49.外道に明日など無いようです
「宝はこの先だ! 急げ急げ!」
サラザール殺害後より数年経った現在。
小太り貴族スプリークは焦っていた。
「「「ハア、ハア……了解しました」」」
「スプリーク殿……何もそんなに急がれなくても宝は逃げませんぞ。それに流石に兵士達の休養も必要では? これ以上は過労で――」
「うるさいポルン! お前は黙ってろ! これも俺様が成り上がる為の一歩なんだ! 今はとにかく帆を張って進み続ければいいんだよっ!」
「そ……そんな厳しく仰らなくとも」
まず彼の身に起きた事を纏めるなら、露呈。
内部からの告発により【全ての罪】が国王の耳に届いてしまっていた。
「それにコイツらだって俺様の作戦に従って、あの“クソ海賊”を殺した癖に良心の呵責とかいうくだらない理由でチクる兵士なんか、そのまま野垂れ死ねばいいんだよ!」
一つ目の罪状は私利私欲による殺害。
貴族への就任式を控えていた《サラザール海賊団》へ自分の艦隊をけしかけ、殺害したという度し難い真実。
「ス、スプリーク様……何もそこまで――」
「御託はいい! それにポルン。俺様はお前も疑っているんだぜ。まさかお前が告発したのか?」
次に二つ目の罪状は彼の殺害を【姫の暗殺を目論んでいた】などという有りもしない虚偽報告をでっちあげて隠蔽しようとした罪。
「違います! 私は決してそんな――」
「はいはい、薄っぺらい言葉はいらねぇよ」
そして……最後の罪状。
最も国王の怒りに触れてしまったその罪状は、船長サラザールの死が原因で愛娘であるエリザベート姫が衰弱死したという大罪。
「言い訳してる暇あるならお前も航海に集中してろ。貰った【地図】によればこの先らしいからな――」
「うぐぐぐ……わ、分かりました」
以上の三重の罪により永久追放。
地位も名誉も財産も失い、現在は一部の憲兵と共に落ちぶれ貴族生活を送っていた。
なお……通常であれば極刑も辞さない吐き気を催す愚行の数々だったが、今まで国に財力面で貢献してくれていた彼らの一族に免じ、国王は怒りつつも断腸の思いで決定を下したのであった。
仮に国王の真意を汲むならば……娘を亡くした一人の父親として激昂し、太った彼の首を自分の手で絞め殺してやりたい程に憎んでいた筈だったが、最後は優しいエリザベート姫の父親らしく国王はスプリークへ深い慈悲を与えた。
「畜生、あのゴミ国王め。覚えてろよ」
けれども、スプリークはそんな国王の微かな温情すらも恨んでいた。
ほとんど娘の仇とも言っても過言ではない憎き自分を見逃してくれたというのに……当の本人は意にも返さないどころか、
(この先で眠る黄金の宝を交渉材料に、敵対国と手を組めばあんな小国なんか簡単に潰せる……。それで住んでいる愚民全員まとめて恐怖のどん底に落としてから、女は奴隷にして、男はその首を国中に晒してやる!)
この期に及んでまだ企んでいたのだ。
見知らぬ青年【レオナルド】が献上して来たという金銀財宝の一部と、宝の隠し場所を記している地図に全ての望みを託して、
(ヒヒヒヒヒ……グヘヘへヘヘヘヘヘ! もうすぐ俺様はまた貴族に返り咲ける。今から国家間の戦争が起こるのが楽しみで仕方ないぜ! 愚民共が、全員死ねぇ! ギャッハッハッハッハッ!)
もはや反省の色どころか、国家転覆という薄れる事の無いどす黒い野望を腹に抱えて、この【深い霧に包まれた海域】を進んでいたのだった。
そう……件の霧の中を。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「おいおい……何だよこれ!?」
スプリークは困惑した。
宝の地図を見ながらこの濃霧の海域に突入して間もなく、突然風が止んでしまい船体が完全に止まってしまった事――――さらに、
「こんなの嘘だよな!?」
まるで泣きっ面に蜂と言わんばかりにもう一つ追加で、スプリーク率いる一団を驚愕させる出来事があった――
「ひぃぃ! 何だこの化け物たちは!?」
「なっ!? 刺しても死なんだと!? ぐわあ!」
「今、頭を撃ったのに! なんでコイツ死なねぇんだ! ギャアアアアアアアア!」
「スプリーク様! どうか助けてくださ……うぎゃああああ!」
それは……屍人の襲撃だった。
風という重要な推進力を失い、霧中を彷徨っていた一行の前へ突如姿を現した【漆黒の船】。
それから一斉に武器を持った屍人軍団が次々に船へとなだれ込み、船上は一瞬で戦場と化した。
「いいか、お前ら最後ノ船長命令だ! 一人残らず殺セ! どの道コイツらは俺達を殺した汚ネェ貴族に従う奴らダ! 人を本気で怒らせればどうなるか、その身で思い知らせてヤレ!」
「「アイアイサー! 我らガ副船長!」」
けれども戦況はスプリークの部下達が懸命に戦っているように見せかけつつ、実際の光景はさながら蹂躙と呼べる一方的な屍人達の攻勢。
「ぐわあああああああああ!!!」
「うう……ぎぎゃああああああああ!!!」
「ひぃぃぃ! 来るなぁぁ! あぎゃあ!」
不死の幽霊海賊 VS 死ぬ兵士という構図上。
武器を交えていけばどちらか先に死ぬかは火を見るよりも明らかであり、次から次へと愚かな貴族に従った兵士達が地獄送りにされていった。
「ヘッ……ヘヘヘへへへへ そうだ!」
しかし……因果応報とはいえ自分に付き従った兵士達が次々と殺害されていく中、このスプリークだけはまだ下らない策と練っていた。
(そうだ……逃げよう! 運よくあのアンデッド共は役立たず兵士を殺すのに意識がいってる。へへヘヘ! そうだ。最悪、俺様だけでも生き残れば大金星なんだ……ヒヒヒヒ……悪いなポルン。俺だけ生き残らせてもらうぜっ!)
そして最後の最後でも勇ましく戦って死ぬ度胸の無いスプリークはそそくさと逃走。
憲兵達どころか、今まで文句を言わずに従ってくれた側近のポルンでさえあっさりと見限って逃げようと目論むと、
「よしよし……じゃあこれで!」
そそくさと戦闘の隙を見計らい、近くに備えてあった浮輪へと手を伸ばした……その瞬間!
ヒュン!
「……あ゛っ?」
スプリークの手が浮輪へ届く事はなかった。
いや、むしろそれどころか……その先端が何者かの刃により一撃で切り落とされ、ぼとりと甲板へと音をあげて落下した。
「あぎゃあああああああああああああ! 俺の手が! 俺の手がああああああああああああ!」
スプリークは悶絶した。
これまでに味わった事の無い気が狂うような激痛に悶え叫んでいた。
そして……彼の絶叫と同時に現れ出でる――
「では……貴様に一つ問おうか」
「なっ!? テメェか!? 俺様の手を斬ったゴミ糞野郎は! 一体どこから出てきて――」
少しでも痛みを抑制せんと感情的に叫ぶスプリークの前へと彼が、完全に名前と記憶を取り戻した幽霊船長【サラザール・ジョーンズ】が立ち塞がると、こう質問を投げかけた。
「貴様は……【私の名】を覚えているか?」と。
まさに生死を別つ最後の問いかけ。
自分の名前を覚えているかどうかを………………するとスプリークは、
「なっ!? お前はまさか!? サラ――」
グサリッ!!!!!
「ウグギッ!?」
返答は聞こえなかった。
そうして……残念ながらスプリークから望む答えを得られなかったサラザールは彼の腹部に容赦なく剣を突き立て、
「そうか。“覚えてなかったか”……残念だ」
「ゴボッ……テメェ、よぐも……ガクッ……」
自らの手で因縁の決着を着けたのだった。
まあ、そもそも澄んだ心を持つサラザールの耳に届くのは人間の言葉だけであって、金で汚れた豚の泣き声など届く筈がなかったのだが――




