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第三話 増える隠し事



ふらつく中、澪は蓮に肩を貸してもらいながらゆっくり受付に向かった。

受付後、蓮と少し距離を開けながら椅子に座る。


「水城、辛くないか?」

「だ、大丈夫だし…もう大丈夫だから仕事戻りなよ」


大丈夫なんかじゃない。

本当は助けてって言いたかった。

だけど迷惑になると思って言えなかった。

それを察する蓮。


「無理ばっかしやがって、辛い時くらい辛いって言えよ。今はここで休んどけ」


そう言って澪の肩を抱く。

トントンっと落ち着かせるように。

こんなのずるいよ…

そう考える自分が嫌で静かに涙を流す澪。


「ちょっと待ってろ、飲み物買ってきてやる」

「いいよ…大丈夫だから。」


いつの間にか口癖になっていた「大丈夫」という言葉。

本当に辛い時助けを求められなかった。

自分を押し殺して生きてきた。

恒一の前でもあまり弱さを見せていない。

だけどその心のドアを開けようとする蓮の言葉。

少しずつ少しずつそのドアは開かれていく。


「何回無理すんなって言ったよ、買ってくるからちょっと待ってろ」

「……うん」


何でこんなに優しくされるのだろう。

私は夢でも見ているのだろうか。

夢なら醒めないでと思ってしまった。

恒一になんて言おう…

早退したことも、発作が起きたことも、そして——


蓮に助けてもらったことも。


「これ、飲め」

「……いいのに、でもありがとう」


蓮の優しさ。

それが少し心地よく感じた。

それと共に恒一への罪悪感もあった。

だけど——


今は甘えても良いかな。


そう思った。


「水城澪さん、診察室どうぞ」


十時三十分。

診察が始まった。


「今日はどうしたの、時間変えてほしいって聞いてたから心配してたんだ」


先生の温かい言葉に思わず涙が出てしまった。

ここ最近の気分の浮き沈み、発作が起きてしまったこと、自分の考えがまとまらないこと。

全て話した。


「薬…増やす?仕事に影響出ても困るよね…負担が少ない薬出しておこうか。」

「お願いします、正直辛くて。今日も眠剤も頓服も効かなくて」


先生は色々考えて処方してくれた。

これで治まるといいんだけど。

診察室を出て蓮のいるほうへ向かう。


「…もう大丈夫だから仕事戻りなよ、みんな待ってるよ」

「本当に大丈夫か?なんかあったら話聞くから、LINE送ってきていいからな。」


こうしてLINEのアカウントを教えてもらった。


《神谷 蓮》


嫌いだった奴のアカウントが入っている。

でも不思議と嫌じゃなかった。

安心すら覚える。

そんなことを考えていたら恒一からの着信が入っていた。


「澪ちゃん?さっき澪ちゃんの会社から連絡があって早退して病院前で発作起きたって聞いたんだけど…迎えに行くから待てるかい?」

「恒ちゃんありがとう、病院の中で待ってるね」


少しドキッとした。

蓮がついててくれたこと言われてないか。

いや、ただついててもらっただけなのになぜここまで隠そうとしちゃうんだろう。

やましいことなんて何もないのに。

自分が分からなかった。

昨日まで嫌いだったのに。

それなのに——


この気持ちは何…?


誰にも明かせないこの想い。


「澪ちゃん、大丈夫かい?まだ体調優れないみたいだね、顔色が悪いよ」

「恒…ちゃん…うっ…ごめん…ごめんなさい…」


私は恒一に泣きながら謝っていた。

状況が読めない恒一だったが、何も言わず背中をさする。

まるで大丈夫だよと言っているかのように。

それがまた、澪の心に刺さった。

まだ何も始まっていない。

そのはずなのに罪悪感だけが澪の心を支配した。


「今日は澪ちゃんの好きなお寿司でも食べに行こうか」


私は静かに頷いた。

恒一の優しさがとても痛い。


『本当に大丈夫か?なんかあったら話聞くから、LINE送ってきていいからな。』


送らない予定だった。

だけど画面に映るのは蓮のトーク画面。

お礼だけでも…


【今日、ありがと。助かった】


たったこれだけ。

それなのに心臓がドクンとはねた。

ドキドキとはまた違う、痛むような感じ。


「澪ちゃん一人で病院にいたんでしょ?心細くなかったかい?今度からはちゃんと言ってね。俺と澪ちゃんは夫婦だよ?約束したよね、隠し事はしないって」

「…そうだよね、今度から言うね、ごめん恒ちゃん」


隠し事はしない。

そう誓ったのに…約束を破ってしまった。

病院では一人でなんか居ない。

助けてもらったそれだけなのにそれが言えない。

いつまでこの気持ちを持っていればいい?

言ってしまったほうが楽になる。


「恒ちゃん実はね——」

「あっ澪ちゃんごめん電話来ちゃった、ちょっと待ってね」


やっぱり言うのはやめよう。

私の中で留めておけばいい。

そっとしまっておこう。


「ごめんね、それでどうしたの?」

「…っあ! そうそう、すっごくお寿司食べたかったんだ! だから嬉しい!」


恒一の前で…笑顔を作ってしまった。

何もなかったかのように気丈にふるまう。

そうすると恒一は安心したかのようにこう呟いた。


「いつもの元気な澪ちゃんがいて安心したよ」


その言葉がまた刺さる。

痛む心臓には見向きもせず私は恒一との会話を楽しんだ。

これでいい。

きっとこれでいい。

これが私の日常なのだから。



自分の持ち場に戻る蓮。

いつもと変りなく仕事をこなす。

そのはずだった。


「おーい、蓮どうした、手止まってるぞ」

「え、あ、すみません」


頭から離れない澪のこと。

無事に家には着いたのだろうか。

あの後気持ちは落ち着いたのだろうか。


その時だった。

LINEの通知が鳴る。


【今日、ありがと。助かった】


「…素直になれんじゃん、ったく」


【話なら聞くからな、なんかあったら言えよ】


澪に対してどうしてここまで親身になってる自分が分からない。

澪が心配だった。

強気でいればいるほど崩れることをわかっていたから。

澪の精神疾患はなにかまではわからない。

深堀する気もない。

体が勝手に助けるほうに動く。

ただそれだけだった。

今は——



午後四時。

午後一からの仕事でぼーっとすること以外は問題なく仕事が終わった。

ただ、常に頭からは澪のことが離れることなくループしている。

そんなことを考えていると遠くから上司がこちらに向かって手を振っていた。


「蓮、お疲れ様。今日の澪の件ありがとうな。」

「いえ、俺にできることこれくらいしかないんで」


立ち話もなんだからと会議室に呼ばれる蓮。

今日の事だけなら別に立ち話でもいいのに。

ほかに何か話でもあるのだろうか。


「早めに話しておこうと思ってな。八月の盆休み終わったら、蓮、お前に頼みたいことがある、澪の旦那さんの会社と取引することになった。お前見積とか得意だろ。そこで、見積もりやら図面やらを任せたくて。」

「待ってください、得意ってわけじゃないですよ。」

「ってことだから! あと三か月もあるから大丈夫だろ、十年もいればこんなことも出てくるさ」


と言ってこの場を去る上司。

水城の旦那さんと…か。

別に澪と何もないのに変に考えてしまう。

今日の出来事…水城言ってんのかな。

いや言われても何もない。

それなのに——


俺は何で隠そうとしてしまうんだ。

ただ助けただけなのに。

もやもやの中に罪悪感が暗闇の中に立っていた。

それはとても小さかった。

今後それは自分の中で成長する。

しかしそれに蓮はまだ名前を付けることができない。





そして二人の間に出来た小さな違和感。


それをまだ恒一は知らない。


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