番人封印
「うあああああっ!!!」
「ちょっと、目を開けてみなよ」
「……え?」
おかしい。自分はさっき動けないまま潰されたはずだ。しかしどういうわけか、目を開くとリマの呆れたような顔が飛び込んできた。
「魔法でキミをここに転移させたんだよ。人一人ぐらいなら、一瞬だよ」
そう言いながら、リマはリリィの足の傷口を躊躇無く開いた。
「な!?」
激痛が全身を駆け巡り、両目から涙が零れる。魔法で拘束されていなければ、辺りを泣き叫びながら転げ回っているところだ。しかしすぐに、そんなマネをしないで済んだことに感謝した。
「うわぁ……傷口の中に大量の蛆が巣食ってる。きっとこいつが痛みの原因だね」
それを聞いて、リリィは背筋が凍った。自分の体の中に虫が? 信じがたい事実だが、自分の目で確かめてみると、それは本当だった。
「あ……あ……」
あまりの嫌悪感に声も出なかった。開かれたことで血が溢れ出ている傷口の中に何匹もの血に濡れた蛆がたかっていたからだ。
「いつ入ったのかはわからないけど……これが私の身体を食べていたから……内側から食べていたから、こんなに痛かったんだ」
一時とはいえ自分の血肉が大嫌いな虫の養分になっていたことにショックを受け、痛みによるものとは別の涙が零れる。
「リマさん! 早くこいつらを消してくださいよぉ!」
「あ、ああ。そうだね」
涙まじりに叫ぶと、リマは炎の魔法で傷の中の肉を喰らい続ける蛆を焼き払ってくれた。まだ痛みは残るが、動けないほどではない。これでリーコンを助けられる。
「けど、一人じゃ無理です。さっき戦って分かりました。だから、リマさん!」
「しょうがないね、援護は任せて」
リマの勇ましい笑みは、今のリリィを勇気づけるには十分すぎるほどの勇気を与えてくれた。
振り返り、再び番人に向かって駆け出す。剣を握りしめてはいたが、今度はそれを攻撃の手段として使うつもりはなかった。
剣を勢い良く地面に突き刺し、器用にも柄の部分を足場にして番人の腕に飛び蹴りを喰らわす。リーコンを掴んでいる方の腕だ。
「やるね。流石のあいつも面食らいすぎて何もできないらしい」
少し離れたところにいたリマには、番人がよろめき、うっかりリーコンを離してしまったのがはっきりと見えた。
リーコンは転がって受け身を取り、リリィと共にこちらに走ってくる。
「助かった! お前たちが来なかったらと思うと……」
息も絶え絶えに、リーコンが礼を述べる。リマは笑みで返したが、リリィは何やら嬉しそうな様子だった。
「私、先輩を助けたんだ。えへへ……って――」
突然リーコンに引き寄せられ、思わず身を固くする。しかしそれは、生きて再会できた喜びで、リリィの身体を抱きしめるためではなかった。
「喜ぶのは後にしろ! 今はこいつをどうにかすることだけに集中するんだ!」
そう言って逃げるように走り去るリーコンと、それを追うリマ。状況が呑み込めないまま、つられて自分も走り出す。走りながら、背後を振り返って愕然とした。
ついさっきまでリリィが立っていた場所には、地面から棘のように尖った先端を上に向けた太い木が姿を現していた。あのままあそこにいれば、尻から脳天まで貫かれて、リリィの串刺しが出来上がっていただろう。自分は詰めが甘いのかもしれないと、リリィは思った。
ようやく二人に追いつく。二人は岩陰にいて、何やら話し込んでいた。
「さてどうしたものか。上手く隠れられたのはいいけど、ここからじゃ出口は遠すぎるね」
「辿り着く前に見つかってしまうだろうな。となると……」
リーコンとリマはお互いの顔を見合わせて頷く。
「奴は今、ここで倒す。ですよね?」
リリィが付け足すように言う。
その通りだった。どうせこのまま脱出しても、番人まで連れて行ってしまえば事は余計に悪化する。ならば選択肢は一つしかないのだ。
番人の近づく音がする。三人はある作戦を立てて行動を始めた。
「そこか!」
番人が振り下ろした拳を華麗に避けたのはリマだ。他の二人とは違って宙に浮くことができる彼女に番人の攻撃は当たらない。攻撃がどんなものだろうと、スイスイと泳ぐような動きで避けていく。
それを尻目に、リーコンとリリィは番人の背後に回り込んでいた。手に持った剣にはリマの魔法がかけられている。これならどんなに硬い物でも簡単に斬ることができる。
「そこから飛ぶぞ! 真下に剣を振り下ろすんだ!」
「了解です!」
走りながら、目の前の岩を跳ねるように駆け上がり、高く跳躍する。番人は今、二人から見て左の方を向いており、その左腕をリーコンが、奥にある右腕を高く跳べるリリィが斬り落とすつもりだった。
何やらおかしいと、番人はこちらに振り向く。
「くっ、しまっ――」
よほどリマを追うことに夢中だったのか、番人は二人の攻撃に気づくことができなかった。そのせいで哀れにも、その両腕をすっぱりと切断されてしまった。
「やった!」
リリィの歓喜に満ちた声とは対照的に、番人は怒りに満ちた断末魔を上げる。
そうだ、まだ終わっていない。この程度で倒せる相手なら苦労はしない。
巨体を振り回すようにして、辺りにある物すべてに当たり散らす。当然色々なものが吹き飛ばされてくるが、既に身を隠していたリリィには関係なかった。しかし逃げ遅れたリーコンは、上から降ってきた岩の破片の下敷きになってしまった。
「先輩!」
「来るんじゃない! お前も死ぬぞ」
姿こそ見えないものの、どこかでこちらの身を案ずるリリィの声に大声で返す。更にリリィは何かを言ったようだったが、番人の足音にかき消される。
「頑張った方だが、悪あがきもここまでだ」
番人が高く飛んだ。それは魔法をかけられたブーツを持つリリィのジャンプ力を余裕で超えている。しかしその脚力が仇となって、リマの援護を許してしまう。リマはマーディルの壁を纏い、リーコンに覆いかぶさる岩に体当たりする。するとそれは粉々に砕け散って吹き飛んで行った。身軽になったリーコンは地面を転がって、間一髪危機を逃れることができた。
「もう一回行くよ!」
高らかに叫び、果敢に番人に向かって突進する。まるで大砲の弾で破壊された城壁のように、番人の左足が付け根から丸々消し飛ぶ。バランスを失った番人は、たまらず仰向けに倒れ込んだ。
「さあ、立ってみなよ。立てたところでどうもできないだろうけど」
リマに挑発され、番人は躍起になって立ち上がろうとする。しかしそうするほどにバランスを取れなくなっていく。悔しさに苦悶の声を上げていると、身体に何かが巻き付く感覚がした。
「こ……これは、ツタか!?」
「その通り。お前が作り出した、丈夫なツタさ」
首を動かして足元を見る。そこにはツタの端を持ったリーコンの姿が見えた。それが伸びて、身体に巻き付いているのだ。
「こんなもの……!」
番人は唸り、絡みつくツタを引きちぎろうとする。しかし一向に千切れてバラバラになる様子はなかった。寧ろ力を入れるほど、きつく巻き付いてくる。
「これはお前が作り出したものだ。お前の強大過ぎるマーディルがだ。そう簡単には千切れん」
そう言いながら、リーコンはツタの端を、一番頑丈そうな柱に括りつける。番人は暴れに暴れているが、拘束が緩む気配はなく、柱もびくともしない。簡素ではあるが、封印成功のようだ。
「ツタを持ってきていて正解だった。さあ、戻るとするか」
「そうだね。今度は全員を転送できる。いくよ」
辺り一帯が光に包まれ、三人の姿は消え失せた。後に残るのは、虚しく天井を見つめる番人の姿だけだった。




