第32話「寝転」
眠る千夏に寄り添い、真秋はその頭を優しく撫でる。しかしその表情は重く険しい。
「千夏… なんでこんなんなっちゃったの…?」
自らの目から滴る涙をそっと指の上にのせるように拭いた。
「千夏… もう私、疲れたよ。あなたがこんなんなって、仕事も休業してずっと世話してきたのに、あなたはずっとこのまま変わらない… いつまで私を苦しめれば気がすむの? 」
足元のナイフを手に取り、その刃先を静かに見つめる。
「全部終わる… これで終わる… 終わる…終わる…終わる…」
それを両手で握りしめたとき、背後に誰かの気配を感じた。
「誰!?」
とっさに振り返っても誰もいない。気のせいだったのだろうか。
「物騒だね」
そんな声がどこからか聞こえたと思ったら、手に持ってたナイフがなくなってる。
もう一度前を見ると、千夏を挟んで奥の方にハルがナイフ片手に座っている。さっきまで真秋が持ってたナイフだ。
「ハルちゃん…? なんで勝手に入って…」
その質問にハルはフフッと笑った。
「そんなことより、この刃物で何しよーとしてたの?」
しかし真秋は何も答えずに目を逸らすだけだ。
するとハルは千夏をまたぐように身を乗り出して真秋に近付く。
「狙いは?能力核のある左目?」
「能力核…? なんの話だか」
真秋は一切ハルと目を合わせようとしない。ずっと斜め下の床を眺めている。
「能力核を大きく損傷すれば、能力者は能力と再生能力を一時的に失う。基本だよ。覚えておいて」
「…覚えとく」
そんなテキトウな返事をする真秋の目の前、ハルは床に包丁を投げ下ろして突き刺す。
「辛いんでしょ?わかるよ。今まで僕を虐げてきた連中もそうだけど、それを抱えた人間の、悲痛」
「…は?」
「殺してあげよっか?僕が」
「…!!?」
そのときゾッとした。ハルのその目はとてもキラキラ輝いていて、それでいて、虚ろでどす黒い。
真秋がその目に圧倒され、後ずさってる間に、ハルは眠ってる千夏を抱き抱える。
「ちょっとこの子、借りていくよ」
「…え? 何で意味わかんない」
「殺そうとしてる人と一緒に置いとくのは問題でしょ?」
するとハルはスマホの画面を見せつける。そこには、真秋が今にも千夏に突き刺そうと包丁を握り締めてる影像が映ってる。月明かりしかないのにくっきりはっきりと。
「それに、今日の仕返しもまだ済んでないしね」
ハルは最後に笑顔を見せつけると、そのまま千夏を連れて消えていった。




