29.いつもと違う一日のようです 【1/3】
その日の訪問者は少なくとも客ではなかった。
このレオナルドのよろず屋を訪れた彼らは、
「な、なあ! ヴァ、ヴァン兄貴!」
「くそ、使えそうなアイテムねぇな……」
「ヴァン兄貴ってば!? なんか良いのあった?」
「だあ、うるせぇ! テメェは黙ってその女を見張ってろ! 俺様は忙しいんだよ!」
そう会話しながら店内を物色するは男二人組。
彼らは店主レオナルドの留守中のエミリア一人になった店に突然押し入ったと思えば、
「うーん……ちょっとキツい……の」
「なっ!? 動くんじゃねぇ!? 待て、大人しくちょっと待ってるんだぞ……分かった?」
「うん、分かった……大人しくしてる」
まず初めに店番をしていたエミリアを即拘束。
手慣れた手つきで彼女の体を縄で捉えた後に、まるで探し物でもあるかの如くこうして店内中を必死に漁っていたのだった。
「よし、待ってろよ……兄貴! ヴァン兄貴!」
「なんだビッグ!? 少しは静かに……」
「この女の子、縄がキツいって言ってんだよ! もう少しだけ緩めてあげたらダメかな?」
「ああっ!? 馬鹿かテメェは! わざわざ人質の縄解く間抜けな盗賊が何処にいんだよ!?」
そしてその片割れヴァンは店頭に並ぶ棚を捜索。
他にも倉庫は勿論の事、店の隅々からアイテムを生み出す工房。
中でも薬瓶等を並べている薬棚を主として荒らしていた。
「で……でもよ。オラ、女の子縛るなんてやった事ねぇし……気引けちまうんだよ……こんな可愛い女の子を苦しめるなんて……辛いよ、オラ」
「一生縛ってるってワケじゃねぇんだ! テメェは黙ってそいつが逃げねぇように見張ってろ!」
「うっ、ううう……わ、分かったよヴァン兄貴。……ごめんよ。ヴァン兄貴の言う通りにしないとオラ駄目なんだ。だからもう少しだけ我慢してね。頼むよ」
「うにゅ……分かった。我慢する」
「ありがとう……お嬢ちゃん」
と……本来なら物騒な雰囲気である筈なのだが、こんな具合に何処か緊張感の薄れた【フォルテ盗賊団】と自称する二人組。
体は大きいが何処か気弱そうな男性、ビッグ。
逆に体は小さいが気が強い兄貴分、ヴァン。
「くそ、やっぱあの女しか頼れねぇか……」
「ぜぇぜぇ……ヴァンの兄貴!」
「なんだ!?」
「そろそろお昼ご飯にしたらどう? オラ、朝からなんも食ってねぇから腹減っちまって仕方ねぇんだ!」
「うがあ! だから黙ってろ馬鹿ビッグ!」
「で、でも姉御ならこんな時――」
「いいから。その女。見張ってろ」
本来の気性が荒そうな強盗とは違い、その凸凹コンビは彼女に対して拷問や暴行の危害は一切加える事も無く、挙句の果てにはそんな漫才の様な会話まで交わす、ある意味和気藹々とも言える二人組が物色を続けていたのだった。
そしてその一方で……。
「お腹空いてるなら……サンドイッチ……作る?」
「えっ!? 良いのかい!? お嬢ちゃん!!」
「うん……空腹の我慢は健康に良くない」
たとえ……突然の襲来だったとはいえども。
もしも彼らに真実を告げるのであれば前線の戦闘員では無かったにしろ”元”世界最強の回復役であるエミリアならば護身用の魔法で二人の撃退も容易ではあった。
しかし、それが出来ない要因として、
「あ……兄貴! ヴァンの兄貴! この女の子サンドイッチ作ってくれるって言ってるんだけど、縄を解いても良いよね! 丁度ご飯時だしさ!」
「馬鹿野郎! ピクニックじゃねぇんだ! 重要な人質解放する間抜けが何処にいんだ!?」
「で……でもよぉ……兄貴ぃ……」
「なんだっ!?」
「オラ、サンドイッチ食べたい……ツナ入り」
「テメェを全身縛ってやろうか!?」
仮に強い魔法を振りかざし、戦闘に発展。
さらに自分が暴れてしまえばこのよろず屋もろとも巻き込む恐れがあり、レオナルドとの愛の巣はが崩壊する可能性も含んでいるが故に、彼女はわざと大人しく捕まっていたのだった……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「げふっ……別に礼は言わないからな」
「もう、ヴァン兄貴は素直じゃないんだから。ありがとう美味しかったよ、お嬢ちゃん」
「うん。お粗末様……だったの」
さて、そうした事情の中。
現状はもう率直に言って……何が何やら。
なんと例えれば分かりやすいだろうか。
「その……温かいコーヒー飲む?」
「へっ!? あ、兄貴! ヴァン兄貴!」
「うるせぇ! 大声出すな馬鹿ビックが!」
「今の聞いた!? この子コーヒーを御馳走してくれるって! もう一回縄を解いであげようよ」
「テメェ! その間抜けな言葉二度と吐けねぇように口縫い付けられてぇのか!? ああんっ!?」
結局。何だかんだ言いつつ人質を一度解放。
そして彼らが済ませたこの昼食はまさかの人質のエミリア手作りという、最早人質の定義を問いだたしたくなるも、
「さて、お嬢ちゃん。俺達は見ての通り盗賊だ。フォルテ盗賊団っつう【一流の盗人】なんだ。でも今回俺達はここに来たのは金目的じゃねぇ……」
「フグッフグッ……フングッ!(そうだぜ! 確かに金には興味あるけど、今日は違うんだ!)」
それは一食の恩義か何かだったのか。
その真意は彼らから問いだたす他無いが、絶品ツナサンドで腹を満たした二人はなんと再び縛ったエミリアへ店を襲った理由を口にし始めた。
「実は今回の一番の狙いはアンタなんだ……」
「え? 狙いは私……なの?」
「そう。世界最強パーティー『天の箱舟』に所属していた最強クラスの回復役であるアンタと後は保険用に【ポーション】に用があって来たんだ。でも、目当てのポーションが無かった以上。悪いがこのまま来てもらうぜ」
普通ならばギリギリまで明かさない。
もしくはそのまま黙っているものだが。
ヴァンがそうエミリアへ素直に明かすのだった。
「で、でも……私は店番……しないとダメ」
「…………。もし、俺達の要求を蹴るってんならそれでもいいぜ。但しこの店は魔法で木っ端微塵にしちまうが……それでもいいのかい?」
「!? それは……ダメなの」
「よし、じゃあ交渉成立だな」
そして、彼女はそんなヴァンの脅迫に承諾。
大切な愛の巣……もとい、この店を破壊されては元も子も無いという事でしぶしぶ要求を呑んだ。
「ごめんよお嬢ちゃん。オラ達の望みを叶えてくれたら、すぐに家に帰してあげるから……」
「うん、仕方ない……言う通りに頑張るの」
「うう……お嬢ちゃん。アンタ良い娘だ」
「馬鹿野郎、なに同情してやがんだ! コイツにはしっかりと働いてもらわなきゃならねぇんだ! そんな優しい言葉をかけんじゃねぇ! もし手を抜かれたらどうすんだ、この馬鹿ビッグ!」
「痛い痛い! ご……ごめんよぉ、ヴァン兄貴!」
「喧嘩良くない……仲良くする」
「だ、だってよ! 兄貴、聞いた!?」
「そうかい。んじゃ、こいつは愛の鞭だっ!」
「いてっ! だから兄貴痛いって!」
こうして……レオナルドの留守中にて。
危害こそ加えられなかったが、店番のエミリアは抵抗も出来ずにそのまま連行されてしまった。
今はヴァンとビッグに連れられる形で彼ら盗賊団のアジトに付いて行く事にするのだった……。
ただし……。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「エミリア……一体どこに?」
ヴァンとビッグは知らなかった。
まさか彼女を連れ去ったすぐ後。
「……手がかりが無い以上、彼女の魔力の痕跡を辿っていくしかないね。くそ……誘拐犯め、タダじゃおかないよ……もしもエミリアに一つでも何か悪さしたら、絶対に生き地獄を見せてやるからね……」
その直後にまさかアジトへ……彼。
命よりも大切な相棒が攫われた事により激昂する。
その怒りのオーラ纏う恐ろしい悪魔が乗りこんでくるとは思いもしなかったのだった……。
次話、明日更新予定。
正午以降にて【直接投稿】致します。
なおこの幕間の閲覧数の伸びを見た後。
年末の投稿をどうするかを考えます。




