黄泉平坂を越えて①
2312時
弓ヶ浜バリケード
今もなお睨み合いが続く弓ヶ浜海岸、その波打ち際では後発の船団が続々と上陸しており、砂浜に即席のバリケードを作りながら兵員や魔法生物等の展開を進めていた。また、上陸部隊の指揮官と見られる若い金髪の男も到着し、大量の兵士を始め、石で出来ていると思われる二足歩行の戦車の如き兵器や羽の生えた悪魔のような石像、そして見た事もないような蜥蜴の生き物や大小の鬼のような怪物、四足歩行の鷲、その他にも見た事のないような生物が檻ごと帆船から降ろされている最中であった。
下田警察署警備課の高橋や消防団の輪島、機動隊の隊員らは、それを眺めながら、次第に自分たちの対処能力を上回りつつある集団に危機感を募らせていた。
静かに砂浜を眺める面々の背後から、駐在所の電話で本部と連絡を取っていた杉崎が姿を現した。
「皆、聞いてくれ。撤収時の計画が決まった」
杉崎がそう言うと、前方を警戒する人間を数名残して、全員が杉崎の前に半円を作った。
消防団の輪島が杉崎に問う。
「で、杉崎さん。一発かましたら俺たちはどうやって逃げるんだい?」
杉崎が全員を見渡しながら答える。
「はい。撤収時については、前にも説明した通り、我々の対処能力の限界を超える前に、放水により土壁を破壊した後に展開準備中の敵に一撃を加えてから撤退するという事に変化はありません。ただ、その撤退方法に変更があります」
真剣な眼差しで杉崎を見つめる面々、一拍置いてから杉崎は続けた。
「撤退は当初、下田署の皆さんが乗って来た車両に分乗して学校方面に向かう予定でしたが、下田署の対策本部からの連絡で、近海にいる巡視艇が我々を回収してくれる事になりました。ですので、我々はここから西に300m程の所にある青野川沿いの船着き場に向かいます」
ここで消防団の佐竹が手を挙げながら杉崎に率直な疑問をぶつけた。
「杉崎さん、どうしてそのまま学校方面に撤退しないんですか? 船に乗り込む時に襲われたら返って危険じゃないですか?」
突入支援班副班長の新垣を始め、覆面をしたままの他の隊員も気になる様子で杉崎に顔を向けた。
説明し忘れたと言った顔で杉崎が口を開く。
「ああ、それについてですが、ギリギリまで敵を陽動すると言う意味も含まれています。現在も市街では避難誘導が行われています。その為、我々が敵を引き連れて学校方面に向かうのは多くの町民を危険に晒してしまう事になり兼ねません。なので、我々は最後の役目として敵をギリギリまで引き付けなければなりません」
ここまで説明し、概ね納得した全員の顔を確認し、次に杉崎は消防団の輪島らの方に顔を向けた。
「そして……輪島さん。あなた達は直ぐに避難してください。下田消防本部から既に撤収命令が出ているそうです。これ以上あなた方をきけ……」
その時、輪島が杉崎の言葉を遮って口を開いた。
「馬鹿言っちゃいけねぇ! ここは、湊は俺たちの町だ! まだ逃げてる町民を見捨てて自分達だけ逃げるなんざ出来ねぇってもんだ! 最後までやらせてくれ!」
そう言うと輪島は、当初編成した8名から6名に減った分隊員に顔を向ける。
「なぁ、おめぇらもそうだろ!?」
聞くまでもなく、分団員は口を揃えて賛同した。
「そうだ! 俺達も最後までやってやる!」
「俺の家族も逃げてるんだ! 出来るだけ時間を稼いでやる!」
その中でひと際気迫に包まれていたのは佐竹であった。
「源さんの仇だ! せめて敵にぎゃふんと言わせてから逃げてやる!」
その時、真剣な雰囲気の中、思いがけず耳に入った半ば死語と化した言葉がツボに入ったのか、井出巡査長の口元が覆面の下からにやける。しかし、あまりにも機微な変化であった為気づいた者は皆無であった。
杉崎は輪島の気迫を微動だにせぬまま正面から受け止め、輪島の目を真っすぐに見つめる。その瞳には自分たちと同じく誰かを助けたいと言う純粋な思いが燃えており、これを拒絶する事は同じ全体の奉仕者たる役割を担っている者として最大限の侮蔑とすら思えた。
少しだけ考えた後、杉崎は少しだけ笑顔を作りゆっくりと口を開いた。
「……分かりました。では、引き続き協力をお願いします。やはり、ポンプ車を我々だけで操作するとなると骨が折れそうですので」
それを聞き輪島は直ぐに答える。
「確かにな、素人がいじるとホースに顔を殴られるぜ。あの土壁をぶっ壊すのは俺たちに任せてくんな」
輪島がそう言うと、杉崎を含め全員が砂浜の方へ目を向ける。
砂浜には今も続々と物資や人員などが運び込まれており、既に兵士達の人数は自分達の対処能力を上回っているかのようにも見える。
その光景を見つめながら、後藤が口を開いた。
「かなり危なくなって来た感じですね」
杉崎が答える。
「敵がかなり増えてきました。そろそろ、行動を開始した方が良さそうです」
それを聞き下田警察署警備係長の高橋が杉崎に報告した。
「警備係はいつでも行動可能です」
それに輪島も続けた。
「俺達もいつでも動けるぜ」
最後に突入支援班副班長の新垣も報告する。
「突入支援班、新垣以下15名、同じく行動可能です」
報告を聞き終えたその時、杉崎の左胸に装着された携帯無線機がコール音を発した。
「(ピー……弓ヶ浜バリケード、こちら海上保安庁特別警備隊、どうぞ)」
それは杉崎が待ち望んでいた声であった。自分達が先制攻撃を仕掛けるにしても、その前に退路をしっかりと確保しておく必要があったからだ。その為、現在まで全員に待機を厳命していたのであった。
杉崎は直ぐに胸のマイクを掴み交信を始めた。
「弓ヶ浜バリケードから特別警備隊、聞こえています。どうぞ」
「(弓ヶ浜バリケード、こちら特別警備隊、以後交信にはこの周波数を使います。そして現在、我々は出動準備を完了し、いつでも出動可能な状態です。どうぞ)」
「弓ヶ浜バリケードから特別警備隊、我々も当初の計画通り撤退準備を完了しています。特別警備隊はこれより回収地点に前進をお願いします。どうぞ」
「(弓ヶ浜バリケード、こちら特別警備隊、了解しました。これより前進し近傍にて待機します。どうぞ)」
「弓ヶ浜バリケードから特別警備隊、了解しました。ご支援感謝します。おわり」
杉崎は交信内容を全員に伝える。そして、命令を下した。
「海保の特別警備隊も準備が完了した。これより、我々は先制攻撃を行い。敵の混乱を引き起こした後に撤退を開始する。各員は所定の位置にて待機、命令を待て。質問が無ければ別れて行動開始!」
質問のある人間はおらず、即座に全員が自分の持ち場へと戻った。
時刻は2330分を過ぎた所だった。これより、弓ヶ浜バリケードの警官や消防団員達の命を懸けた撤退戦が始まろうとしていた――。
――




