それぞれの使命
2300時
南伊豆町湊地区
弓ヶ浜海岸に隣接した地区である南伊豆町湊地区では、警察や消防が現在も残った町民の捜索活動を続けていた。警察や消防車両の赤色灯で照らされた市街では、そこら中を近隣からも派遣されてきた警官達が走り回り、逃げ遅れている町民が居ないかを一軒一軒確認して回っていた。
その中の一人、弓ヶ浜交番に臨時で派遣されていた天利国章巡査長は、後藤巡査部長を残し周辺の避難民誘導に当たっていた。元々二人は、警備課員と共に不審船団へ対処及び周辺の逃げ遅れた町民の避難誘導と言う名目で派遣されていた。しかし、弓ヶ浜までの道中、大量の避難民とそれに比して少ない人員で誘導を行っている警察や消防職員を見て、後藤が天利に周辺の避難誘導の支援を命じた事で、現在、天利は周りの警官達と共に避難民の誘導を行っていた所であった。
その時、一緒に活動していた若い巡査が駆け寄ってきた。
「天利巡査長、支援ありがとうございます。この辺りの住民の避難は概ね完了しました。しかし、まだ市街側では何人かが逃げ遅れているようです。引き続きご支援して頂けるとありがたいのですが……」
引き続き支援をする事は可能だ。いや、俺の任務はもう既に避難民誘導に変わっている。後藤さんの所にはもう戻れないのだ。と言うのも、先ほど本部から弓ヶ浜PBには戻らず避難誘導を行いながら東小学校方面へと向かうように指示されたからである。
状況が変わったのかと不思議に思い、先ほどから弓ヶ浜の方向より響いてくる銃声と絶叫に関係があるのかと問い詰めたが、詳しい事は分からず終いであった。しかし、後藤さんの方はあちらで独自に撤収を含めた計画を進めているようであると聞き、少しだけ不安が軽くなっていた。
ここで先ほどの若い巡査は、物思いに耽り明後日の方向に顔を向けたままの天利にもう一度話しかける。
「あのぉ……天利巡査長……?」
天利は横からの声に気づき、慌てて答える。
「あ、ああ、そのつもりだから大丈夫だ。それに本部からも言われてるしな」
巡査は不安そうな顔から笑顔になり天利に感謝した。
「ありがとうございます! 助かります!」
こっちも仕事なんだから感謝は要らないよと思いつつ、天利は現在の避難状況について巡査に確かめた。
「ところで、現在の避難状況はどうなっているか分かるか?」
巡査は記憶を呼び戻しながら答える。
「確か、避難誘導中に話をした別の地区から遅れて来た警官の話では、湊地区の町民は観光客も含めてほとんどが東小や東中に避難済みのようです。でも市街の方では、津波なんてデマだと避難しない方や逃げるのに時間がかかる方が何人か居て、その対応に追われているみたいですね。宿やホテルが多く観光客が多い海岸周辺ではそのような人はあまり居ませんでしたが……」
確かに観光客に関しては、別の場所に家があるのだから荷物だけ持って逃げれば済む話である。
「学校に避難させた後はどうするんだ? 海岸から離れているとは言え、十分に安全な地域とは言えないぞ」
直ぐに巡査は答えた。
「学校に避難させた後は、逐次バス等で隣町の避難所等に後送しているみたいです。どうやら周辺のバス会社等にも協力を要請しているみたいです」
初期に派遣されていた為に情報をあまり持っていなかった天利は、概ね現在の状況を把握した。
「大体の状況は分かった。では、市街の方に向かおう」
「分かりました! 向かいましょう」
巡査はそう言うと、走り出す天利の後ろを追いかける。天利は一瞬だけ海岸の方を振り返ると、不安な顔をしながらも先を急いだ――。
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