デス・フロム・アバヴ
番人の攻撃はこれまでに戦ってきたどの敵よりも苛烈なものだった。近くにいると丸太のような腕と風の魔法で薙ぎ払われ、離れようものなら、ツタの鞭と葉の弾丸がリーコンたちを容赦なく襲う。長引く戦闘に、この場にいる全員が疲弊し始めていた。
「このままでは……! 陛下、貴方だけでも!」
スロールの王が突き飛ばされる。その兵士の首筋に、何本もの木の枝が突き刺さった。
「あれは致命傷……頸動脈がズタズタに抉られている!」
リアムが、白目を剥いて倒れ込む兵士の身体を受け止める。そのせいで僅かな間、身動きが取れなくなった彼女の身を、番人のツタががんじがらめにして捕らえた。
「リアム様っ!」
大臣が右手から火炎を放ち、そのツタを焼き切る。助け出されたリアムはどうにか着地を決め、番人から距離を取る。
「このままでは近づけん! どうするか……」
歯ぎしりをするリアムの目に、番人に向かって飛びかかるリリィの姿が映る。あの小さな体で、自分の三倍はある体躯を持つ番人に奇襲を仕掛けようというのだ。
「馬鹿め!」
番人の見えない口が笑みを作った気がした。放たれた肘がリリィの腹にめり込み、リリィは血を吐いて吹き飛ばされる。
「リリィ!!!」
助けようとして、リーコンが脇目も振らずに駆け寄って、リリィを抱き寄せる。
「おい! 大丈夫か!?」
何度も声を掛けていると、どうにか目を覚ましてくれた。弱々しい声で、
「せんぱい……」
そう一言だけ発し、がくんと項垂れた。
「嘘だろ……おい! 返事をしろ!!!」
名を何度呼んでも、リリィは目を開けない。返事をしない。我を失ったリーコンの頭に、番人の拳が振り下ろされる。
「もうっ!」
瞬間移動したリマがその拳を魔法で受け止める。その状態のままリーコンの方を振り向いて、
「早く逃げて! そう長くは持たないよ!」
「リリィが……クソッ!」
目を閉じたままのリリィを抱えて、その場から離れる。兵士たちが二人を守る様に取り囲んだ。
「任せて。あなたはあの巨人を」
兵士の一人にリリィを任せ、リーコンは剣を抜く。仇は必ず取ってやると誓って。その時、脳裏に何者かの声がよぎった。
「私が足止めする。その隙に攻撃して!」
成人だが、若い女の声だ。しかしこの場にそんな奴はいない。誰の声なのか考えている余裕もない。素早くツタを使って上に登り、頭上からの攻撃を試みる。番人は意表を突かれたようで、不気味な唸り声を上げた。
「これで!」
空中で剣を持ち替え、番人の顔面に突き立てる。しかし効果は薄いようで、あえなく振り落とされてしまった。
「そこじゃない! 右腕よ!」
また声が聞こえる。今度は全員にも聞こえたようで、王と大臣が魔法で右腕を狙っているが、草葉の盾で防がれてしまっているようだ。
「リーコン!」
リマが腕にしがみついてくる。
「ボクが気を引くから、君は背後から腕を狙って!」
そう言って、果敢に番人に向かっていった。その背中に向かって頷き、再度リーコンはツタを上がり、今度は天井まで伸びている木の幹まで登った。そこから飛び降りて弱点らしい右腕を斬ってやるつもりだった。しかしそれは叶わなかった。
「うぐっ!」
四方八方から伸びてきたツタに四肢を絡められ、全身を使って万歳するような状態で宙吊りにされる。リマのこちらを呼ぶ声が、遥か下方から聞こえる。しかしその声は、番人の高笑いにあっけなくかき消された。
「あの小娘を見て学習しなかったのか? やはり人間は愚かだ。過ちを繰り返し、それでもなお変わらない」
ツタに四肢を引っ張られ、関節が悲鳴を上げる。痛みのあまりに右手の剣を手放しそうになり、慌てて柄を握りしめる。ここで唯一の武器を落としてしまえば、抵抗するすべがなくなる。
そう。抵抗できなくなるのだ。リーコンはまだ戦いを諦めたわけではなかった。
左手で炎を生み出し、手の平を内側に向ける。手首を締め上げるツタを焼き切るためにだ。だがいつまで経ってもツタに火は燃え移らない。拘束が緩むこともなかった。
「こいつ……どうなってるんだ?」
「そのツタはちょっとやそっとの魔法でどうこうできるものではない。判断を誤ったな」
番人の腕が槍のような形を作り、リーコンの方を向く。
「いつまでもその姿でいるのは辛かろう。一思いに刺し殺してやる!」
槍が急接近してくる。このまま顔面を貫くつもりだ。身をよじって回避しようにも動けない。それでも諦めることはできなかった。僅かばかりに動く手首のスナップで右手の剣を投げる。もっとも投げるというより、落とすと言った方が正しいか。
「そんなもの――」
番人の一声で、ツタが落下途中の剣を弾き飛ばした。そのまま落ちていれば、間違いなく右腕に刺さっていたはずの剣を。
「ここに立ち入ったことを! 無念の死を悔いるがいい!」
そう言ってこちらを見上げていた番人には気づくことができなかった。くるくると回りながら落ちていくリーコンの剣が、空中で不自然に動きを止めたのだ。その剣はやがて動き出し、リーコンを拘束するツタを切り裂いた。まるで意思を持った何かがやったように。
「さあ、あとは貴方の役目よ」
リーコンの耳に、優しく囁くような声が聞こえる。いつからそこにいたのか、振り向いた先には美しい黒髪の女性が微笑んでいた。彼女の背後に自分の剣が見える。こっちに向かって落ちてくる剣を掴み、そのまま体勢を変えて、番人の方を振り向く。当然こちらを刺し貫こうとする天然の槍に自分から向かっていく形になる。しかし、リーコンに恐怖はなかった。あるのは自身の勝利という確信だけだった。
「何ぃ!?」
愉快なほどに素っ頓狂な、驚きを含んだ悲鳴が響く。槍を切り崩し、落下のすれ違いざまに右腕を斬ってやったのだ。肩からバッサリと地面に落ちたそれは、黒い煙になって消え失せた。
「信じられん……こんなアリンコのように小さく無力な者どもなんぞに……!」
そう言い残して、番人の全身は右腕と同じ末路を辿った。
「大丈夫か!?」
大臣が駆け寄ってきて引き起こしてくれる。幸い目立った怪我はなく、難なく立つこともできた。
「これで終わり……だね」
リマが肩に、見えない両手を乗せてくる。不思議なぬくもりに緊張が抜けていく。そしてどうにか自分が生きているという実感を得ることができた。
「これで魔女の封印を解く邪魔をするものはいないな」
王がクリスタルに近づく。彼の魔力に反応したのか、クリスタルがまばゆいほどに光り出す。苦労した先に、ようやくマーディの里へ向かうためのカギを手に入れることができるのだ。




