53.特製ポーションにはご用心!のようです part3
僕が幼児化してから早三日。
「は、は……はくしょん!」
そう、気が付けば三日。
僕があの居候マッドサイエンティスト【ドクター・ルドルフ】の魔の手に落ちてしまってからのこの三日間は毎日が色々とトラブル続きだった。
「クシュン! クシュン! ううう……」
まず問題で真っ先に挙げたいのは食事面。
精神年齢的にはとっくに成人だっていうのに、毎日毎日お子様ランチを食わされる日々において、これ程情けなくて涙が出そうになる経験は早々無いと思うね。
「くそ、やっぱり子供の体って不便だ」
子供が好きそうなハンバーグ、エビフライ、オムレツ、タコ型にカットされたウィンナー……そしてなにより癪に障ったのがご飯部分が当然の権利かの如く旗付きのチキンライスという事態――
いや無理でしょ!?
思考のどこをどう壊せば良い年した奴が「わあ、今日はブタさんのマークだ! わーい!」なんて言うと思ってるのかな!? 逆にいたらいたで怖いよ! 間違いなく討伐隊呼ぶわ!
「どうも三日程度じゃ馴染めそうにないや……」
だからこそ初見時はプレートをひっくり返したくなったけど食べ物に罪は無いし、何よりエミリアも嬉しそうに作るもんだから怒れない……だから余計に情けなさに拍車がかかっていた。
「でも、まさか家で“溺れかける”とは……」
……とまあ他にも色々ツッコミたい所はあったけど、とりあえず二つ目の問題は現在直面中のこの【お風呂】問題だ。
流石に半減とまではいかないけど、身長が大きく縮んだ僕にとっては割と腹立たしいトラブル。
「せっかくエミリアにお湯を沸かしてもらったのに……これじゃ上手く入れないよ。もお!」
ハッキリ言って僕はお風呂の時間は好きだ。
溜まりに溜まった一日の疲れを養ってくれるし、その後には心地よい睡眠と清潔感をもたらしてくれる。
だからこそ、いつも湯船にもたれかかるようなお気に入りの姿勢で湯に浸かるのが僕のストレス解消の一つなんだけど――
「まあ、しょうがない……後はさっさと体洗って上がるとしよう。お腹いっぱいで眠いしね」
幼児体のせいで姿勢を取れないどころか溺れないようにするので精一杯だと……僕は踏ん切りを付けて、石鹸の染みたタオルでそそくさと体を洗う事にした。
まあ、こればかりは辛抱するしかない。
お子様ランチの刑に比べれば幾分かマシだし、今はポーションの完成を祈りつつ眠るだけ――
「フンフン♪ フンフン♪」
よって僕はこれ以上無駄なストレスを溜める事はせずに、今は鼻歌交じりで体中を泡で満たされたタオルで体を擦っていたんだけど、
ガララララララララ!
「うん? いったい誰かな。ルドルフ? 悪いけど僕が先に入ってるよ!」
「…………………」
……どうやらそんな僕の目論見は甘々だったらしく――
「聞こえてる? 僕、ドアノブの所に《入浴中》ってプレートをかけてたよね?」
まるで運命が僕に安息などくれてやるものかと言わんばかりに不意を突き、いきなり風呂場の扉が開いたかと思えば…………なんと!?
「レオナルド……私……入るね」
「え゛っ……う、そ?」
ルドルフじゃ無かった。
むしろルドルフの方がまだマシだったかもしれなかった……だって!
「え……エミリア?」
「うん……私だよ」
一応タオルできわどい局部こそ隠れているとはいえ、とんでもない乙女が平気な顔で乱入してきたんだから、もうたまったもんじゃないよ!!
「な、何しにいらしたんで?」
「私も……レオナルドとお風呂入る」
「……聞き違いかな? 今なんて?」
「私がレオナルドの体洗ってあげる……あんなところやこんなところ……貴方の体の全てを……私が綺麗にしてあげるの……【ママ】として」
しかも頬を染めてからの怪しげな言葉。
そして、状態から察するに明らかに“ヤバいスイッチ”が起動したと思しき、
「だから……体の洗いっこしよ?」
暴走状態エミリアが入ってきちゃったんだった――
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~~ ~~ ~~ ~~ ~~ ~~
~レオナルドさんの観察日記~
レオナルドさんが若返りポーションを飲んで三日程経ちましたが、どうやら元気みたいでス。
体調不良とかの副作用の心配もありましたが、どうやら経過の様子を鑑みるには成功の様でス。
いやはや、本当に良い実験体がいて良かったです、【持つべきものは実験体】とは良く言ったものです。おかげでデータの収集も捗りましたし、これで量産体制に入る事が出来まス。
そして……それを売れば私は憧れの大富豪! さらに若々しくなろうと躍起になる貴婦人の方々が、毎日毎日私の薬漬けになるという状況!
私の作品が次々に世界中の女性達の体内へと入り……その身を侵していく!!!
ああ~想像しただけでも凄いです!! 女性の体内の“あんなところ”や“こんなところ”に流れていき、ジワジワと細胞を変化させる……くう! 想像しただけでも興奮が治まりませン!
今すぐこのムラムラを誰かと共有したいほどでス!!
~byドクター・ルドルフ~
~~ ~~ ~~ ~~ ~~ ~~
これは数時間前の事。
「アンタ何書いてんだ!?」
「ふごおッ!?」
とりあえず開幕に一撃。
僕はバキィィッッッッ!! と馬鹿の髪を掴んで幼児状態で出せる全力を振るって、彼の顔面をテーブルへと一気に叩きつけた。
痛そうだって? 自業自得だよ!
「しかも、なんだこの内容! あれか、学生の宿題かっ!? 観葉植物の成長日記みたいにつけんな! あと持つべきものは【友】でしょ! なに自分に都合よく解釈しちゃってんのっ!?」
「……んもう。レオナルドさんってばツッコミが激しすぎますヨ! 危うく大事な頭蓋骨が割れるかと思いましたヨ……あと私の事はパパって呼ぶように言ったではないですカ!」
「やかましい! なにがパパだふざけんな! アンタの遺伝子なんか一ミリも継いだ記憶も望んだ覚えもないよ! それより今日で三日。そろそろ成長のポーションは出来たんだよね!?」
「うーん、残念ですが全然出来てませン! ってか……そもそも要ります? 成長のポーション」
「要るわ! 要るから怒ってんだろうが!? くそ、これ以上おふざけが過ぎるなら自爆用の爆弾岩使って心中するからね! 分かった!?」
「はあ、面倒くさいですネ……私は研究の指図を受けるのが人生でもトップクラスに嫌いなんでス。ああ、もうマジでモルモットならモルモットらしく黙ってろって話で……ぎゃふんっ!?」
どうやら“おかわり”が欲しかったみたい。
僕はその口の減らない悪友を永遠に黙らせる意味も兼ねて、再び全身全霊込めて頭蓋骨ごと砕く気でテーブルへと叩きつけてやった…………でも残念だけどこれでくたばる程度なら死神なんか必要ないわけで――
「んもう、本当に痛いですネ。これではまさに飼い犬に手を噛まれ……いや“飼い鼠”に手を噛まれたような気分で……ふぎゃん!?」
「この野郎正体現したな!? もう言葉をオブラートに包むどころか火薬詰めて投げ返してきやがって! いいかい、数日で作らなかったら本気で怒るからね!? 分かった!?」
ルドルフは額の痛みなど気にかける事無く、僕に平気な顔をして減らず口を叩いて来る逞しさを見せつけてきやがったんだ! 誰かコイツのとどめの刺し方教えて!!
「はいはい……しょうがないですネ。ちぇぇ、家主だか何だか知りませんが……この大天才の頭を机にガンガンぶつけるなんて……例え私が許してもこの世界が許しませんか――ギャイン!?」
「この世界中を自分の実験場だと思ってる鬼畜に味方する奴がいるわけないでしょ!?」
そうやって……結局。
どう激しいツッコミを入れたところでコレの往生際の悪さが改善される事など一切無く、僕は半端ない不安を抱きつつもポーションの製造を一任する事になってしまっていた――
―― ―― ―― ―― ―― ――
……だからこそ。
「エミリアさん? その、大変申し上げにくい事なんですが……お風呂場から出ていってくださいませんでしょうか? ほら……男の僕が入ってる事ですし――」
ええい、もう御託なんか要らないよ!
ルドルフさん! 頼むから早く成長のポーションを作って!
(そうしないと……このままじゃ、僕は!)
「そんなの関係ない。だからレオナルド……こっち向いて……でないと“前”も洗えない……男の子はそこが一番ばっちぃってムーンが言ってた……さあ早く」
「ちょっ!? エミリアさん落ち着いて! ストップストップ! 話し合えば分かり合える筈だからそんなに密着はしないでくださいっ!」
「ダメ……こんな時でないとレオナルドを“襲えない”の……だから覚悟して――」
「なんか物騒なワードが聞こえた気が!?」
……ってか本当にダメ!
頼むからエミリアさん、そこだけは触らないで!? しかもそんな“柔らかいもの”を僕の背中に当てながらまさぐらないで!? いやあああぁぁぁぁ!
「キャッ……もうレオナルドってば……私のおっぱいを鷲掴みにするなんて……すごく大胆。いいよ、小さいレオナルドでも……私は受け止める」
「なっ!? ち、違うんだよエミリア! これは、その抵抗する為の弾みで……とにかくわざとじゃなくって!」
しまった! そんなつもりなかったのに!?
あの手この手で襲ってくるエミリアから抵抗するのに必死でつい、彼女の胸を!
…………………………。
………………………………。
「? どうしたのレオナルド?」
でも正直な話……すごく柔らかかったです。
一瞬だったけどムニュリと触るだけでどこか安心させてくれる感触で、一人の男としては中々やみつきに……って何を考えてんだ僕は!?
「……レオナルド?」
「あっ、うん。大丈夫だよ」
しっかり仕事しろ僕の理性!
こういう行為っていうのは両想いの男性と女性がやるもんだろう!? だから今の僕達にはこんな破廉恥な事は許され――
「フフフ……大丈夫なの……女の人の強さは男の人の弱みに付けこんで……そのまま掻っ攫う逞しさが武器って……教えてもらったから」
「だれ!? 君にそんな悪魔みたいな戦術教えたの!? 誰が君を邪道へ引きずり込んだの!?」
「ムーン……」
おのれ! あの女戦士めぇぇぇ!
と……とにかくこんな調子で僕は男としての欲望と理性の瀬戸際で、迫りくる暴走乙女の魔の手から逃げ出さんと必死に奮闘しつつも――
「あっ、こらレオナルド……逃げないの。さあ、こっちに来て……洗いっこの続きしよ? 今度はレオナルドの番だから……私の好きな所を好きなだけ洗って……いっぱい触って?」
「ああもう! ルドルフ……いやルドルフ様! お願いだから早く成長のポーションを僕にお恵みください! じゃないと大切な物を失っちゃうから! 手遅れになるからぁぁぁぁ!」
あの馬鹿に全てを託すのだった。




