48.どうやら逆鱗にふれたようです
【サラザール・ジョーンズ】
そんな船長の名前が明かされた途端。
「……という訳さ、ちょっと信じられないかもしれないけど。でもここまで反論が飛んでこなかったって事は君達も思い出したんじゃない?」
「ああレオナルドさん、アンタの言う通りだ。俺もなんで煙管を休憩中に吸ってたかを思い出したぜ……この味が好きだったんだ」
「そうか、じゃあやっぱり俺達は――」
「みんな仲間だったんだな……忘れてた」
「どおりで一緒にいても不快感がねぇわけだ」
屍人の船員達全員の記憶はスーッと自然に戻っていった。
川をせき止めていた石が砕け、水がそのまま下流れるように滑らかに、
「そうだ……俺達は艦隊にやられたんだ」
「あのスプリークってチビデブ貴族め。くそったれ……とんだ間抜けこいちまった」
「あれは酷かったな……ホント」
「まあ、言っても始まんないぜ。俺たちゃもう死んじまったんだからよ……前向きにしようぜ」
記憶喪失の性質としては呪いに近かったのか、船長の名前という最重要ワードと裏付けるレオナルドの説明によって記憶は全て復活。死ぬ直前までの出来事が全員の中に蘇ったのだった。
……そして。
「うう…………うぐぐぐ」
皆が過去を思い出し皆一喜一憂して踏ん切りをつける者、或いは船を壊滅させた貴族を憎む者が現れてゆく最中。
「「あっ……しまった。そうだった」」
「「俺達、自分らの記憶の事だけで頭一杯にしてた。そうだよな……この状況で一番キツいのはアンタに決まってるよな……サラザール船長」」
彼だけは違った。
「うぐぐぐぐ……エリザベート姫……私も貴方様の事を心からお慕いしておりました……死ぬ間際まで貴方様を想っていました……」
「「「……船長」」」
「船長。アンタそこまであのお姫さんの事を――」
(船長さん……ごめん。でもこれが貴方の過去なんだ……伝えるしか出来ないんだ)
様相こそ変われども苦楽を共にした仲間達に見守られ、辛い心中を察せられる中で、
「うぐぐぐぐぐ……うううう……うあああああああああああ! うわああああああああああ!」
幽霊船長サラザールだけはエリザベート姫の遺言が記された日記を強く抱きしめ、膝から崩れるように甲板上で身を落とし一人涙を流していた。
「うあああああああああああああ!!!」
今度は自分が泣いているという自覚を持って、エリザベート姫の死を誰よりも悲しみ、船中に響く程の大声で泣きじゃくっていた……。
愛する者を失ったという辛い現実と向かい合うべく……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
挑戦の時は終わった。
レオナルドは課題通りに幽霊船長サラザール・ジョーンズの名前。および彼の過去の全てを辿り、暴き上げ見事に完遂した。
「……礼を言わせてもらおう。ありがとう、レオナルド。なぜか“生前に何度か話した”事がある気もするが……とにかくありがとう。これで私達は自分達の正体を知る事が出来た」
そうして現在。
サラザールは一息ついたおかげかエリザベート姫の死をどうにか受け止め、レオナルドに感謝の意を示していた。
「……貴方達は本当に良い人達だった。嫌悪とは程遠いまさに正義の海賊団って感じでした」
「ハハハハハ……少し恥ずかしいな。だが、確かに私達は己の正義に基づいて行動してきた。死に方こそ選べなかったが……それでも我々は最後まで正しい事をして、死んでいったと思える」
「……そうだね」
記憶を取り戻した影響なのか、不気味さもすっかり薄れた船員が背後に控える間、二人は色々と言葉を交わしていく。
前半は身の上話などの他愛無い話題から始まり、これから話す後半の“大切な部分”としては、
「それで……次に確認したい事なんだけど」
「ああ、構わんぞ。我らの覚えている事なら幾らでも話そう。……それで何が聞きたい?」
「実は――」
彼らとの遭遇時にレオナルドが疑念を抱いていたこの【霧の空間】。
さらに……亡霊と化したサラザールの海賊団がこちらの世界にやって来た経緯についてを尋ねたりと、レオナルドは裏を知るべく彼へ質問を投げかけていった。
「――というワケだ」
「なるほど……【そいつ】が君達をこっちの世界に……なるほど、ありがとうサラザール船長。これで僕の聞きたい事は全部だ」
「そうか。こんな変な情報が助けになるなら、話した甲斐があったというものだ」
「ああ、聞けて助かった……ホントに」
そうして半時間程で会話が終了すると、レオナルドはサラザールから情報を聞き終えた。
「よし。では本題に移ろう。約束通り全ての船の人魂を解放する。元通り人の姿に戻してな。もちろんお前達の知り合いと思しきキャットという女海賊もな。そして捕えたあの生意気な海賊団の縄も解く……そうして我々は安心して逝く事が出来る」
すると話を終えたサラザールは今生の別れを告げる。
レオナルドとの約束通りに幽霊船を漂う人魂全てを元に戻す事、捉えている黒ひげ海賊団の全員を解放した後に自分達が還るべき場所へ向かうとそう発した。
……だが?
「じゃあな、レオナルド!」
「俺達に大切な記憶をありがとう!」
「名残惜しいけど……お別れだぜ!」
場の誰もがこれ以上彷徨う事無く、自分を取り戻した状態で消える事が出来ると解放された事に気を楽にする…………その矢先であった。
「えっ? 船長。貴方は何を言ってるのかな?」
「むっ? 何とは? 我々はお前との約束通りに捕えた魂と海賊船、そしてお前の仲間を解放した後、死者としてあの世へと逝くと――」
「アハハハハハハハハ……またまた船長ったらとぼけちゃって……まだあるでしょ?」
レオナルドは船長達を引き止めた。
笑いつつ、まどろっこしい言葉をぶつけて、
「えっ? まだ……何かあったけ?」
「何か忘れものでもしたか? 俺達?」
「あっ、そうだ。俺、便所行くの忘れてた」
「「「……テメェは端で黙ってろ」」」
「……レオナルド、お前は一体何を――」
対して船長は思わず、別れ寸前のこの場面で飛び出した彼の意味深な言葉の真意を尋ねた。
そうすると……。
「まだ【殺る事】が残ってるでしょ?」
レオナルドは振り向き、告げた。
どこか様子がおかしい……邪悪な眼差しで、
「なっ!? れ……レオナルド!?」
「「ひいぃ!? なんだあの目!?」」
「「俺らよりも断然怖いっ!」」」
瞬間、全員はレオナルドが垣間見せた気配に驚愕。
それこそ屍人ですら思わず一歩身を引いてしまう程の冷酷な恐ろしい眼で彼は続けた。
「手筈は僕が整えるよ……君達はその時まで、この船を動かしてくれたら大丈夫だから。何としてもこれだけは済まさないとね――」
先までの優男らしい気配を跡形も無く消し、不気味にレオナルドは発していった。
「じゃあ、みんな。復讐の時間だよ」
この物語の最後を飾るに相応しい結末への手順を――




