船着き場での攻防
南伊豆町湊地区 船着き場
佐竹が船着き場のゲートを抜けたタイミングで、見計らったように海上保安庁の救出部隊が目の前に現れる。その完璧なタイミングは、まさに神の悪戯とも言うべき完璧なタイミングであった。
探照灯でこちらを照らし、波しぶきを上げながら接近する白い巡視艇の後方には、防弾衣や防弾帽、ゴーグル等を装備した海上保安庁の職員が数名居り、中間姿勢を取りながら自分達の後方へと89式小銃やM79ガス筒発射器等を指向していた。そのすぐ後ろには、4隻の複合艇も随行しており、各ボートでは姿勢を低くしながら2名の隊員が防弾盾を横にし、S&W M5906を正面に構えているのも確認できた。
海上保安庁特別警備隊、彼らは主に海上デモの規制や暴動対処、不審船に乗り込んでの犯人の制圧、重要施設の警備等の任務に就く、言わば海上保安庁における機動隊的な性格を持つ部隊である。しかしながら、常設の部隊ではなく、各管区本部の警備実施等強化船にて通常の任務に就いている特別警備隊の有資格者の中から、船長等の命令により臨時で編成される部隊である。尚、同じく海上保安庁に存在する特殊警備隊(SST)や海上自衛隊の特別警備隊とは性格は異なる。
巡視艇と複合艇は船体を護岸に寄せると、接近する輪島達に対して船外スピーカーで指示を出した。
「海上保安庁です! これより後方の敵に対して射撃を行います。 中央を避けて接近してください!」
その指示を聞き、直ぐに中央にスペースを開ける輪島達。そして、巡視艇の船首に搭載された12.7mm多銃身機銃が後方から追撃して来る敵集団に向けられた。
再び、スピーカーから声が発せられる。しかしそれは、輪島らに対してではなく敵に対するものであった。
「直ちに武器を捨て投降しなさい! これ以上近づけば射撃する! 止まれ!!」
警告では止まりそうもない集団を確認する「いずなみ」の船長である鞍馬。その中に、幻想の世界から飛び出してきたような怪物の存在を何匹か確認するが、鞍馬は決して冷静さを失わず、次の手を打つ所だった。
最初に催涙ガス筒を使用する為に船外の隊員に対して指示を出した。
「催涙ガス筒発射用意!」
すると、ガス筒発射器を構えた隊員が銃口を斜め上方へと向ける。
「発射!!」
その号令を聞いた隊員は、速やかに迫りくる群衆に向けて催涙ガス筒S型を発射する。すると、催涙ガス筒は放物線を描きながら集団の前方へと転がって行った。
しかし、そのガス筒を見た白鬼がそれを拾い上げると、そのまま巡視艇の船橋へと投げつける。猛烈な速度で飛来した催涙ガス筒は船橋の風防にクモの巣上の罅を入れると、跳ね返って近くの水面へと落下する。その数秒後に催涙ガス筒が一瞬だけ点火したが、ブクブクと泡を上げながら沈むだけだった。
その光景を目の当たりにした鞍馬はもう一度だけ警告を行う。
「止まらなければ撃つ! 止まれ!!」
語気を強めにして再度行った警告を無視するかのように、追撃の手を止めない敵兵士達を確認した鞍馬は決断する。
鞍馬はマイクを口元に引き寄せ、船外の特警隊員にスピーカーで指示を出す。
「総員、射撃用意!」
スピーカーからの号令を聞き、巡視艇の船外及び複合艇の特警隊員達が前方に照準を合わせる。そして、M5906を構えた者はセーフティーを下ろし、89式小銃を構えた者は切り替えレバーを単発へとスライドさせた。
輪島達が完全に安全圏に退避したのを確認し、目前にまで迫った敵に対して遂に射撃の号令が下った。
「撃てっ!!」
その瞬間、巡視艇の機銃が火を噴き、毎分1000発を超える速度で銃弾を掃射する。機銃から放たれた弾丸は、目前にまで迫っていた白鬼の首を食い千切り、後続の白鬼の腕や頭をもぎ取って行く。同じように、巡視艇の後部甲板や複合艇に居た隊員も射撃を開始し、突撃して来る敵兵士や緑鬼を的確に撃ち抜いて行った。
護岸へのゲート目前にある駐車場地区に全ての火力が指向され、身動きを取る事も出来ないまま空気を掠める「音」に貫かれる兵士達。それを防ぐ術も認識する術も、彼らは持ち併せてはいなかった。時折、駐車場のアスファルトにぶつかり、火花を散らしながら明後日の方向に跳弾する曳光弾が鮮やかで美しい光景を映し出す一方で、既に駐車場一面には鮮血が溢れ、若干傾斜のある地面からそれがゆっくりと側溝のグレーチングに流れ落ちていく様は悪夢のような光景であった。
眼前の混乱状態の中、先ほど催涙ガス筒を発射した隊員が再び集団の中に催涙ガス筒を撃ち込む。放物線を描き落下した催涙ガス筒は、数秒後に反応を開始し催涙性のガスを周辺に放出し始める。
ガスを吸い込んだ敵兵士は直ちに咳き込み、その場で転げまわる。しかし白鬼は、未知の白煙の中で顔を苦悶の表情に歪めながらもこちらへの接近を諦めないようであった。
それを見た鞍馬は、直ぐ中岡に白煙の中から近づく白鬼に対しての射撃を命じる。船長席からも見えるモニターには、白黒の映像が映し出されており、催涙ガスの帳の中から近づいてくる白鬼の姿をはっきりと捉えていた。
そして、鞍馬が中岡に発射の命令を下すと、操舵室を震わせる重い銃声の後、モニターに映っていた巨影の頭部が砕け散った。その時、射手である羽田はモニターをただ見つめるだけであった。影が散って行く瞬間、そこに音は無くただ白黒の映像が映し出されるのみであり、現実の光景が映し出されない分、次第に羽田の感覚を麻痺させて行く。
既に、100人以上は殺しているだのだろうか。最初の射撃の時と比べて、今ではもう何も感じなくなっている。まるで、ゲームでもしているようだ。そんな自分が恐ろしい。
羽田はそんな事を考えながらも、接近を続ける次の標的に照準を合わせ、射撃を継続する。目の前の人間を救う為には誰かがやらなければならない、そして今は自分にしか出来ない。既に羽田には、そんな小さな事実に縋りながら自分を騙し続けるしかなかった。
前方の様子を確認する鞍馬。既に敵兵達は、負傷した者やガスを吸い込み呼吸が出来なくなっている者、そして倒れたまま動かなくなっている者しか存在しなかった。しかし、それでもまだ、這いずりながらもこちらに接近を試みようとしている事から、士気はそれなりに高いものだろうと理解できた。
どちらにせよ、警官達を回収するタイミングは今しかない。これだけ派手に暴れたんだ、直ぐにでも増援がやってくるに違いないだろう。
鞍馬はそう考え、船外スピーカーで近くにまで集まっていた警官達に複合艇と「いずなみ」に分乗するように指示する。その指示を聞き「いずなみ」の船外の人員は直ぐに乗船用の舷梯を準備した。
「皆さん! 今の内に乗船をお願いします! それぞれに乗船が完了次第、すぐにここを離れます」
指示を聞いた警官や輪島ら28名は、駆け足で複合艇や巡視艇に分かれて乗り込む。複合艇や巡視艇の隊員達が負傷した人員の乗船を支援する中、それ以外の隊員達はその間も前方への警戒を厳として行っていた。
次々と乗り込む警官達、「いずなみ」では人員は全て乗り込み、他の複合艇でも間もなく全員の乗船が完了する所だった。船梯を格納し、離脱準備を取る「いずなみ」。乗り込んだ輪島や杉崎達はその時、後ろから迫りくる音に気付く。
突如、駐車場の奥にある海岸に続く道から複数の蹄の音が響いた。
即座に銃を構え警戒態勢に移る隊員達。小銃を奥の小道に向け、目の焦点を照星頂に合わせる。
その時、小銃の向けられた先から複数の騎馬が現れ、前方の血だまりを左右に避けながら眼前へと躍り出る。そのまま、先頭の漆黒の騎馬に乗った軽装鎧と茶色のマントを羽織った男が、杖を掲げながら周りの馬よりもひと際早い速度で接近を開始する。
直ぐに鞍馬は、まだ複合艇に乗船していない人員に向けスピーカーで叫ぶ。
「敵だ! 全員、乗船急げ!」
それを聞き、未だに井出を前に抱えたままの佐竹も乗船を急ぐ。しかし既に、周りの複合艇は護岸から離れ、水しぶきを上げながら、青野川の河口から脱出しようとしている所だった。
その時、複合艇の隊員が叫ぶ。
「もう時間が無い! 飛び乗れ!!」
佐竹は一瞬だけ背後を振り返ると、その試みが無理かどうか思考する前に複合艇へと飛び込んだ。飛び込んだ瞬間、複合艇のスクリューが高速回転し、しぶきを上げながら船体を180度回転させた。その揺れで前の椅子に倒れこんでしまった佐竹。井出を庇おうと直ぐに上体を曲げ、井出が椅子に激突するのは防いだが、疲労し切った佐竹はそのまま頭部を椅子に強打し、驚く井出の上に倒れこむように意識を失った。
その時、鞍馬は先頭の騎馬に乗った男が杖を掲げたのを認めると、直ぐにその男に射撃を命じる。これまでの経験上、杖を持った敵は厄介な攻撃を行ってくる傾向がある。故に、杖を振り上げて攻撃態勢を取る敵は速やかに対処しなければならない。
鞍馬の命令を受け、直ぐに照準を合わせる羽田。真っすぐこちらに向かってくる騎馬に照準を合わせるのは容易だった。
照準が合ったその時、鞍馬が射撃の号令を出す。
「撃て!!」
「いずなみ」の機銃が再び火を噴き、前方の騎馬へと銃弾を放つ。そして、機銃の発砲音とほぼ同時に船外の隊員達も射撃を始める。
その時、先頭の騎馬に乗った男の杖が緑色に輝いた。すると、男に集中した銃弾が全て明後日の方向に弾かれたかと思うと、騎馬の前方に傾斜の付いた緑色の障壁のようなものがうっすらと浮かび、鮮やかに発光していた。その間も男に射撃を集中しているが、その全てを弾かれ、遂に船まで10メートルを切った所だった。
これ以上の接近を恐れた鞍馬は、直ぐに「いずなみ」に離脱を命じる。
「直ぐに離脱だ! 回頭した後も距離を取るまで銃撃を継続しろ!」
その指示を聞いた「いずなみ」の航海士は即座に船首を180度回転させ、青野川の出口へと針路を向ける。それと同時に羽田が砲塔を先程の騎馬に再度向け、射撃を継続する。
再び浴びせられた弾丸の雨は、先ほどより発光を強める緑色の障壁に阻まれ続けていた。しかし、その数秒後、その男を包んでいる緑色の光が弾けたような音がした瞬間、杖から緑色の発光弾が飛来し「いずなみ」の近くへと着弾、大きな波としぶきを生じさせた。
幸いなことに、既に十分な距離を取っていた「いずなみ」は直撃を免れたが、直撃していたら一発で大破する程の威力である事は、誰の目から見ても明らかであった。
既にかなりの距離を取られ追撃が困難である事を悟る、軽鎧と茶色のマントを羽織った長髪色白で切れ長の目を持った男――ルベルトは、「いずなみ」の方をしばらく眺めた後、駐車場側へと引き返して行った。一方で「いずなみ」も射撃が出来ない角度と距離に離れていた為、既に船外の隊員を含めて撃ち方止めの号令が掛かっていた。
「いずなみ」は、戦闘の果てにようやく訪れた静寂に包まれ、救助された輪島らは甲板にて、次第に離れ行く南伊豆町を唯々眺めていた――。
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