黄泉平坂を越えて②
2330時
弓ヶ浜海岸 上陸地点
バリケードの兵士達に対して厳戒態勢を敷きながらも、続々と兵員を展開、整列させるアレク帝国軍強襲上陸部隊。その中には、多様な兵科、兵器、生物等がバランス良く編成されており、上陸展開後、海岸堡を確保する為に暫くの間、一定の戦闘行動取れるようになっている。
兵科には、軽歩兵や重装歩兵を始め、弓兵、魔法兵、騎兵・テイマー(或いはサモナー)等の他に、強力な精霊や生物等と契約し使役する兵器オペレーターのような希少価値の高い兵科も存在する。ちなみに、兵科ごとの人数比で言うと、訓練や装備面でコストが低い一般的な軽歩兵やゴブリン等の歩兵が最も多く、育成費用や適性等からコストが高くなっている魔法兵や契約者が最も少なくなっている。
強襲上陸部隊が装備する兵器については、飛行可能だが機動力はあまり高くない空対地攻撃および兵站支援用のガーゴイルや正面に強固な障壁を展開可能な強襲型ゴーレム等があるが、これらは全て1世代前の旧型である。と言うのも、新型の量産がつい最近から始まった為に配備が間に合わなかったからである。しかしながら旧型と言えども、性能は高水準であり、大陸のどの国家の物よりも強く技術レベルも格段に高くなっている。そして操作方法には、騎乗或いは共感覚魔法による遠隔指示等の方法を用いる。
また生物については、一般的な騎馬や尖兵たるゴブリンやオーガを始め、偵察用のグリフォン、偵察及び奇襲用のサラマンダー等がおり、ゴブリンやオーガ等を除きテイマーの騎乗或いは共感覚魔法による遠隔指示により操られる。
その時、兵站将校から物資等の展開報告を受けていたマルスは、前方で警戒監視に当たっていた兵士の敵襲号令と空気を破裂させたような音を同時に聞いた所だった。
マルスの近くに居た副官のゴールは、直ぐに前列を守る部隊の指揮官に応戦の指示を出す為に動いていた。
一方のマルスは、慌てた様子は無く冷静な眼差しで落ち着いて敵方を見やる。どうやら、前方の赤い鉄箱上部の筒と、もう一つの鉄箱から伸びた白い蛇のようなものから水系統の魔法が放たれ、水系統魔法と相性の悪い土壁を破壊しているようだった。水の無い場所であれだけの魔法を放てる事は予想外であったが、未知の魔法や攻撃に関する報告を受けていたマルスは、その程度では既に驚かなくなっていた。
そして、この時点での攻撃が想定の範囲内と言ったような感じで小さく呟く。
「やはり、このタイミングですか。上陸作戦において一番脆弱なタイミングである展開時を狙うのは予想していましたが、少し遅すぎでは? それに、ルベルトからの報告にもあった通りおかしな魔法、いや物理攻撃を使いますね……」
一瞬だけ考えるマルス、しかしながら、この場所と敵兵の姿形がエリエスとは大きく異なっていた事から、敵の思惑を直ぐに看破する事は出来そうもなかった。
「どうやらこれまでのエリエスとの戦いに比べて、何もかもに違和感があります。まるで、エリエス軍ではない別の国家と戦っているような……」
それから数秒後、即座に敵襲を聞きつけたルベルトが走りながら近づいてきた。
「マルス様! 敵襲です! 彼らは水系統の魔法により前衛のバリケードを破壊し、その背後の歩兵に攻撃を行っています」
破裂音が連続して響く中、敵方を見て少し考えた後、マルスはルベルトに確認する。
「ルベルト、現在動ける部隊は?」
ルベルトが即座に答える。
「私の指揮下で今すぐにでも動ける部隊は、ゴブリン混成突撃隊、サラマンダー奇襲隊、突撃軽装騎馬隊、混成歩兵隊のみです! その他魔法兵器等については、揚陸作業の途中、或いは魔力炉の起動中につき行動出来ません」
マルスはそれを聞き、頭を回転させ瞬時に戦術を組み立てる。
ルベルトの初戦での報告を聞くに、魔法兵によるバリケードへの集中爆撃が最も効果的ですが、彼らは魔法兵や弓兵を優先的にかつ正確に攻撃出来る能力を持っていると聞いています。元より人数も少ない上に今後の戦闘の事も考えると、長距離戦では分が悪い彼らは極力敵に暴露すべきではありません。魔導兵装も使えない今、彼らに有効なのは、初動の速いサラマンダーから構成されるサラマンダー奇襲隊、耐久力の高いオーガやゴブリンから構成されるゴブリン突撃隊を前衛に据え、後列に歩兵を控えさせると同時に側面から騎馬隊を突撃させる物量戦術が最も効果的でしょう。
「たった数十名に数百名をぶつけるのは美しくありませんが、上陸展開の障害は早急に排除するに限ります。ルベルト、直ぐに蜥蜴とゴブリン隊を前衛に、側面を騎馬隊、後方に歩兵隊を並べてください」
ルベルトが直ぐに各部隊指揮官に命じると、近くに各部隊が整列し徐々に陣形を形成して行く。その動きは、訓練された兵士の動きであり、一切の無駄がない実に整斉とした動きであった。
奇襲され決して少なくない損害が出ている状況にも関わらず、ゴールと前方の下士官及び兵士達は即座に体制を立て直し必死に時間を稼いでくれている。そして、驚くほど速く整斉と陣形を作る為に移動する兵士達、属領の農民からの徴兵ではこうも行くまいとマルスが考えていた時、ルベルトが整列完了の報告を行う。
「マルス様、各部隊整列完了致しました! 直ちにご命令を!」
それを聞き、マルスは無駄のない動きで整列した全軍に手をかざしながら号令する。その指揮官然とした姿には、王族としての気品や威厳、そして百戦錬磨の指揮官の如き鋭い眼光が宿っていた。
「「全軍突撃!! 我が帝国軍の誇りを見せよ!!」」
その時、ルベルトと前衛の指揮を執っていたゴールは目を見張った。その号令はこれまでの気だるげな態度からは想像もつかないような気迫のある号令であったからだ。それはまるで、アレク帝国皇帝の全盛期にも匹敵するような威厳と共に、絶望の淵に居る兵士ですらも奮い立たせるような力を感じさせるものだった。
その号令に呼応するように、士気高らかに突撃を敢行するゴブリンやオーガ、サラマンダーとそのテイマー達。その雄叫びは、エリエスの都市とは似ても似つかぬ地に響き渡り、前方で必死に戦う異形の兵士達の心を揺さぶった――。
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