングドマン】、いや本名ルゴール・カエス―ルの野郎が消えているのか。私はそこを知りたいんだよ、モズール?」
まるで世界から見放されたような絶海の孤島に浮かび、凶暴な罪人ですら入った途端に絶望し生気を失い、自決を考えるとされるこの牢獄。
「あぐぐ………………うぶぶぶぶ」
「おいおい、今は泡拭いてる場合じゃないだろ? 正直に真実を言えば誰一人死ななくて済むんだ。囚人達も……そしてお前達“看守”もな」
地獄への直行便。脱出不可能の災厄監獄。凶悪犯の墓場などいずれも恐ろしい名称で比喩される《奈落牢獄ゲヘナ・アルカトラ》からの脱獄者について――
「疑わしきは罰せよ。それが私ら【世界魔術協定】が下した結論だ。誰が手引きした? 一体この牢で何が起こった? それさえ分かればこの監獄を沈めなくて済むって言ったんだ。さあ答えな」
「あぎぎぎ、わ、分かりました……実は――」
「いい子だぜ、モズールちゃん」
まだ言葉こそ柔らかったが、モズールは余りの恐怖からか股間から水を垂らしつつ、世界魔術協定に身を置く《冥女》セシリア・ヒルデルへ向けて懇切丁寧に、
「そ、それでさらにおかしい点は――」
「続けろ。今は脱獄されたという事実よりもハングドマンの手掛かりの追うのが先だ。脱獄を許したなんていう恥はその辺の犬にでも食わせとけ」
「はははは……はい!」
まるで解説書の様に隅から隅まで。
看守副長モズールは事のあらましの一切合切、自分の見てきた事、考察を余すことなくセシリアへ語っていくのだった。
全身をビクビクと震わせて……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「ったく……モズールさんってば災難だな。ズボンのクリーニング代に加えて、夜は悪夢確定ときた。しばらくはママの子守歌無しじゃろくに眠れないだろうぜ、あの様子じゃあな……」
「何を言っているんだ、お前は。私みたいな絶世の美女に詰問されたんだぞ。きっと今頃はギンギンに決まっている。全く心外な物言いだ」
モズールへの詰問後。
セシリアは船の甲板のど真ん中で煙管を吹かしながら、背後からやって来たとある知り合いの男性の発した皮肉に軽く返す。
「ははは、確かにそうですね。俺だってもし貴方みたいな色気たっぷりの美女に誘われたら、喜んでお相手しますよ。勿論、あっちの方も――」
「ふん! 悪いが私はアンタみたいな下半身で息しているような軽薄な色男は嫌いでね。そういうのは町のカワイ子ちゃん囲って好きなだけ抱いて、そこら中に種でもまき散らせときな。その方が今のアンタにはお似合いだ」
「おっほ……ひでぇ言われようだ。相変わらず口の強さはご健在みたいですね。でも、だからこそその他者を圧倒する強さこそ【冥女】なんて言われる由縁なんですかね、セシリアさん?」
「……冥女ねぇ。その二つ名を知る連中は私が冥府からの使者とでも思ってんのかね。私だって立派な人間なんだぜ? 怪物扱いされるのは流石に御免だ」
そうして事後処理というよりかは事情聴取を終えた二人は呑気そうに、黙々と出航の準備を整える部下である女船員達を他所にしながら、
「よし、雑談はここまでにしようか」
「………………分かりました」
発言内容こそ酷かったが久し振りの再会に冗談を交わし、次の【主題】へ移りやすくしていたのだ。
そう、今回彼女自らがゲヘナ・アルカトラに向かわなくてはならなくなり、先ほど看守副長モズールを怯えさせるまでの尋問を迫った議題。
「それで“奴”の行方は?」
「……正直言って良くは無い。元々、時空魔法とかいう厄介な魔力を操るジジィだ。さらに厄介な事にお前も知る通り、老獪らしく頭のキレる野郎で下手に尻尾を出すアホでもない」
脱獄者ハングドマンについて――
「つまり“お手上げ”って事ですか? 今じゃあ【世界魔術協定】という世界を裏で操る組織にいるセシリアさんであっても?」
「けっ、妙に痛いとこを突きやがる。だが正解だ。いくら私達でも時空の穴の先に広がる【異世界】に関しては完全に把握しきれちゃない。あの有名な博識王ガリヴァ―ですら幻と謳う世界だ。そう易々と足取りを掴めれば苦労はしない」
セシリアは背後からやたらと皮肉を利かせてくる“彼”に、吸い込んだ煙管の煙を吐きながらも食ってかかる事も無く、冷静に淡々と回答した。
……そして。
「だが……」
「だが?」
「先も言った通り用意周到な奴だ。奴が“この世界に異様に執着”していた以上、必ず戻ってくるだろう。だからその舞い戻って来た時に容赦はしない。もう【第四次魔術戦争】と世間の一部で言われている“一年前”の惨劇はこりごりだからな」
「そうですね……あの戦いは本当に酷かった。まだ《Lv.99》では無かったとはいえ、強豪パーティーになっていた俺達【天の箱舟】でも自分達の無力さを久しぶりに感じました。でも奴が逆襲してくるってんなら、俺だけでもまた戦いますよ」
「ほお、頼もしい話だな。あの世界最強クラスの魔法戦士が協力してくれるとなると百人力だ!」
すると、男性はセシリアのこの言葉。
この世で争いたくない女性ランキング第一位に君臨する最強の女性からの褒め言葉が余程嬉しかったのか、
「フフフ、アハハハハハハ! 最高の褒め言葉ですね! 分かりました、是非ともこの“クロム”にお任せあれ! 世界の為に再び戦いますよ!」
男性は改めて自分の名前を大きく名乗り大きな笑いを決め込むと、威勢よくセシリアへと向けたのだった……けれども、その直後。
「ちっ……」
そんなクロムの伸びた鼻っ柱をへし折るように、
「おい……勘違いすんな“クソガキ”。百人力程度じゃ戦力の足しにすらならねぇと私は言ったんだ。まだ若いのに引退してから余生を満喫していた軟弱モヤシが粋がってる場合か? あんまり舐めてると死ぬぞお前」
「……俺、泣いてもいいですか?」
まさに天国から地獄かの如く。
セシリアのえげつない暴言の数々を襲われてしまい、あっさり意気消沈したクロムはいつしか船の端でいじけながら一人寂しく舟板の木目を数える羽目になるのだった――
―― ―― ―― ―― ―― ――
と、そんな調子で――
「ひゃくじゅういち。ひゃくじゅうにー。ひゃくじゅうさーん。ひゃくじゅうよーん……」
「まあ! クロム様ってばこんな所におられたのですか!? 先程セシリア様から、ちょっと言い過ぎたから気持ち切り替えて飯でも食えとのご命令がありましたよ。さあ早く戻って――」
「いいの! 僕はここで木目数えてるからほっといて! 今さら優しくなんてしないでよ!」
「予想以上に面倒な事になってますね!? ほら! しっかりしてください。クロム様がお強い事は我々女聖騎士団がよぉく知っていますから! 駄々ごねてないでご飯食べに行きますよ!」
「やだ! やだああああああああああああ!」
冥女セシリアと今日特別に招集された白銀の鎧の男性。
今では解散し“元”世界最強の冒険者パーティー『天の箱舟』のリーダーだった魔法戦士のクロムの二人は不穏な空気を感じつつも奈落牢獄の海域から離れていくのだった。




