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亡き盟友の為の無言歌

 

 南伊豆町 船着き場 駐車場地区


 南伊豆町の船着き場地区にある駐車場は悪夢のような惨状であった。


 街灯に照らされた駐車場には数十もの屍が横たわり、かろうじてまだ意識がある者は悲鳴を上げながら、ここに居る筈のない家族に助けを求めている。しかし、そのような者も魔導衛生兵の治療もむなしく絶命して行く者が殆どであった。


 その光景を眺めていたルベルトは、前方の「惨殺現場」から流れる赤い血が自分の足元まで流れて来ている事に気づき、既に血に浸ったブーツをゆっくりと別の場所にずらした。


 私は帝国兵士の血と屍の上に立っている。しかしこれまで、兵士達には亜人種であろうとも決して無駄死にさせたことは無い。だが、これは、目の前の光景は、余りにも一方的過ぎる。数百名もの部隊を投じて、敵一人すらも殺す事が出来なかった。これを無駄死にと言わずして何と言えばいい?


 その時、ルベルトの部下である女性将校のニルスが近づいてくる。銀色の軽量甲冑を身に纏い長い金髪を後ろで束ねた彼女は、ルベルトの顔を見るなり、直ぐに懐からハンカチを取り出してルベルトに手渡す。


「ルベルト様、お顔に怪我をされています! どうかこれでお拭きください。直ぐに、衛生兵を呼んで参ります」


 それを聞いたルベルトは、確認するように右手を顔に当てる。すると、手に生暖かいものが触れ、ルベルトの指を赤く濡らした。


 その瞬間ルベルトは、障壁が破られた時に一瞬だけ顔を掠めて行った敵の攻撃によるものだと悟る。しかし、この程度のかすり傷で衛生兵の世話に等なりたくない。


 そしてルベルトは、衛生兵を呼びに行こうとしたニルスを引き留める。


「よい! 衛生兵は傷病者の治療に専念させよ。この程度の怪我など自分で治せる」


 そう言うとルベルトは短いスペルを唱える。すると、ルベルトの右手が緑色に光り、その手を顔に数秒だけ当てると、傷は既に完治していた。


 そしてルベルトは、結局使用しなかったハンカチをニルスに返すと、口を開く。


「それにしても、先ほどの軍船、上陸時に船団に接近して来た船に見えたか?」


 ニルスが記憶を遡り、敵の軍船が離脱する前の情景を思い出す。


「記憶は定かではありませんが、船体に刻まれた文字の形からして恐らくは……」


 最後まで喋りかけたニルスは、ここでルベルトの質問の意図を察する。


 ルベルトがそれを聞き、ゆっくりと海の方角に体を向けた。


「海岸で聞いた爆発音は、やはりか。……スーラよ……お前は一足先に天に上ったのだな……」


 何も言わずにただルベルトの背中を見つめるニルス。それを察したのか、ルベルトは背を向けたままニルスに命じた。


「ニルス、傷病者を連れて一度展開地へと帰還する。動けない者は協力して運べ」


 その声はいつもの冷静な声であり、付き合いの長い友人を失った悲しみは全く感じさせない威厳のある声であった。


 命令を聞いたニルスが質問する。


「兵の遺体はどうされますか?」


 ルベルトが直ぐに答える。


「後で必ず収容する。一人も置いてはいかない」


 ニルスが答える。


「了解致しました。では直ぐに兵士達に命令を与えます」


 そう言うとニルスは、敬礼した後に回れ右をして傷病者達の簡易治療所へと急いだ。


 ルベルトは離れて行くニルスを背中で見送ると、彼女に背を向け、自分にだけ聞こえる声で言い聞かせるように呟いた。


「お前の死、そして兵士達の死は決して無駄にはせん。必ず成果を上げて見せよう」


 そう言うと、異世界の夜空を見上げるルベルト。星々の位置はドーラ大陸での位置とは異なるものであったが、その輝きだけは変わらずに自分達を照らしてくれている様に感じた。


 ――


 弓ヶ浜海岸 強襲上陸部隊 展開地


 海岸から急速に離れて行く小型船4隻と先刻の軍船1隻を遠見の魔筒で見つめるマルス。彼らが向かう方角には、先刻のもう一隻の大型軍船が停泊していたが、船体の後部からは煙のようなものが上がっている様に見える。


 この状況を見たマルスが真っ先に悟ったのは、追撃の失敗ではなく、信頼の置ける指揮官の一人であったスーラの死であった。


 先程聞こえた爆発音は、やはり積載していた魔力結晶が爆発した音だった様だ。スーラの事だから最後まで戦い、船と共に運命を共にしたのだろう。スーラを失ったのは完全に想定外であり、我が部隊は陸戦における優秀な指揮官の一人を失ってしまった。これは計り知れない損失である。


 マルスは遠見の魔筒を下ろし、側に居たゴールに顔を向けた。ゴールは顔には出さないが、胸中は容易に察することが出来た。彼とスーラは士官学校からの親友であり、数多くの戦地で共に戦った戦友でもあったからだ。だが、私は部隊を預かる指揮官としてゴールに命令を下さねばならない。


 こちらの心境を察したのか、ゴールが先に口を開く。


「スーラが敗れた今、一時的ですが、海上の支配権は彼らにあります。本隊が到着するまで、海岸に拠点を置くのは危険です。直ぐにでも移動した方が良いでしょう」


 同じ事を考えていたマルスは答える。


「私もそう思っていました。しかし、どこに移すべきでしょうか? 事前に配布された地図は最早全く役に立ちません……」


 すると、ゴールが何か案があるかのように答える。


「はい。拠点の候補地についてですが、ここから西に100メートル程行った所に鉄製の櫓があると斥候から報告を受けております。その櫓から、候補地を探してみてはどうでしょう?」


 マルスは暫し考えた後、周辺地域の偵察も兼ねてそれが最も確実な手段だと判断する。


「分かりました。その案で行きましょう。そして、今のところ周辺に敵兵は居ないようですが、一応周辺に歩哨を立てておいて下さい」


 それを聞くとゴールは直ぐに部下を呼び、周辺地域に歩哨を立てるように命じる。命ぜられた兵士は直ぐに部下を招集し、市街へと向かっていく。


 それを確認しゴールは再びマルスに体を向ける。


「ではマルス様、櫓までご案内いたします」


 ゴールがそう言うと、直ぐに脇から馬を連れた兵士が現れる。マルスとゴールはその馬に跨ると、同じく馬に乗った護衛の兵士達に囲まれながら、急ぎ櫓へと向かった――。


 ――


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