地下の草原
灯りになるようなものは何も持っていないので、空いている左手で小さな火の魔法を生み、それを手の平の内で燻らせながら先に進むことにした。
通路は暗い上に、入り口付近で見かけたものと同じ鎧を着た骸骨が横たわっている。それも一人や二人ではなく、数十人を軽く超えている。きっとこの迷路のような通路で力尽き、しかし呪いのせいで死体は回収できず、何年もの間、ここで放置されていたのだ。勿論、そんな彼ら一人一人に弔いの意を向けているわけにもいかず、なるべく骨を踏まないように気を付けながら、ひたすら前へと進む。
しかし最低限の視界は確保されているとはいえ、リーコンの感覚を持ってしても、この通路で躓かないように歩くのは困難だった。おまけに出口に近づけば近づくほど、逃れようのない頭痛が酷くなっていく。これも魔女の呪いなのだろうか。だが、だからこそ、自分は正しい道を進んでいるのだと分かる。この頭痛が呪いのせいだとしたら、それが強くなるのは呪いの発生源が近いということなのだから。
ただ呪いの影響が頭痛だけで済めばよかった。一瞬目の前が暗くなったかと思うと、突然、身体が思うように動かなくなった。
「何だ……?」
足元がおぼつかず、手の感覚がない。それと同時に、強烈で苛烈な負の感情が心に重くのしかかってくる。
誰もいないはずなのに、頭に声が響いてくる。どうにかして逃れようと頭を振ってもその声は離れない。どれも苦痛に満ちた、訴えかけるような声色だ。
『たすけてくれ』
『でられない』
『もうゆるしてくれ』
「やめろ……!」
叫んでも、決して声は止まない。寧ろ大きくなるばかりだ。たまらず、リーコンは駆け出した。一刻も早く呪いを解かなければ。このままじゃおかしくなる。
それから、リリィの声で気が付いたのは、いつ頃のことだろうか。気が付くと地面に倒れ伏していて、リリィがこちらの名を呼ぶ声で目を覚ましたのだ。
「先輩!? 良かった、目を覚まして……」
心底ほっとした様子で、胸を撫で下ろすリリィ。リーコンは起き上がって、彼女に大丈夫なのかと尋ねる。
「何の事ですか? 暗い以外は特に何も……」
「二人とも、もう辿り着いていたのかい」
リリィの言葉の途中で、リマが姿を現す。次いでリアム、最後に王と大臣とその護衛たち。皆無事な様子だった。ということは、声が聞こえたのは自分一人だけということになる。
「俺はおかしくなったのか?」
誰にも聞こえないよう呟いて立ち上がる。不可解ではあるが、今はそれは問題ではない。問題なのは――
「辿り着いたね。この扉の先に、魔女がいる」
リマが石造りの扉に近づき、腕をかざす。すると刻まれていた文字が光り出し、扉が音を立てて開き始めた。
「おお……」
大臣が驚きの声を漏らす。扉の先に広がっていたのは、美しい緑の野原だった。コディーの草原で見たような、大小さまざまの木々も立ち並んでいる。壁には苔がびっしりと生えており、天井から伸びたツタが、草原の奥に見える何かを覆い隠している。
「これは一体?」
王が歩き進み、そこにできた奇妙な草原地帯を見回す。まるでこの部屋だけが外から運び込まれたような風景に、リーコンたちも言葉を失っていた。
「あ、あれは!?」
リリィが草原の奥を指さす。そこでは何かに絡みついていたはずのツタが解け始め、空色の美しいクリスタルが姿を見せる。その中では、一人の女性が胸の前で手を交差させて眠っていた。
一見死んでいるようにも見えるが、
「あれが魔女だよ。そしてこの呪いを解いたボク達には――」
リマが言い終わらないうちに再び頭痛が起きる。次いで例の奇妙な感覚と不気味な声が、今度はこの場にいる全員を襲ってきた。
「よくぞここまでたどり着いた」
深く低い声が、頭の中に直接響いてくる。こちらを試すかのような口ぶりに、リーコンは頭を抱えながら叫ぶ。
「お前は誰なんだ!」
「しかしこの魔女は渡さん。貴様らのような者には……」
声の主は話を聞いていないらしい。突然周りの植物が動き出し、大きな人の形を取った。こいつが声の主だ。
「魔女に近づく者は何者であろうと排除する。貴様ら全員、あの兵士たちのように、死してこの世を彷徨うがいい!!」
声と共に、魔女の番人がこちらに手を掲げる。すると辺り一帯の草や葉が、嵐のように舞い、リーコンたちに襲い掛かる。皆一様に腕で顔を防ぐほかなかった。
「くぅ……先輩!」
刃が風を切る音に混じって、リリィの苦しげな声が聞こえる。緑の嵐が収まる頃には、彼女以外の誰もが体のあちこちに切り傷を作っていた。
「これで終わるはずがない。奴を倒さないと、あの魔女を解放することはできない!」
リアムの言ったとおり、魔女を解放するにはそれしかないようだ。どのみち手ぶらで帰るわけにもいかないし、ここで死ぬわけにもいかないのだ。戦う以外に道はない。




