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マーディの導き  作者: ハヌア
第二章 信じるべき相手
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馬車の上の魔女

 呼吸も荒く、あえぐようにして身を起こした時、まだ陽は登っていなかった。隣では、リリィが安らかな寝息を立てて寝入っている。今頃は何か良い夢でも見ているのだろうか。


「そうだ……夢だ」


 額を抑え、記憶の糸をたどる。確か自分は恐ろしい夢を見て……。


「くそ、思い出せない」


「何が?」


 突然声が聞こえ、リーコンは驚きそちらを振り向く。そこにはリーコンとリリィが使っているベッドに腰掛けるリマがいた。


「全くお前ってやつは……いつも驚かせてくれる」


「それは悪かったね。それで、何か良くない夢でも見たのかい?」


 リマはいつもの優しい微笑みをたたえ、小首を傾げて訪ねてくる。それに対して、リーコンは何と答えればいいのかと戸惑う。夢の最後に聞こえたあの声は、きっと――


「疲れてるのかもな。昔のトラウマを思い出しただけだ」


 結局、無難な嘘をついてその場を切り抜けることにした。リマはそれを信じてくれた様子だ。


「ここのところ戦ってばかりだからね。本当は、キミじゃなくてもよかったんだ。たまたま目についたってだけで世界を救う旅に付き合わせて……ごめんね」


 リマは困ったような顔をして頭を下げる。「心配しすぎだ」と頭を上げるように言うと、彼女はこんなことを口走る。


「何かボクにできることはないかな? ボクにできることなら……それこそ性処理なんかでも、何でもいいからさ」


「おいおい……そこまでしなくても大丈夫だ。里にさえ辿り着けば旅も終わりだろう? それまでは頑張れる」


 そう言い、リマの肩に手を置く。その手の甲に、昇り始めた太陽の光が当たる。夜が明けたのだ。

 リーコンは顔を戻し、リマの目を見て続きを話す。


「だからお前にできることは、この旅を俺たちと一緒に終わらせて、世界を保たせることだ。いいな?」


「……そうだね。でもボク達は仲間なんだ。だから助け合って、無理はしないようにしようね」


 二人は頷き、リーコンだけベッドから立ち上がる。

 ちょうど出発の支度を終わらせた頃に、リリィが起きてきた。おかげで起こす手間が省けた。


「おはようございます……先輩は早いんですね」


「まあ、な」


 あの夢の事は、リリィには黙っていた方がいいだろう。何も彼女を不安にさせる必要はないはずだ。


「さて、あとはアイツだが……」


 振り向き、ピュアが寝ていたベッドを見る。だが彼女の姿はなかった。もう起きたのだろうか? しかしベッドに跡が残っていない。起きてのなら、かなり前になる。


 ――もしや、自分たちを残して一人で行ってしまったのだろうか。嫌な予感が脳裏によぎるが、自分の荷物を見てその考えは消え去る。里に入るためのカギはリーコンが持っている。

 頭に次々と考えが浮かぶ中、突然部屋の扉が開いた。そこに立っていたのは、ピュア・シュネー本人だった。


「あら、やっと起きたの? みんなずいぶん遅いのね」


「陽が昇る前に起きていたお前が異常なんだ。どこに行っていた?」


「私や仲間の魔術師の間では睡眠は一時間と決まっているの。起きたらすぐに魔法の訓練をするの。睡眠はマーディルを発散してしまうから」


 至極当然のことのようにピュアは言ってのけた。もちろん、リーコンもリマも、それにリリィも、そんな話は聞いたことがない。寧ろ睡眠をしっかりと取ることこそが、マーディルの恩恵を授かるための一歩であり基本だという事がフロンティアでは定説だ。

 そのことをピュアに話すと、彼女は何かを思い出したような顔をする。


「そうだわ、私と貴方たちでは体質が違うことを忘れていたわ。昔、ある魔術師が作った薬があってね。それの毒素に耐え抜いた者は、強力な魔法に耐えうる肉体と精神を持つことができる。私の体質はそれが原因なの」


 そんな薬の事は見たことも聞いたこともなかった。だが彼女があまりに真剣な顔をして言うので、信じざるを得なかった。

 事実、ピュアは一時間しか眠っていない。封印される前まで、それが彼女にとっての常識であり、生活習慣だった。


「またすごい奴が出てきたもんだ……」


 小声でリーコンは呟いた。しかしそれは聞こえたのか、ピュアは笑みで返してきた。


 その後、リーコンたちは、ガレルやケーラに見送られながらスロールを後にした。マーディの里へ向かうためには儀式を行う必要があるのだが、リマは人に見られたくないと言う。


「もしもたまたま儀式に居合わせた人が悪い奴だったら、何をするか分からないからね。念には念を入れる必要がある。この辺で、人目につかないような場所はないかな?」


 そう言われても、リーコンやリリィには心当たりがない。つい先日まで落ち着いた山の上にいたから忘れていたが、今いるここは下界。つまり混乱の真っただ中なのだ。どこに行っても兵士か、魔獣が四六時中うろついている。街の中でも、いつ敵が攻めてくるかわからない以上、安心できる場所なんてものはないのが現状だ。


「困ったね。ボク一人の力じゃ、人一人ぐらいなら見えなくできるけど――」


「じゃあ二人。つまり私となら? これでも昔は何十人もの弟子がいたものよ?」


 ピュアは胸を張り、得意げな顔をしてみせる。リリィは怪訝な顔をしているが、リマには、彼女の内にある底知れぬ魔力を肌で感じられた。リーコンもそうなのだろう。顔には出していないものの、常人を超えた感覚を持つ彼には言葉で示さなくてもそれが感じられるはずだ。


「リリィ、彼女の言うことは本当だ」


「え?」


 案の定、リーコンはリリィの肩に手をやる。先輩がそう言うなら。そういった感じで、リリィも信じた様子だ。


「ここの近くに洞窟がある。封印される前の事だからもうないかもしれないけど……手綱を貸して」


 リーコンとピュアは、馬車の上で席を入れ替わった。この馬車は、ガレルに好意で貸してもらったものだ。だからいつかは返すことになる。


「けど、それまではよろしくね」


 ピュアはそう言い、掛け声を上げて手綱を振るう。二頭の馬は嘶きを上げ、麓の道をゆっくりと進み始めた。

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