18.大切なものだったようです
何とも珍しい光景だった。
「頼む! この通りだ!」
『【《〔何とかしてください!〕》】』
まあ、レオナルドからすれば確定事項、必ずこうなるだろうと絶対また来るだろう。
そう予想していた出来事こそが、今まさに彼の眼前で巻き起こっていているわけなのだが……。
「打開策を教えてくれ!!」
それは世にも珍しい悪魔王の土下座。
それも主人格である紫を筆頭に、桃、赤、水、緑というまるでマカロンかの如く同じ姿をした5人が横に並び頭を下げるというこの異様な光景に、
「はぁ、まあ絶対こうなると思ってたけどね」
「えっ、まさか……確信してたのか?」
ため息を一つ挟んだ後、レオナルドは続ける。
「もちろん。例え天地がひっくり返る様な事があっても、アンタ達は僕に泣きついてくる羽目になるだろなぁって。そしたら案の定こうして間抜けヅラ晒して戻って来たってわけさ」
「お前そんな口悪かったっけ!?」
【あんら、酷いわん。アタシ達、自慢じゃないけど、元を辿れば天下の悪魔王ベリアルよん。なのに、なんでここまでエグい言葉を向けられているかしらぁん? 少し心外よぉん……】
「【喜】さん。それはね君達が馬鹿だからだよ」
【ほんと容赦ないわね!?】
「いやだって、人の忠告も聞かずに目先に捉われた馬鹿への言葉なんてこれしかないでしょ」
【アンタの口は毒しか吐けないのっ!?】
事前に二度に渡り促された忠告。
しつこいながらも再確認もしたというのにそれを強引に押し切り魂の分割の決行を決めた悪魔王達へ向け、レオナルドは開幕から容赦ない罵倒を浴びせていく形となったのだった。
―― ―― ―― ―― ―― ――
「まずあの時僕がアンタ達に向けて自分の事分かってないって言った理由は二つあるんだ」
それからというものの。
「ふ、二つ?」
仲間譲りの口の悪さを受け続けること数分。
ベリアル御一行を今一度整列させた後。
「まず一つ目は【感情の大切さ】だよ」
【感情の大切さ? どういう事なの?】
《感情なんて……冷静に考えて、たまに考えを狂わせる余計なものとしかボクは思ってない……》
「まあまあ、反論は後にして一回聞いてくれよ」
そんなお説教というべきか。
レオナルドはベリアルと他の人格の両者に目を配りながら、続けて発言していき彼は感情の重要さについてこう諭していった。
「そもそも感情って言うのはね、見方によればその人物の魅力を表す大切な側面なんだ。どれか一つを切ればそれは生き物として不完全になる。だから感情の起伏がある事はその人の弱さや性質、温かさを理解するうえで必ず必要なんだよ」
そのまま彼は感情がもたらす魅力を語っていく。
それも今回失態を犯した4人、喜怒哀楽の感情ごとに分かりやすく連ねる様にして、こうレオナルドは告げていったのだった。
【喜】はただ人を愛するのではなく、時には一歩引いて冷静に相手の気持ちを考える《哀》が必要。
『怒』はただ相手を怒るのではなく、まずは〔楽〕になって相手を許せるようになる度量が必要。
《哀》はただ引っこむのではなく、時には『怒』の様に思いきった強い意思による行動力が必要。
〔楽〕はただ馬鹿みたいに人を巻き込むのではなく【喜】みたいに、相手の心を掴む事を念頭に置いて、信用を勝ち取る為の行為が必要であると。
『ちっ、分かった様な口を聞きやがる』
【そう、一つだけでは不完全なのね】
《冷静に考えて……実に興味深い内容だね》
〔なるほどねぇ。分かりやすいぜ〕
「で……でもよ、そんなの――」
「空論に過ぎないって言うんだろ。そうさ、綺麗事に過ぎないって考えて貰っても別に構わないよ。これは僕の主観的な考えに過ぎないからね、どう思おうと勝手さ。聞き流してもらっても構わない」
「いや別に、俺様はそこまで……」
「でもね。そんな大切な感情が人格になって見えやすくなったからこそ、本当の自分と向き合えるチャンスだと僕は思ったんだけどね……残念だ」
「うっ、そ……それは……」
すると4つの感情達が納得する間。
レオナルドは最後に残された主人格であるベリアルへと矛先を向けると、再び容赦の一切無い手厳しくも、即座には反論できないえげつない正論を述べていき彼を咎め始めていく。
「多重人格ってのは自分が生み出した存在なんだ。自身の弱い部分が形を為して、それに為り替わる事で自分を自分と認識せずに生き延びるわけだ」
それも今度は、先の悪口とは質が全く違う。
それこそ直接心をえぐるような、鋭く痛みを持った批判を主人格に向けていく。
「アンタは自分の事を【強い】なんて勘違いしてるみたいだけど。僕から言わせれば、悪魔王なんて大層な名前を貰っても、結局は肩書きにすぎないんだ。そんなのはただの名札に過ぎない」
「うっ……く……」
一方的な責めの言葉攻め。
それがベリアルの心中に次々と突き刺さる。
強靭な逞しい肉体を通り越し、とめどなく。
「ベリアル、アンタはどう足掻いたってアンタだ。例え天から神の称号を与えられたって、アンタの名が上がるだけで決して強くなるわけじゃない」
「うく………………ぐぐ…………」
痛い、刺さる、だが抵抗し難い。
レオナルドの口から続々と現れ出る言葉の武器。
その正論という名の反撃しがたい凶器が魂の抜けた穴、傷口へ的確に塩をもみ込んでいくのだ。
「……僕の口の悪さは認めるけど、これだけ言わないとアンタは問題に気づけないんだろ?」
「ぐぐぐぐ……………ぐぐぐ」
『…………………………』
しかし……。
流石にそんな崩れる主人格の哀れな様。
意気消沈する彼を見兼ねてか……動いた。
「そもそもの話さ。自分と真に向き合える強い奴って言うのはわざわざ僕の所になんて来ないんだ。そんなのは弱い自己を否定したい雑魚しか――」
『ぐっ!? テメェ!?』
「【《〔!?〕》】」
ガッ! と。
終わりなき叱咤の言葉が吐かれていた中。
『いい加減にしやがれ! このクソガキ! 主人格がどんな気持ちで俺達を生んだか知りもしないくせに! ベラベラと好き放題に勝手な事抜かしやがってっ!』
突如、彼に掴みかかったのは『怒』。
本体に向けられる容赦ない言葉の連続。
「やめろ! ベリアンガー!」
『いいや、止めねぇ! 幾ら主人格の命令だとしてもコイツだけは許せねぇ!』
それについに業を煮やし兼ねたのかベリアンガーはその湧き上がる感情に突き動かされ、力いっぱいにレオナルドの胸倉を掴み上げたのだ。
「!? レオナルドに……何してるの……」
【《〔ひいぃっ!? あの女の子怖いっ!〕》】
「エミリア! 手を出すな!」
するとこの相棒の危機にエミリアも続けて激昂。
普段は表情の変化こそ乏しい彼女が恐ろしい眼光と殺気すら感じられるその強烈な気配をベリアル達に向けたが、即座にレオナルドはすぐに制止した。
「で、でも……こいつ」
「大丈夫。大丈夫だから、抑えるんだ」
「わ……分かった……言う通り……する」
『ヘっ、テメェ。良い度胸じゃねぇか。仮にも悪魔王に掴まれてるっつうのに余裕じゃねぇか?』
対して先制し、優位な状況を作れたせいか『怒』のベリアンガーは含み笑いを浮かべつつ、掴みあげているレオナルドへ安い挑発を向ける。
「……怒るのかい?」
『ああ、俺は『怒』だからな。例えテメェが正しい事を言っていたとしても、調子に乗ってズケズケと人の悪口抜かす輩は俺が容赦なく潰す!』
「へぇ、それは怖い話だ……」
『ふんっ! 傷つきたくなかったら必死で謝罪しな。胸倉掴まれるのは思っていた以上に怖いだろう? なあ、よろず屋のお坊ちゃんよぉ?』
だが……そんな。
あからさまな見え透いた挑発などハッキリ言って、彼に対しては何の効力も発揮する事は無く。
『さて、散々悪口を言ってくれた礼だ。どう料理してやろうか。まずはそのいけ好かない澄まし顔の皮でも剥いでやろうか。なあお坊ちゃん?』
「【《〔ゴ、ゴクリ……〕》】」
(…………レオ……ナルド?)
周囲が固唾を飲み、緊張が場を支配する。
まさに一触即発の空気漂うこの緊迫状態において、抵抗させ喧嘩に発展するようベリアンガーはそう敵を煽り怒らせようと謀ったが”一切が無駄”だった。
なぜならその理由は……彼の次のこの発言。
この直後にレオナルドが放った。
「あははは……そうかい。僕の顔の皮を……」
『ああ、楽しみだぜ。さあ、ラストチャンスだ。返事を聞こうか。早く俺達に謝るかどうか。謝れば少なくとも顔面だけは勘弁してや――』
この言葉だった。
「いいよ、遠慮せずに殺りなよ」
『な……んなっ!?』
瞬間、ベリアンガーは全身の血の気が引いた。
そして同時に手を離さざるを得なかった。
何故ならその時のレオナルドは氷かの如く。
(こ……こいつの今の目は!? なんだ!?)
下手すれば命すら取られかねない状況。
最も融通の利かないと自負する狂暴な『怒』という火薬庫よりも危うい存在より、殺気の帯びた言動を向けられていた筈だったというのに、
『な……なんで!?』
「どうしたんだい? ほら、殺りなよ?」
『なっ……なんでビビんねぇんだよ!?』
微塵も、これっぽっちも、一欠片も。
彼が己に恐怖する様子など見せる事無く、動揺など皆無な冷淡な静かな視線を向けていたから。
目が死んでいるとはまた異なる底の見えない覚悟、その凄まじさの片鱗を《怒》を全身に察知したのだ。
「僕はねこれまでの冒険で死線を幾度となく味わってそこから必死で潜り抜けてきた。だから今更怯えるようなもんなんて早々無いんだ」
そして手を離され、足を床に付けた彼は続けた。
最早暴力などでは訴えず言葉一つで威圧され、
『ううう……ち……ちくしょう、ちくしょう』
そんな今ではすっかりと萎縮してしまった。
先まで燃えた炎のような『怒』が今や見違えるように……その掴みあげていた手先を震わせつつ、小さく縮こまり、先程の鋭い眼光に未だ気圧され続けている彼にレオナルドはそう言い放つのだった。
「【《〔……………………〕》】」
(レオナルド……カッコいい……大好き)
そうして、それは同時に静寂を場に呼びこむ。
場を熱くしていた熱が一気に冷めたかの如く。
「さあ、気を取り直して話をしよう」
「あ……ああ。分かった」
さっきまで渦中にいたというのに……。
この場で誰よりも最も冷静な物言い、態度で場の全員をも圧倒し空気を落ち着かせたのだった。
次話、二章ラスト。明日更新予定です。
正午以降にて【直接投稿】致します。




