傷口の中
リーコンが番人との死闘を繰り広げている頃、リマの魔法によって脱出に成功したリリィたちは、数時間前に地下に入るために使った入り口の前でリーコンの帰還を待っていた。十分、二十分と。
時折響く地鳴りを聞くたびに、リリィは不安になる。この地鳴りは一体何のせいで起きているのだろう。落盤なのか、柱か何かが崩れているのか、それとも番人の攻撃か……。何にせよ、リーコンの安全を想う気持ちは、段々と大きくなっていくばかりだ。
「陛下、やはり助けに行くべきなのでは?」
「私もそう思う。だが、地下から伝わってくるこの振動……」
今も少しふらつくほどの地響きが、この場にいる全員を襲う。それを感じるたびに、リリィは自分でも気づかないうちに、一歩ずつ地下への入り口に近づいていた。それに気づいたリマが、リリィの腕を掴んで引き留める。
「リリィ、どうしたんだい? そこにいると危ないよ」
「でも……先輩が気になって仕方がないんです。もしかすると、危ない目に遭っているかもしれないって」
「それはボクも同じだよ。でも、どうしても気になるってのなら――」
リマが何か言いかけたその時、扉が開け放たれ、大勢の群衆が雪崩れ込んでくる。
「な、何だ!? この騒ぎは!」
群衆の一人がガレルの姿を見つけると、すぐにそちらに向けて突進する。そして地面に付くくらいに頭を下げ、
「お願いです! この地震を止めてください!」
男がそう言うと、他の人々も同じような事を喚き始めた。あまりの人の「多さに、ガレル以外の全員はこの場から離れる。
「こんなにたくさんどうしたんだろう?」
「この国は山奥にあることも手伝って比較的平和でした。目立った争いもなく、民が手と手を取り合って毎日を生きる。そんな生活に、突然恐ろしい地震が起き、民は恐怖しているのです」
首をかしげるリマに、アヌスは努めて冷静に言った。
「こんな惨事は初めてだって言うのかい?」
「いえ、過去にも幾度か。しかしこのように大きな事例は初めてなのです」
アヌスは頬に手を当て、目を伏せてため息をつく。その姿はまるで、愛する国民が混乱し、恐れることこそを恐れているようだった。
これはいよいよまずいことになった。リリィはそう思い、決意を固める。
「私、先輩を助けに行きます。そしてあの番人を倒して見せます!」
「何を言う! それならば、私が行く方がいい」
名を挙げたリリィに、全員が驚く。すぐさまリアムが地下に向かう意思を見せるが、リリィには一歩も譲る気はなかった。
「リアムさんと大臣さんは王様と女王様を守る使命があります。魔女の貴女は今一番重要で、リマさんは……」
「ボクは助けに行ってもいいし、行かなくてもいい。でも、これまで一緒だった彼を見捨てるのは夢見が悪い。さて、どうしたものかな」
リマは微笑んで、リリィの方を見る。リリィは頷き、リマと二人で地下へと向かった。
その一方、リーコンは地下から脱出しようとあがいているところだった。すぐ後ろで番人が暴れ回っているのが分かる。さっきは咄嗟の判断で場を逃れることができたからよかったものの、次も同じように、巧くあしらうことができるとは思えない。ならば追いつかれる前に脱出すれば良いのだが、それも一筋縄ではいきそうになかった。
「もたもたしている場合じゃないのに、邪魔なものが多すぎる!」
倒れてきた柱をどうにか押し返す。このように、崩れてきた天井や壁が、ひっきりなしに押し寄せてくるのだ。これも番人の「ここから逃がすまい」という意志の力なのかは知らないが、足止めとしては十分すぎるぐらいの効果を生んでいた。
そうこうしているうちに、遂に追いつかれ、身体を高く持ち上げられてしまう。
「一息に捻り潰してくれるわ!」
「クソ、やめろぉ!」
どれだけ抗おうと、圧倒的な力の差に抵抗できない。できることと言えば、誰にも届かぬ悲鳴を上げることだけだった。
しかしそれは、リーコンの思い過ごしだった。地下へと降りてきたリリィとリマは、自分たちで予想したよりも早く、リーコンのピンチに駆けつけることができた。
「見て! 先輩が捕まってます!」
「分かってる。どうにかして助けないとね」
物陰から顔だけを出し、番人の様子を窺う二人は、どうやら番人には気取られていないようだ。リーコンを助けるための作戦を立て、それを実行するには、今しかない。
「いいかい、リリィ。今からキミのそのブーツに魔法をかけるよ。跳躍力を爆発的に上げる魔法だ。それを上手く使って、番人の目を狙うんだ」
「あの赤い目ですね、任せてください」
リリィは拳を握り、笑みを見せる。そして背中の鞘から剣を抜き、地を蹴って高く飛んだ。だが、予想したよりも高く飛びすぎた。
「た、高っ! いや、ここで声を上げるわけには……」
左手で、叫び声を上げそうになる口を押え、右手で取り落としそうになる剣をしっかりと握る。一瞬のうちに、番人の姿が目の前にまで近づいてくる。着地しようとして、思い止まる。
「どうやって着地すれば……!」
そうこうしているうちに、その時がやってくる。この高さから落ちれば、それはすなわち死を意味する。リーコンがこちらを見て、何か言っているのが見える。
「先輩!」
そう叫び、足からしっかりと着地してしまう。思わず目を閉じるが、痛みはなかった。ブーツに掛けられた魔法は、しっかりと我が身を守ってくれたようだ。
ならばと、リリィは剣を、番人の目に突き立てる。事前にリーコンが同じことをやったのか、その目を守る役目を担うはずの巨大な枝は全て除けられていた。おかげで弱点を狙うのが容易だった。
「やった! 刺さった!」
剣を振り下ろすと、それは番人の弱点である目に途中まで突き刺さり、止まった。剣と傷の隙間から青く光る血が流れる。
「貴様……さっきのうちの一人だな」
重く、低い声がリリィを見えない力で捕らえる。剣が刺さったままでも分かる殺意を持ったその目は、リリィのその小さな体を舐めるように見回す。
「リリィ、逃げろ!」
リーコンの声で我に返り、番人の頭を蹴ってその場から離脱する。間に合ったが、右の太腿に切傷を負ってしまい、たまらず地面に膝を突く。
「ぐっ、いつの間に……」
下を向いて歯を食いしばり、痛みに耐える。傷はそれほど深く見えないのだが、本当ならば声を上げて泣き叫びたいほどに痛かった。リーコンの声が耳に入らないぐらいに。
「逃げろ、リリィ! 潰されるぞ!」
番人の掌の中で懸命にもがきながら叫ぶ。しかし、リリィの耳には届いていないようだった。
「今の攻撃には秘密がある。貴様のような小娘には耐えられないぐらいの痛みの秘密がな!」
番人が高笑いを上げながら、リリィに向けてその拳を振り下ろす。しかも、リーコンは恐ろしい事実を目の当たりにする。
「小指の側面に棘……リリィを確実に殺すつもりだな!?」
「魔女の力を奪う貴様らが悪いのだ! この小娘から一思いにすり潰してくれる!」
頭上で巻き起こる事態に、ようやくリリィも気づいたようだ。
目を見開き、必死に身をよじる。しかし傷がある方の脚が思うように動かず、無様に顔から地面に突っ伏してしまう。
「うっ……」
泥だらけの顔を上げた先に番人の拳がある。動くことができないリリィには、絶望を叫ぶ以外に何もできなかった。




